「って事は、ギウマニールより強いかもしれないヤツが町にいるんだろ!
早く助けに行かないと!」
龍拓の一言にシュリルは笑みを浮かべる。
「そうだな! 新たなスキルを試すのに絶好のチャンスだぜ!」
シュリルは立ち上がって準備体操を始め、龍拓は急いで調理器具をアイテムにしまい始めると、リプイは嬉しそうな二人を見て目を疑った。
「何で二人はそんな楽しそうなのよ!
どんだけ強いモンスターが居るか分からいし、
町に侵入したってことは高圧バリアを突破したのよ!
私たちじゃどうにもならない……」
「そんなのやってみなきゃ分からないだろ!
それに、俺は勇者だからな。
やっぱり、戦ってなんぼだろ」
「次のモンスターは一体、どんな出汁を出すんだろう……」
アイテムボックスに全てしまい終わると、龍拓は頭の中で想像を膨らませて、涎を垂らしていた。
ため息を吐くと、リプイは諦めた様に俯く。
「分かったわよ……。
行けばいいんでしょ!」
「よっしゃー! 行くぞ!」
『ガシッ!』
いきなりシュリルは二人を持ち上げて抱きかかえる。
「えぇ!」
二人が呆気に取られている間に、シュリルは足に力を込める。
「よーい、ドンッ!」
『バアァァァァァァァン!』
地面をシュリルが蹴ると地面が轟き、弾丸の様な速度で移動した。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
恐怖からリプイが発する悲鳴はハザーダ平原に響き渡り、龍拓もラーメンを食べたばかりに来る衝撃から思わず
眩しい日差しにアゴーラの町並みが美しく照らされる午後。
そんな、本来だったらのどかな筈の町には火事から起こる煙が立ち昇っていた。
『バアァァァァァァァン!』
地面を揺らす轟音が響くと、町の住人が音の方を一斉に向いた。
そこにはムキムキにパンプアップしたシュリルと白目になって気絶したリプイ、今にも吐きそうな龍拓が居た。
シュリルたちは三キロ以上も離れたハザーダ平原から僅か一分程で戻って来たのだった。
「よし! 着いたぞ!」
シュリルが二人を地面に降ろした途端、龍拓は蹲ると吐き始めた。
『オロロロロォォォ……』
そんな三人を見て、町の人々は絶望していた。
「この町はもうおしまいだ……」
「アミル様は一体、どこに居るんだ!」
「ママぁ! 怖いよ!」
シュリルは気絶したリプイの顔を持ち上げる。
「リプイ! 着いたぞ」
ペチペチと頬を叩くとリプイは意識を取り戻し、尻もちをついて泣き始める。
「もう! 何なのよぉ~!」
「二人共、早くシャキッとしないと危ないぞ」
笑みを浮かべるシュリルの先には、平原で見た五倍はある漆黒の特殊個体ギウマニールが佇んでいた。
『ギロ……』
背筋を刺すような視線にリプイと龍拓も思わず特殊個体を見る。
更に特殊個体の後ろには、さっき倒したのと変わらない位のギウマニールが町を破壊していた。
『ビビビビビビ……』
辺りを見回すと、日頃は視認できない町を囲んでいたモンスター避けの魔術バリアに大きな穴が空いている。
「ほう。
アイツがバリアを突き破ったんだな!」
「黒豚か!」
シュリルは更なる戦闘、龍拓は更なる味の探求心に心が踊る。
「アレで出汁を取ったら、とてつもなく旨いラーメンが作れそうだ!」
「本当か!
じゃあ益々倒すしかなくなったな!」
ニタニタしながら眺めてくる二人に対して、特殊個体は額に血管を浮き出して苛立ち始める。
≪ブゥギィィィィイァアア!≫
特殊個体が大きな咆哮を上げると、後ろで破壊行為をしていたギウマニールが一斉にシュリルたちの方を向いて突撃してくる。
「俺の後ろに隠れろォ!」
耳に響く大きなシュリルの声に、リプイと龍拓は急いでシュリルの後ろに下がると、二人は隠れる様にしゃがむ。
そして、シュリルは自分の体の前で両腕をクロスさせた。
「
シュリルがそう言うと腕の筋繊維が束になって集まり、両腕が盾の様に形が変形した。
『バァダダダダァンッ!』
ギウマニールの一斉に振り下ろさせた武器を受け止めると、シュリルはニヤリと笑みを浮かべる。
「もう、コイツらの攻撃じゃ俺に傷を付けることも出来ないみたいだな!」
盾になっていた腕を振り上げると、ギウマニールたちは空中に吹き飛ばされる。
「さっさと終わらせるぜぇ!
腕が盾から斧の様な形に変形すると、シュリルはギウマニールの方へジャンプする。
『バシュゥゥゥゥゥン!』
斧に変形した両腕を大きく振り、空中のギウマニールを全員真っ二つにする。
その光景を見ていた特殊個体は、怒りから目を血走らせていた。
呆気なく大量のギウマニールを倒してしまうシュリルに対してリプイと龍拓、それに町の人々は口を開けて唖然としていた。
「痛いよぉ!」
リプイがふと聴こえた子供の泣き声に振り向くと、そこには頭から血を流した子供が母親に抱きかかえられている。
「アイツら……。絶対に許せない!」
先程まで恐怖から蹲っていた状態から一変し、特殊個体に向かってリプイは凛々しい表情を浮かべる。
≪ブギィ!≫
すると、子供の泣き声に気が付いた上半身のみで、まだ息がある一体のギウマニールが両腕で起き上がると親子に向かって猛突進する。
畜生! 間に合わない……。
シュリルの額に冷や汗が流れる。
「行かせない!
リプイの手が緑色に光ると、植物の種をギウマニールに向かって投げた。
『ボンッッッ!』
地面に着弾後、破裂音の様な音と共に種から
そして、あっという間に立派な樹へ成長すると、親子に黄金の花粉が降り注ぐ。
『ピキィィィィン!』
黄金の花粉が触れると、二人の傷を直ぐに治してしまった。
「ナイスだ、リプイ!」
「新しいスキル、すげぇじゃんか!」
シュリルと龍拓は新技の威力と凄さに目を丸くした。
「じゃあ、俺が倒せば終わりだな!」
笑みを浮かべて振り向くと、シュリルは特殊個体を睨みつける。
「町をよくもメチャクチャにしてくれたな。
それに、女や子供まで……」
冷静に辺りを見回すシュリルを特殊個体は不敵な笑みを浮かべて眺める。
「俺も勇者の一人だ。
お前らの業を許す訳には行かない」
そう言うとシュリルは両手を大きく広げて構える。
「フンッ!」
全身に力を込めると筋肉が即座にパンプアップし、体が三倍程の大きさへ膨れ上がる。
岩の様に
『バァァァァンッ!』
シュリルが地面を蹴ると再び弾丸の様な破裂音が鳴り響き、特殊個体が瞬きする間も無く目の前へ移動した。
「レッツォォォォ!」
すると、特殊個体はシュリルのラリアットに合わせるように上体を反らす。
『ドガァァァァァァン!』
もの凄い打撃音と共に特殊個体の巨大な図体は勢い良く後方へ飛ばされて、壁にめり込んだ。
「倒したのか!」
「まさか、アイツがあんなに強いなんて……」
歓喜する町の人々に対して、シュリルはめり込んだ特殊個体を静かに見つめる。
チッ……。
当たる瞬間に仰け反って威力を殺したな。
≪ブゥギィィィイ!≫
怒りを露にしながら特殊個体は壁から抜け出ると、シュリルに向かって猛突進をする。
それに対して、再び大きく両腕を開くと特殊個体を真正面から受け止める姿勢をとる。
『バチィィィィンッ!』
体がぶつかり合うと、お互い一歩も引かずに硬直した。
町の人々は二人が向かい合うことで訪れた重苦しい静寂を静かに見守る。
『ズズズズ……』
すると、徐々に特殊個体の後ろ足が後退していく。
「今の俺は、力比べなら負ける気がしねぇぜ!」
そう言うと、シュリルの腕が更にパンプアップした。
特殊個体は自身の怪力が押されていることに対して、かつてない苛立ちに襲われていた。
産まれてから他者に力負けなどしたことがない特殊個体には現実を受け止められなかったのだ。
≪ブゥギィィィイァァァア!≫
額に太い血管を浮き立たせて吠え散らかすと、シュリルの肩に思いっきり噛み付く。
「くっ……」
特殊個体の歯は
『ギュウゥゥゥ』
シュリルは体勢を変えて、特殊個体に力いっぱい抱きつくと胸部を締め上げた。
『バキバキバキ!』
そして、シュリルが行った怪力ハグは特殊個体の
≪ギィィィァァァア!≫
折れた肋骨は内臓に突き刺さり、口から大量の吐血をすると、痛みからシュリルの肩に噛み付くのを止める。
そのまま特殊個体を持ち上げると、脱出するためにシュリルの腹部を蹴り上げる。
強靭な足が放つ蹴りにシュリルは吹っ飛ばされると、腹を押さえて蹲った。
「へへっ……。やるじゃねーか」
笑みを浮かべながら立ち上がると、特殊個体は渾身の一撃を与えるために前傾姿勢をとっていた。
構え的に見て、バリアを突破した技をやるつもりだな。
『プシュュュ!』
シュリルの体から蒸気が出始める。
俺も時間が無い。
渾身の技で終わらせる!
すると、シュリルは再び自身の両腕を斧に変えると胸の前でクロスさせる。
『ドァァァンッ!』
地面を思いっきり蹴り、地響きを起こしながら特殊個体は右肩を突き出して突進する。
「
勝負は一瞬の出来事だった。
『バッシャアァァァッ!』
特殊個体の体はシュリルが通過すると、十字に切断されて四方に吹き飛んだ。
そして、血しぶきでシュリルの体は真っ赤に染まる。
『プシュュュ!』
シュリルは段々と体が細くなりながら空に向かって手を突き上げる。
「「「「「「オォォォォォォ!」」」」」」
歓喜に町の人々は雄叫びを上げるとシュリルの方へ歩み寄った。
「まさか、本当に倒しちまうなんて!」
「本当に勇者の素質があったんだな!」
人々はシュリルとリプイを誉めると同時に、今まで馬鹿にして酷いことを言っていたのを悔いて表情が曇る。
すると、ギルドで馬鹿にしていた者たちがシュリルの前に来ると、深々と頭を下げた。
「今まで、すまなかった。
お前たちが来なかったら、この町は壊滅していただろう」
すると、シュリルはニコッと笑みを浮かべて頭を下げた男の肩に手を置く。
「俺はこの町の勇者だ!
当たり前のことをしただけだし、頭を上げてくれ!」
また、その場に居た魔法使いたちはリプイが出した生命の樹に見入っていた。
「このスキルは、もう数百年に渡って使える者は出なかった……。
回復魔法の中でも、特級のあらゆる状態を治す最強の魔法だ」
そして、魔法使いたちは尊敬を込めて深々とリプイに頭を下げる。
『プイッ』
リプイはそっぽを向くと、顔を赤くする。
「怪我人たちは、この樹の下に集まりなさい!
さっさと治して、町の復旧を進めるよ!」
町の人々に対しての二人の反応を見て、龍拓は微笑んだ。
「なぁ龍拓!
あの黒いギウマニールで、また旨いラーメンを作ってくれ!」
「ああ、勿論だ!」
龍拓はアイテムボックスを持って、特殊個体の遺体を回収しに行く。
「これだけあれば、当分は豚骨ラーメンに困らないな!」
シュリルは頭の中で巨大な豚骨ラーメンを泳ぎながら食べるのを想像して涎を垂らしていた。
『ボワァァァァァァァ』
龍拓の前に漆黒の大きな影の様なものが浮き上がり、アミルとシファとゾーアが出てくると町の悲惨な状態に目を見開いて唖然とする。
「これは一体……」
アミルが辺りを見回すと血まみれのシュリルが立っており、更にギウマニールの特殊個体の死骸があるのに驚きを隠せなかった。
あれはS級判定の個体だぞ……。
しかも、ここにあるギウマニール全てをアイツが倒したと言うのか!
「少し来るのが遅かったな!」
シュリルがドヤ顔を浮かべると、アミルは思いっきり舌打ちをする。
しかし、アイツが短時間でここまでの能力を得たのは間違いない!
黙々とギウマニールをアイテムボックスにしまう龍拓をアミルは睨みつける。
「あの料理人は一体何者なんだ……」
混乱するアミルの耳元にシファは移動すると、耳打ちをする。
「あの子たちが、もしかしたら代表勇者のライバルになったりして」
「そんなバカな話あってたまるか。
あの三人をヤツらが超えることはありえない」
深くため息を吐くと、アミルは凛とした表情で振り返る。
「シファ、ゾーア行くぞ。
あの料理人にはマークしておけ」
三人は龍拓を眺めるとその場を後にした。
第二章『ギウマニールの豚骨ラーメン』END