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『蝶の誕生』5

 オルガナとゼノは布団干しなどの家事をアマティスや動物たちと協力してこなしていた。


「よし、私は村に行って買い物をしてくるわ。留守番はよろしくね」


 オルガナとゼノは明るかった顔から暗い表情が一変し、アマティスをじっと見つめる。


「帰ってくる?」


 オルガナは今にも泣き出しそうになっていた。二人にはアマティスがどこかに行ってしまうのは必要とされていない。つまり、捨てられるという感覚だったのだ。


「バカね! ただ買い物に行くだけよ! 自分の家に帰ってこないわけないでしょ」

「村人たちは俺たちのことを嫌ってる。アマティスにアイツら何かしてくるんじゃないか?」


 ゼノは心配そうにアマティスを見る。


「大丈夫。彼らのことを私は信じてるわ」


 アマティスは二人の前に立つとギュッと抱擁する。


「私は必ず帰ってくる。だから、その間家のことは任せたよ」

「分かった」



 アマティスは買い物袋を持ち、村の門を通る。すると、いつもの様に暖かな雰囲気ではなく、それとは真逆の冷たい視線を感じる。


「こんにちは」


 門番にアマティスは明るく挨拶する。


「……」


 門番は急いで顔を逸らし、アマティスを無視する。


 やはり、あの村長は心が狭い……。


 アマティスは門を潜るとスタスタと商店街に向け歩いた。その間にすれ違う村人全てがアマティスから視線を逸らす。アマティスは辺りを見回すと失望感からの深いため息を吐く。

 そんな状況をマーブは木の影からこっそりと見つめていた。そして、悲しそうに俯くと家に向かって飛び立つ。


 商店街に着いても村人の無視は続く。アマティスは居心地の悪い雰囲気を物ともせず、目的地まで突き進む。すると、八百屋の前で立ち止まり店員に笑顔を向ける。


「あの、いつもの食材を頂けますか?」

「……」


 店員は気まずそうに顔を逸らすと黙りこくる。


「村長になんて言われたの?」


 店員は重い口を開く。


「貴方に何も品物を売るなと。また、子供を手放すまで口もきくなと。私たちは貴方に感謝しています。

 でも、村長に逆らえば私たちの生活は……なんで、あんな子供のために自らを危険に晒すんです! 今からでも遅くはありません。早く手放してください! 村長から次は何をされるか分かりませんよ」


 店員とその周りに居る村人全員がアマティスを心配そうに見つめる。

 辺りをゆっくり見回すとアマティスは店員に対して優しく微笑む。


「私は神の道に準ずる者。私にとって皆は救われるべき者なのです。同じく、あの子たちも貴方たちと同じく救われるべき存在です」


 そう言い残すとアマティスは村の出口に向かって静かに歩き始めた。

 店員と村人たちは自身の保身のためにアマティスに酷いことをしてしまったことに深く心を痛め、皆は俯いた。



 アマティスは暗い顔をしながら帰路を歩く。


 これからどうしてこうか……。


 アマティスは食べ盛りである二人の食料をどう調達するか悩んでいた。


「おかえり!」


 オルガナの声が聞こえ、急いで明るい顔を作るアマティス。そして、目の前に広がる光景に心を奪われた。なんと、動物たちが果物などを集めて家の前に置いて待っていたのだ。


「みんな……」


 マーブはアマティスに向かってコクリと頷く。


「みんなが食べ物持って来てくれたの!」

「ありがとね。皆んな」


 アマティスは深く動物たちに向かってお辞儀をする。すると、ゼノがアマティスの前に立つ。


「さっきシカたちが果物や食べれる野草を教えてくれた。だから、俺らにも食料は集められる。心配しなくて良いぞ」


 アマティスは自身の考えの浅さを恥じた。この子たちは私が思うよりずっと大人であり、動物たちもずっと頼りになる存在だということを。アマティスはゼノの頭を優しく撫でる。


「皆んな! これからもよろしく!」


 アマティスの言葉に合わせて動物たちは一斉に鳴いて返事をした。



 その後、毎日様々なクルスの嫌がらせを受けた。

 オルガナとゼノに対してクルスの息子のアラゾは村の子供たちを引き連れて物理的なイジメを行った。

 だが、三人はそんなものには全く屈せず、物理ではなく心で立ち向かった。

 その結果、クルスからの嫌がらせ、アラゾからのイジメは止み、平穏な日常が訪れた。

 そして、三人は森の動物と平穏で慎ましく幸せな暮らしをしていた。暮らしは決して楽ではなかったが、ゼノとオルガナは新たな家族と居る事が何より嬉しく、人生で最も安らぎを感じる生活だった。


 しかし、そんな生活は長くは続かなかった……。


 パンドラが更なる力を得るために少数だけ生き残った光文明と闇文明の能力者を捕らえ始めた。

 そして、パンドラは人類にある提示をしたのだった。


『人類の者どもよ。我に光文明と闇文明の能力者を差し出した者たちには我の力の叡智を分けてやる。そして、協力した村には平和を提供しよう』



 オルガナたちは燃え盛る家の中にいた。外には武装した捜索隊が松明を持って家を取り囲んでいる。 そして、先頭にはアラゾの姿があった。


「アマティス! ガキ共を差し出すのだ! そうすれば我らはパンドラ様から叡智を与えられる!」


 アマティスは血走った目のアラゾたちを呆れた目で見る。

 アラゾは不敵に勝ち誇った顔を浮かべる。


「早く脱出魔法で外に出てこないと燃え死ぬぞ!」


 アマティスはゼノとオルガナを見つめると優しく微笑む。


「裏口を使って逃げるよ」


 二人はアマティスに向かって頷く。すると、アマティスが床をいじると地下に続く階段が出てくる。


「行くよ!」


 三人は裏口に向かって階段を駆け降りる。

そして、アマティスは階段の途中で振り返ると右手を入り口に向ける。


≪エビスキート!≫


 あっという間に地下の入り口には木が生えて、完全に入り口は塞がってしまう。


「このまま真っ直ぐに進めば教会に出るわ。そのまま進んで!」


 アマティスたちはひたすら走った。


「アイツら出てきませんぞ」


 捜索隊の一人がアラゾに問いかけるとアラゾは顔を引き攣らせる。


 まさか!?


「おい、お前確認して来い」


 アラゾは捜索隊にドアを蹴破らせる。そこには三人の姿がない。


「畜生! やられた!」


 額からブワッと汗をかき、目を泳がせる。


 父上に何て報告をすれば……。


——プープープー!

 アラゾの腰にあるポケットから電子音が鳴り響く。恐る恐るポケットから四角い無線のようなデバイスを取り出すとボタンを押して耳に当てた。

 すると、デバイスからクルスの声が聞こえる。


『ガキ共は確保したか?』

「いっ、いえ。まだ……」


 アラゾの一言でクルスは声を荒げる。


『この出来損ないめ! 何でそんなことも出来んのだ!』


 アラゾは歯を食いしばり、下を向く。


「すみません」

『早く広場まで戻って来い! 計画を変更する』

「わかりました」

『このグズが!』


 交信はブチっと音を立てて切れる。すると、アラゾは地面にデバイスを投げつけた。


「あのクソアマ!」


 燃え盛る家を悔しそうに睨みつける。


「退却だ!」



 アマティスとゼノとオルガナは地下の行き止まりに着く。すると、アマティスが壁に赤く書かれた五芒星に手を当てる。すると、頭上からゆっくりと上に登るための梯子はしごが降りてくる。


「さぁ登って! まずはオルガナからよ」


 オルガナは急いで梯子を登った。それに続くようにゼノも登る。


「!?」


 オルガナは梯子の先端で登るのを止め、硬直した。


「おい! 止まるなよ!」


 ゼノはオルガナを叱る。しかし、オルガナは動かない。


「ったく。どうしたってんだよ」


 オルガナは唖然としながらゼノに口を開く。


「アイツが居るんだよ」

「アイツ?」


 ゼノはオルガナが立つ梯子の隙間を登り、オルガナの後ろから覗き見た。


「お前は!」


 二人の目の前には武装をし、長い曲剣を背負ったブーワンの姿があった。


「チッ」


 ゼノは腰のダガーに手を掛ける。


「二人とも! 彼は味方です!」


 梯子の下からアマティスの予想だにしない一言で咄嗟に二人は下を見る。


「でもコイツは俺らのことを殺そうとした張本人だぞ!」


 ブーワンは二人にゆっくりと近寄る。ゼノはオルガナを差し押さえて梯子を登るとダガーを構える。


「それ以上近寄ったら殺す!」


 ブーワンは背負った武器を外し始める。


「何の真似だ!」


 ゼノはブーワンの行動の意味がわからずダガーを突き立てた。

 そして、持っていた曲剣をその場に落とすとゼノに深くお辞儀をする。


「本当にすまなかった」


 二人はブーワンの姿に目を丸くした。

 これがこの前、自分たちを殺そうとした男の姿とは到底信じ難かったからだ。

 アマティスは頭上から聞こえた謝罪に安堵して微笑む。


「いきなり謝って何の真似だ!」


 ゼノはダガーを構えたまま動揺から後退りをする。オルガナは梯子を登りゼノの後ろへ隠れた。

 ブーワンは二人の顔をじっと見つめる。


「いきなり信じてくれとは言わない。だか、この先の未来にはお前たちが必要なんだ」


 ブーワンは二人に向かって手を差し伸べる。

 しかし、ゼノは出された手に歯を剥き出しにして、じっと睨め付けている。


「!?」


 ゼノは自分の目を疑った。自分の後ろに隠れていたオルガナがなんとブーワンに歩み寄って行ったのだ。

 そして、オルガナはブーワンの手を取ると優しく微笑んだ。


 なんで、お前はそんなことが出来るんだよ……。


 ゼノはオルガナの相手を許す力を心の底から羨んだ。


「私たちを助けて」


 ブーワンはオルガナの笑顔を見ると自分がしてしまったことに対する気持ちで押しつぶされそうになった。


 俺はこんな心が清い子供を殺そうとしていたのか……。


 ブーワンは自身の唇を血が出るほどの力で噛み締める。

——タンタンタン。

 アマティスは梯子を登るとダガーを突き立てるゼノの肩に優しく触れる。


「武器を下ろしなさい」


 ゼノがゆっくりとダガーを下すとアマティスはブーワンに向かって頷いた。

 すると、地面に落とした曲剣を拾い上げて再び背負う。


「先を急ごう。時間があまり無い」

「ええ。頼みます」


 ブーワンは静かに振り向くと、駆け足で先を目指して進む。


「二人とも行くよ!」


 アマティスは二人に笑顔を振り撒くと背中を押す。

 ゼノはやるせない表情を浮かべるも、前を向き、オルガナと一緒に走り始めた。

 アマティスはそんな二人について行くように走る。



To Be Continued…

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