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『デッド・ワイズ・サーキット』5

 夜になり、傷のせいで熱が出るライムをリュカは付きっきりで世話をしていた。


「ご飯、持ってきたよ」


 リュカはコップに注いだシチューを口元に運んで食べさせる。


「ありがとう」


 リュカは嬉しそうに微笑む。


「さっきの作戦はライムが考えたの?」

「ああ」

「やっぱり、ライムは凄いね。私はそんな事、多分

考えられなかったと思うし、やる勇気も……」

「確かに、作戦を考えたのは俺だが、ここまで来られたのは仲間が居たからだ。

 俺はバッカスとデイヴみたいに爆弾や機械いじりは出来ないし、テリーは武器の設計図が作れる。それに、マイカはいつだって俺らの怪我の治療をしてくれた」


 ライムは頭の包帯を優しく触る。


「今はリュカが居てくれたから飯が食えている。仲間に助けられっぱなしさ」


 ライムとリュカはシチューを食べ終わると、リュカはホバースレイとバッグが隠された床を眺める。


「明日は精一杯、頑張るよ」


 ライムを見ると疲れて寝ていた。

リュカはそっとライムに布団を掛けるとウトウトする。そして、ライムの側に寄り添うようにリュカも眠りにつく。




[翌朝]




 日差しが壊れた窓から差し込み、リュカは眠い目を擦りながら起き上がる。

 すると、作業着に着替えているライムの姿がある。


「もう、動いて大丈夫なの?」

「ああ。まだ頭がガンガンするけど、今日はそうも言ってられないしな。

 ほら、飯食いに行くぞ」

「うん」


 リュカは立ち上がると、ライムと共に部屋を後にする。



 新校舎に移動すると、既にデイヴたちがテーブルに着いていた。


「ライム、調子はどうだ?」


 デイヴの問いかけに対してライムは笑顔で答える。


「ああ。リュカの手当てのお陰で動けるようにはなった」


 ライムとリュカが席に着くと、マイカはリュカに向かって微笑む。


「看病ありがとう」


 リュカは照れくさそうに俯く。

 バッカスは待ちきれない様子で貧乏ゆすりを始める。


「さっさと飯食って、部屋の物を取りに行こうぜ!」

「ちょっと落ち着けって。あんまり目立つと勘繰られるぞ」


 そう言うと、テリーは口笛を吹きながらご機嫌に二つの温食缶を荷台で運ぶブースを見る。

 バッカスは貧乏ゆすりを止めて、深呼吸をする。


「あの嫌味な顔を見るのも今日で最後だ」


 ライムはブースを澄ました顔で眺める。

——カンッ! カンッ! カンッ!

 毎度恒例の金属を叩く音が聴こえ、子供たちは一斉に音の方を見ると、煙草を吸いながらブースが温食缶を御玉で叩いている。


「ガキどもォ! 飯だァ! 速やかに並べ!」


 子供たちは立ち上がると、ぞろぞろと並び始める。


「三年生ども! 今日はお前らには勿体無いパンが一人一個支給された! 感謝して食べるが良い!」


 そう言うと、自慢げに温食缶を二つ同時に開けると、片方には野菜のスープ。そして、もう一つにはコッペパンが入っていた。


「パンだ……」


 子供たちは食い入る様にパンを見つめる。それもその筈だ。パンは子供たちへ滅多に支給されない。

 穀物は化学兵器がもたらした異常気象の一つの干害によって雨が降らず、上手く育たなかった。

 その結果、麦や米などの穀物は高価で取引され、孤児院には到底配布されるような物では無かった。


 しかし、そんな孤児院で唯一、パンが支給される日がある。それは、一年で一回のみ行われる三年生全体が軍事工場へ勤務が移送になる前日だ。

 孤児院では入院して一年目、二年目、三年目で学年が区分されていた。

 一年目は、里親候補に売り出しを主にされ、見つかれば孤児院を出られる。

 二年目は、売り出しをされる回数を減らされ、年齢に応じて孤児院の隣にあるスクラップ工場で勤務やその他業務が始まる。

 三年目は、売り出しが完全に無くなり、スクラップ工場での仕事を強いられ、時期が来ると軍事工場へ移送される。

 この移送は同時に人生を全て軍事工場の強制労働で過ごす事を表している。

 そう、明日の移動はライムたちにとって、もう二度と自由な世界へ戻ることが出来ないという事を表していた。


 孤児院とは名ばかりで、ここは子供を人身売買カルテルと繋がっている施設であり、その収益でパロメたちは暮らしていた。既にやらされているスクラップ工場の勤務も、移送になった先の準備であり、作らされているものもレジスタンスやテロリストに売る物だった。

 ちなみに、里親もろくな受け取り先など、このクリシュラ渓谷にある筈無く、街の奴隷商人や遊郭ゆうかくなどに買い取られるだけだった。

 パンは軍事工場からの、三年生の子供たちに人生最後のご馳走を表している。


 何としても脱出してみせる!


 そうライムたちは心に誓い、パンを受け取った。




× × ×




 食事が終わり、ライムたちはこの後の工場勤務が開始されるまでの三十分を有効的に使うかだけを考えていた。

 ブースはリュカたちをニヤつきながら見つめる。


 アイツらの境遇には同情するぜ。


 ライムたちは食器を棚に戻し、速やかに旧校舎へ移動を始める。

 リュカもライムたちと部屋を出ようとするとブースの怒鳴り声が響き渡る。


「おい新入り! お前、何処に行くつもりだ?」


 リュカはビクッと硬直する。


「三年と出ていくことはお前には許されない! 今日は一年目の奴ら全員、里親の売り出しだ!」


 ライムは振り返り、リュカに向かって耳打ちをする。


「大丈夫。必ず夜に迎えに来るから」

「でも、里親見つかっちゃったら……」

「見つかっても、今日は連れてかれないよ」


 ライムはリュカに優しく微笑む。リュカはライムを信じて頷いた。

 すると、ライムは部屋を後にして、リュカはテーブルに着席した。



 旧校舎の部屋に着いたライムたちは、急いでバールを使い、床をずらしてバッグを慎重に取り出す。


「なぁ。もし、リュカに里親見つかったらどうする?」


 テリーは心配そうに呟く。


「それは大丈夫だ。里親が仮に見つかっても、引き渡しは明日になるからな」


 ライムはプラスチック爆弾のスイッチの動作を確認しながら答える。


「何で分かるんだ?」

「前に俺とバッカスが全身ボコボコで戻ってきたことがあったろ」

「あの時は本当に大変だったよな。二人とも五日間くらいまともに歩けなかったし」

「あれは、俺とバッカスで制御ルームに忍び込んだのがバレたからだったんだ」

「え! 入れたのかよ」

「そんな話、聞いてない!」


 テリーとマイカは驚いて、ライムとバッカスを見つめる。


「あの時は怪我でそれどころじゃ無かったからな。

 それで、里親との引き渡しがどう行われるかのマニュアルを見たんだ。

 まず、表示された金額を里親が払うと、契約書を書かされて返品を出来なくする。

 次に子供の偽造身分証明書を発行する。それを役所に提出して、翌日に申請書を渡される。

 パロメたちは定期的に来る役員に申請書を見せないといけないから、少なくとも今日中にリュカが居なくなる事はない」


 すると、マイカはホッとしてため息を吐く。


「良かった。じゃあ、後は私たちが出来ることをやるだけね」


 バッカスは電磁パルス、ライムはプラスチック爆弾を工具箱に忍び込ませる。

 そして、バッカスは工具箱から隠してあった骨伝導イヤホンの様な無線機を取り出してライムたちに配る。


「何とか、今日までに間に合ったぜ」


 皆はスイッチをつけて、耳の裏に髪で隠れる様に無線機を付ける。


『どうだ?』


 バッカスの声が無線機を通じて聞こえる。

 すると、マイカはバッカスにサムズアップをする。


「ヤツらの敗因は俺らを、宝の山スクラップに置いた事だぜ」


 テリーは壊れた窓の外から煙がモクモクと立ち上るスクラップ工場を見つめる。

 そう、ライムたちのプラスチック爆弾や電磁パルス。そして、無線機も軍の廃盤部品が送られてくる工場だからこそ可能だったのだ。


「よし! 出発だ! 俺らなら必ずやれる!

 皆んなで、ここを脱出するぞ!」

「「「「「「オォォォォォォ!」」」」」」


 雄叫びと共にライムたちは工場へ向けて部屋を出る。



To Be Continued…

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