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『蝶の誕生』8

 燃え盛る森と多くの探索隊の死体。傷だらけで曲剣を構えるブーワン。

 頭からダラリと流れる血で左目の視界は完全に塞がれていた。

 魔術の使い過ぎで霞む右目の視界には壁のようにそびえ立つ探索隊。


 ユーファ、俺に最後の力をくれ……。


 ブーワンは血まみれの震える左手でロケットペンダントを握りしめる。


「父上の下僕の分際でしかない貴様に、何故ここまでの力が……」


 アラゾはブーワンの底力に恐れおののき、気が付くと戦力では圧倒している筈なのに自然と後ずさりしていた。


「お前らには、あの子たちを渡す訳にはいかない……」


 今にも消えそうな声で呟く。

 すると、風が吸い寄せられるようにブーワンの体に集まり、肌を焼き焦がすほどの熱風へ変化していく。


「!?」


 アラゾは気が付くと探索隊の指揮を放棄し、ひたすら走って逃げていた。

 そう、命を守るという動物皆に備わっている危機察知能力が働いたからだ。

 探索隊は一斉にブーワンへ突撃し、剣で体を貫く。


「やっと、お前たちの所へ行ける……」


 消えかけるブーワンの瞳の先には赤ん坊を抱きかかえ、優しくブーワンを見守るユーファの姿があった。


「やっと会えた」


 ブーワンは幸せそうに微笑むと目から光が消えた。その時だった……。

——グォォォヴァァァァン!

 地を鳴らす轟音と共に周囲を吹き飛ばす爆風が探索隊と森の木々を跡形もなく吹き飛ばす。

 爆発は竜巻の様な渦を作りながら天へ上るように巨大な火柱へ変化した。




×  ×  ×




 目をつぶるアマティスの脳内では様々なビジョンが流れていた。頭の上で両手を合わせ、輪っかを作る。

 額の紋章が更に激しく発光し始める。


 何としてでもあの子たちを導くルートを見つけないと……。


 一つのビジョンが脳内に流れる。それは、青白い自分の生首だった。

 アマティスは物悲しそうに俯く。


「やはり、この運命は避けられないようですね」


 そして、続きのビジョンを見ると膝から崩れるようにその場で座り込んでしまった。


「オルガナ……ゼノ……ごめんね」


 アマティスは一人すすり泣いた。二人がこれから体験するであろう未来の残酷さに……。


「出来ることなら、もっと人の温もりを知って欲しかった……」


 アマティスは足を踏ん張り立ち上がると涙を拭う。




×  ×  ×




 肩で息をしながら俯き、ひたすら無我夢中で走って逃げるアラゾ。そして、村の中央広場まで背中に大きな火傷を負いながら何とか爆風から逃げ帰った。そこにはクルスと村人全員集合している。クルスと村人たちはボロボロのアラゾを唖然と見つめた。


「おい、ガキと探索隊はどうした?」


 クルスの殺気のこもった視線に対してアラゾは震えながら目を見開き俯いた。


「貴様ァア!」


 震えるアラゾの顔をクルスは思いっきり殴りつけた。村人たちの額に脂汗が流れる。


「終わった……」


 村人の中には絶望から膝から崩れ落ちる者たちも居た。


『どうやら子供を用意できなかったみたいね』


 クルスたち全員の脳内にパンドラの声が響き渡る。顔を真っ青にし、クルスはガタガタと震えた。




×  ×  ×




 アマティスは教会の出口に向かっていた。


「!?」


 アマティスは禍々しい気配を察知し、窓から空を見上げる。夜空には黒紫色の重苦しく厚い雲が渦を巻いていた。

——バァァァァァァン!

 一瞬の出来事だった……。雲から紫色の火炎球が降り注ぎ、村は火の海に包まれる。

 アマティスは目を見開くと急いで外に出る。


 なんて無茶なことをするの!


 アマティスは深く息を吸うと天を仰いだ。


閃光リアンプス


 そうアマティスが唱えると、額に再び目の様な紋章が出現し、体全体を黄色い光が包む。

 激しい光と共にアマティスは村に向かって飛んだ。その姿は、まさしく閃光だった。



 深淵の夜空を照らすほどの大火事がファラガティ村を襲う。黒煙が立ち昇る村を逃げ惑う人々。その中でアラゾが額に脂汗をかき、大声で叫んでいる。


「パンドラだ! パンドラが来たぞ!」


 焦燥しながら辺りを見回す村長のクルス。


「あのガキ共はどこだ! 早くパンドラに差し出せ!」


 クルスは歯ぎしりをして眼は血走っていた。そんな中、森から抜けて、混乱に紛れながら幼いオルガナとゼノは逃げている。


 アイツらに見つかったらパンドラに差し出されてしまう・・・・・・。 


 そう思うと不安になり、オルガナは今にも泣き出しそうになっていた。

 そんなオルガナの手を引き、ひたすら走るゼノの手にはダガーがあった。


「ゼノ兄ちゃん、怖いよ……」

「大丈夫! 俺が絶対守るから! お前は前だけを見てろ!」

「うん」


 オルガナはゼノの背中を見つめる。オルガナを安心させようと強い言葉を掛けるゼノの手は震えていたからだ。

 振り向き、後ろを確認するゼノ。

 すると、人型の黒い影たちが村人を追いかけている。影は浮き上がり、粘土のような怪物に変身する。

 そして、影の怪物たちは村人を捕まえると首を捥(も)いで引き裂いている。捥いだ首を大きな口を開けて食らうとニコニコと嬉しそうな表情を浮かべた。

 死体にも次々と影が群がり、捕食していく。


「来るな!」


 影の怪物に囲まれて、絶望感から尻もちをつき、怯えるアラゾ。

 そして、影の怪物が一斉に飛び掛かる。


「ぎやぁぁぁぁあ!」


 アラゾは全身を押さえ込まれ、両腕を引きちぎられる。あまりの痛みから足をパタパタさせるが、その足も貪り食いちぎられる。

——ゴボゴボゴボ……。

 痛みから意識を失い、口から泡を吐くアラゾはそのまま首をへし折られ、首をもぎ取られる。

 アラゾの最後を冷めた表情で見るゼノ。


 ざまあみろ。


 ゼノの瞳の奥は憎しみで染まっていた。

 影の怪物は次々に出現する。怪物は女、子供関係なく襲っていた。その光景はまさに地獄絵図だ。辺りは大量の血による鉄臭さが立ち込めていた。

 ゼノは影の出現元を見る。そこには、白い肌で鋼色に輝くティアラを付けたドス黒いオーラを放ち漆黒のドレス姿で絹のように美しい銀髪が逆立った真っ赤な瞳の美女、パンドラがいる。

 パンドラは宙に浮いており、体から出てくる影の怪物に村人が次々と惨殺されていく。

 そして、逃げ惑う村人たちに向かってパンドラが手をかざし、黒い霧を放った。

 霧に触れた村人たちは、悶え苦しみながら体をジタバタさせてゾンビのような醜い怪物に変身していく。変身した村人たちは一斉にクルスへ走り出す。


「ウガァァァア!」


 雄叫びを上げながら向かって来る変わり果てた姿の村人たちに動揺しながら剣を向けるクルス。


「近寄るな! この私を誰だと思っている!」


近寄って来た村人たちを次々に切り捨てていく。


「この糞共が!」


 一体の村人がアラゾの手首に噛みつく。


「ぎぃぃぃい!」


 痛みで顔が歪む。

——グシュ……。

 村人は手首の肉を食いちぎる。


「あぁぁぁぁぁぁ!」


 痛みで剣を落とした瞬間、一斉に村人たちが飛び掛かり、顔の肉を噛みちぎられる。

——グチュグチュグチュ。

 肉を噛みちぎる嫌な租借音が辺りを包む。


「ガァァァァァ!」


 雄叫びを上げる村人たち。そこには無残に食い荒らされたアラゾの死骸があった。

 そんな中でアマティスが手に持った十字架に向け祈りを捧げていた。


「主よ。あの子供たちをお守りください!」


 脳内にはゼノとオルガナが森に向かって逃げているビジョンが見えている。

 ゼノは村の方をみると、アマティスを見て唖然とすると立ち止まってしまう。


「逃げて……」


 オルガナはゼノ顔を不安そうに見つめた。

——キーン!

 ゼノの脳内に高周波の音が流れる。そして、アマティスの優しい声が聞こえてきた。


『ゼノ、私が僅かながら時間を稼ぎます。だから、貴方は走り続けて』


 ゼノは俯くと涙をこらえ、再び走り始めた。

 パンドラは辺りを見回し、ゼノの姿を探していた。


「パンドラ!」


 アマティスはパンドラの視界を塞ぐように目の前へ出ると悲しそうに顔を見つめた。


「お前は?」


 パンドラはアマティスに向かって歩いて来る。そして、前に立つと黒い霧を放つ。

——ブワァァァ。

 黒い霧はアマティスを取り囲む。しかし、アマティスは怪物に変身しなかった。 目を見開くパンドラ。アマティスはパンドラを睨みつける。


「何故こんなことを!」


 アマティスを嘲笑うように微笑む。


 完全に心が曇っている……。


 パンドラを哀れそうに見つめるアマティス。


「あなたは許す・・ということを知らなくてはなりません!」


 アマティスの一言で顔をしかめるパンドラ。静かに目を瞑るアマティス。


 貴方・・たち・・に託します。


 パンドラはアマティスの頭に手を置く。すると、首をへし折り、引きちぎった。

 アマティスの首から血が噴水のように吹き出す。

 涙を流すゼノは歯を食いしばり、ひたすら走った。二人は必死に森に向かって逃げた。

 引きちぎった頭を後ろに投げ捨てるパンドラ。

 すると、村人が変身した怪物たちが群がり、アマティスの遺体を貪り食い始める。

 辺りを見回すパンドラ。すると、走って逃げるオルガナとゼノを見つける。

——ニタァ。

 満面の笑みを浮かべ、二人に向かって指をさす。すると、影の怪物は村人の殺戮を一斉に止め、二人を追いかけ始める。


「ヤバい! 見つかった!」



To Be Continued…

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