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『蝶の誕生』9

 ゼノはオルガナの手を引き、力いっぱい走った。影の怪物たちはもの凄いスピードで二人との距離を詰めて来る。


「ハァハァハァ」


 息を荒げながら走るオルガナとゼノの目の前に大きな大木が見える。


「オル、頑張れ! もうすぐポータルツリーだ! あそこに着けば港町まで移動出来る!」


 必死で走る二人の横を黒い影が通り抜ける。

——ヴォォアァァァア!

 その瞬間、ポータルツリーが炎に包まれ激しく燃える。


「そんな……」


 絶望から目を見開き辺りを見回すゼノ。影たちは二人を取り囲んでいた。

 影から浮き上がり、粘土型になると徐々に人型に変身する怪物たち。ゼノはオルガナを守るため背に庇い、前に立つとダガーを構えた。

 その背中は恐怖で小刻みに震えている。


「近寄るな!」


 ダガーは紫色に発光し、怪しい光を放っている。影の怪物たちは笑みを浮かべて二人に近づいていく。そして、影が二人を目掛けて一斉に飛び込む。

 ゼノが必死にダガーを振る。しかし、影の怪物たちは奇形な動きをしながらゼノの攻撃をいとも簡単に避けてしまう。

——シャン!

 一体の影の怪物がゼノの攻撃をすり抜けてオルガナの右手を掴んだ。

 あっという間の出来事でオルガナは何も反応できなかった。


「オル!」


 オルガナに向かって手を伸ばすゼノ。

 そして、影の怪物はオルガナに向かってニヤリと笑った。


「止めろォッ!」


——ボトッ……。

 鈍い落下音が聴こえ、視線を落とすオルガナ。見ると地面に腕が落ちていた。影の怪物によってオルガナの右手が切断されたのだ。その瞬間、オルガナを激痛が襲った。


「ぎやぁぁぁぁぁ!」


 今までに感じたことが無い強烈な痛みが貫く。ゼノは悲鳴を上げるオルガナを見て、まるで鬼の様な形相を浮かべる。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 怒りを露にして影の怪物に斬りかかるゼノ。そして、ダガーを力いっぱい振り下ろす。

——ヴォォンッ。

 ダガーから紫色の衝撃波が発生し、オルガナの腕を切断した怪物が跡形もなく消滅する。


「全員、俺がブッ殺す!」


 血走った眼で影の怪物たちを睨む。そして、ダガーを横に大きく振ると紫の斬撃波が飛ぶ。

 風を斬る音が響き渡り、斬撃波は三体の影の怪物を消滅させると森の大木をなぎ倒しながら進んでいく。

 威力は大木が生い茂る森に大きな道を作ってしまった光景が物語っていた。斬撃波が残した跡を見ると、今までニヤニヤしていた影の怪物の表情が一斉に引きる。

 その瞬間、勝利を確信したゼノは笑みをこぼした。いや、それよりも今まで自身の押さえていた強大な力を目にして感動していたのだ。

 影の怪物を通して二人の状況を見ていたパンドラは嬉しそうにゼノの力を見て笑みをこぼした。


「素晴らしい!」


 パンドラが前方に手を突き出す。

 禍々しい紫色の魔法陣が出現し、陣は展開されて渦を巻いたワープゲートが出現する。パンドラはゆっくりとワープゲートに入る。

——ブワァンッ!

 ゼノの背後にワープゲートが出現し、パンドラが出て来る。

 パンドラの禍々しい気配を察したゼノは咄嗟にパンドラに渾身の力を込めて斬りかかった。

——ヴォゴォンッ!

 ゼノの刃は紫の火花を散らしながら激しく発光し、パンドラの傍に居た紫の光に触れた影の怪物たちは跡形もなく消滅する。


「!?」


 ゼノは困惑していた。自分の最大限の力を出して放った攻撃はパンドラがダガーの刃を素手で掴み受け止めていた。そして、パンドラには傷一つ付いていない。

 ゼノには唖然と同時に絶望と恐怖という感情が押し寄せた。

——バギッ!

 パンドラは最も簡単にダガーの刃を折ると、ゼノに向かって微笑んだ。

 すると、ゼノの腹部から鋭い痛みが全身を突き抜ける。恐る恐る視線を落とすと腹部に刃が突き刺さっている。


 畜生……。


 口から血を吐くゼノ。腹部を触ると血がべっとりと付いた。

 その瞬間、視界が霞み、自身の腹部を見ながら膝から崩れ落ちる。

 そんなゼノを満面の笑みでパンドラは見下ろしていた。


「遂に手に入れたわ」


 霞む視界の中、ゼノはパンドラを睨みつける。


 俺はこんなところで死ぬのかよ……。


 オルガナは恐怖と痛み、そして兄を助けられない無力な自分が悔しくて涙を流していた。

——ブシュッ……。

 オルガナの腕から血が流れ続ける。


「ゼノ兄ちゃん……」


 絶望と大量出血により意識が薄れていく。もう助からない……。


 そう、オルガナが確信した時だった。

 強烈な黄色い光線が森の暗闇を照らす。そして、光線に当たった影の怪物たちが次々と消滅していく。


「まさか!?」


 パンドラは恐る恐る光の方を向く。すると、森の影から神々しい光に包まれた紫のキャソック姿の男、マルコフが出てくる。

 マルコフは一本の槍を持ち、先端からは強烈な光を発していた。


「今日こそ終わらせてやる!」


 パンドラはマルコフを見るなり動揺してその場に立ち尽くす。


「何故、此処に!」


 痛みと強烈な光と共に視界が霞み、オルガナはここで意識を失った……。

——シュンッ!

 マルコフがパンドラに向かって槍で一突きする。

 パンドラは回避をするが、避けきれず、攻撃は左肩をとらえる。顔が引きつるパンドラに先程までの余裕は見えない。

 そして、肩の傷口からは黄色い光が漏れている。 パンドラは肩の傷口に漆黒のオーラを放つ手で触れる。

 グジュジュと傷口は音を立てながら、ゆっくりと塞がった。


「邪魔をしないで!」


 冷や汗をかきながら塞がった傷口を確認するとマルコフを睨みつける。


「俺がお前を殺し、この世に再び光を取り戻す」

「何故、私が成すことを分かってくれないの!」


 パンドラはマルコフに向かって悲しげな表情を浮かべた。


「貴方とは戦いたくない……」


 心から自身との戦いを避けたいと願うパンドラに対して、マルコフは拳を強く握りしめると悔しそうに見つめた。

 そして、槍を力強く握りしめる。


「その子たちを渡す訳にはいかない!」


 マルコフとの決別を理解し、パンドラには強い悲愴感が襲った。


「こうするしかないの! もう人間には希望を持てない……」

「お前が希望になる筈だった!」


 マルコフは心の怒りをあらわにする。

——バァッ!

 パンドラはゼノの方へ飛び、首を右手で鷲掴みにする。そして、左手を地面にかざし、紫色の魔法陣を出すとワープゲートが出て来る。


「逃がしてたまるか!」


 マルコフが攻撃態勢に入ると、オルガナに向かってパンドラは黒い霧を出した。


「まずい!」


 気絶したオルガナの所へマルコフは一瞬で移動し、鼻と口を布で覆う。


「いかん! 前が見えない!」


 槍を使って回転させ、風を起こすと黒い霧が晴れる。

 しかし、そこには既にパンドラたちの姿はない。


「逃したか! もう少し早く気付いていれば……」


 マルコフが視線を落とすと今にも死にそうなオルガナが視界に映る。


「まずい! このままでは失血死してしまう!」


 オルガナの右腕を触ると傷口が黄色く光り、血がピタリと止まる。


「早く治療せねば!」


 オルガナを抱き抱えると村の方向をみる。


「ウガァア!」


 そこには醜い怪物に変身した村人たちが暴れていた。荒れ果てた村の姿に涙目になったマルコフは胸を押さえた。


「皆、すまない……せめて苦しまずに眠ってくれ」


 震える手でマルコフは槍を村に向けると光線を放った。

 怪物たちは一瞬で灰になり、消滅した。



 村に向かってオルガナを抱き抱えながら歩くマルコフの周りには、かつて村人だった灰が舞っている。マルコフが辺りを見回すが、生存者は一人もいない。


「また一つ村が消えてしまった……」


 マルコフはオルガナを近くの村の空き家へ運んだ。

 空き家に入ると、オルガナをベッドに寝かせ、マルコフは切断された右腕に向かって両手を向ける。 

 すると、黄色い魔法陣が右腕の切断面に出現し、傷の表面が塞がり始める。




×  ×  ×




「うっ……」


 オルガナは右腕の貫くような痛みで目を覚ました。あまりの痛さに顔が歪む。

 そして、自分が気絶するまでの記憶が一気にフラッシュバックした。頭を押さえるオルガナは恐る恐る自分の右腕を確認する。


「いやぁぁぁぁぁぁ!」


 腕が無い。そして、ゼノの姿も無い。オルガナを耐え難い痛みと喪失感が襲った。夢じゃなかった……。一日であっという間に起きた悲劇がアマティスや動物たち、そしてゼノという唯一の血の繋がった家族を奪い去った。


「あぁぁぁぁぁぁぁ!」


 オルガナはどうにもならない気持ちで押しつぶされ、泣き叫んだ。


「目が覚めたか!」


 オルガナの悲痛な叫びを聴き、物音を立てながら慌てて来るマルコフ。

 そして、オルガナの頭を右手で触ると右手が黄色く発光し、オルガナを襲っていた心の巨大な虚無が退いていく。気付くとオルガナは泣き止んで落ち着いていた。


「俺の名前はマルコフ。アイツは居なくなった。もう安全だ」


 オルガナを見つめながら微笑むマルコフ。


「君の名前は?」

「オルガナ……」


 マルコフは聞き覚えのある名前に目を見開く。

——まさか……。


「お兄ちゃんは?」


 オルガナの一言にやるせない気持ちから深く俯く。


「すまない……」


 マルコフの返事で希望を失ったオルガナの頬には涙が伝った。



 そして、オルガナを襲った悲劇から七年の時が流れた……。



To Be Continued…

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