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『グランドセントピードのまぜそば』3

 休日で混んでいない電車に龍拓が乗ると、端の席にリュックサックを降ろしながら座る。

 電車は動き出し、窓を見ると朝日に照らされた美しく穏やかな商店街の風景が見える。

 最近、あんまり出かけてなかったんだな。

 車内を見回すと、数組の家族連れが居た。

 微笑ましい光景に龍拓の表情も緩む。

 たまには休みも悪くないな……。




×  ×  ×




 日頃の疲れから龍拓はウトウトして眠りかけていた。


『次は西永福、西永福です。

 お出口は右側です』


 車内アナウンスでハッと起きると、乗客は龍拓しか居なかった。

 電車が停車し、ドアが開くと龍拓はリュックサックを持ち上げてヨタヨタと駅に降りる。



 改札を出ると、上着のポケットから龍拓はスマートフォンを出す。

マップを開き、命婦白狐神社と打ち込むと北口から出ていく。



 マップを見ながら龍拓は歩いていると賑やかな商店街を通り過ぎて、どんどん人通りから外れているのに気が付く。




×  ×  ×




 もう歩き始めて十五分程経っただろうか。

 辺りに人の気配が無く、静かな住宅街の風景と一変して木々が生い茂る空気の澄んだ場所に出る。


「本当に地図合っているのか?」


 その後、しばらく歩くと唐突に急な階段と美しい白色の鳥居が見える。

 鳥居の隣には看板があり、狐季の言っていた注意書きがあった。


一、狐様へ敬意を払うこと。無礼者には災いが降りかかるであろう。

二、食べ物を用意して参拝すること。唯で願いを聞いてもらうべからず。

三、食べ物は肉、魚等の動物は禁止。


「ここか……」


 龍拓は鳥居に一礼すると階段を上っていく。

 そして、上り終えると小さな本殿と途中に社務所がある。

 龍拓は本殿に向かって歩くと、社務所をチラッと確認する。


 ニヤリ……。


 少し不気味な笑みを浮かべた若い巫女が龍拓を眺めていた。

 寒気がした龍拓はそそくさと駆け足になる。

 本殿に着くと、頭上には黄金色の命婦白狐神社の文字が見える。

 また、本来は賽銭箱がある場所には三段のひな壇があり、多くの果物や野菜が供えられていた。

 リュックサックを降ろすと、ひな壇の一番上の段に弁当箱を取り出して置く。

 龍拓は目の前の紐を揺らし、鈴を鳴らす。


『カラン、カラン』


 心地いい音が境内に響く。

 鈴の音が止むと二礼二拍手し、手を合わせると目を瞑った。

 どうか、新たなジャンルのラーメンスープを作るのに力を貸して下さい。

 龍拓がそう願った瞬間だった……。


「ふむ……。なんと旨そうな稲荷寿司だ。

 それに、面白い願いだな!」


 背後からいきなり聴こえた女性の声に驚いて龍拓は振り向くと、白い着物を着た獣の様な耳を生やしている釣り目の美しい女性が立っている。


「その願い、手伝ってやろう」


 着物の女性が龍拓に向かって両手の手のひらを向けると、瞬く間に紫色の大きな渦が発生する。


「一体何なんだ!」


 戸惑う龍拓はどんどん渦に吸い寄せられる。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 完全に龍拓は吸い込まれると、追いかけるようにリュックサックも渦に飛ばされる。

 渦はゆっくり消えると、着物の女性は笑みを浮かべる。


「期待しているぞ」




×  ×  ×




 涼しくて心地よい風。そして、木々が揺れる優しい音。

 龍拓は気付くと森の中で横たわっていた。


「うっ……」


 まるで二日酔いをした時の様な頭痛から頭を押さえる。


「一体、何処どこなんだ?」


 一旦、上体を起こして辺りを見回すも全く見覚えが無い。


『ガサガサガサ!』


 木々が大きく揺れる音が聴こえ、咄嗟に龍拓は振り向く。


≪カカカカカァァァ!≫


 目の前には巨大なのこぎり状の口器こうきをカチャカチャと動かしながら黄緑色のよだれを垂らす、顔だけで龍拓よりも大きいドラゴンの様なムカデの化け物が居た。


≪キィヤァアァァ!≫


 甲高い奇声と共に巨大ムカデは龍拓を口器で挟もうと大きく開く。

 その瞬間、龍拓は後ろに飛んで何とか回避する。


「何だってんだよぉ!」


 足元に落ちていたリュックサックを拾うと、全力疾走で必死に逃げる。

 巨大ムカデは木々をなぎ倒しながら龍拓を追いかけていく。


『ゴゴゴゴゴゴォ!』


 なぎ倒された木によって地面が盛り上がり、龍拓の足元に大きなひび割れができる。

 罅に足を取られて龍拓はたまらず転倒してしまう。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 そして、体を覆う大きな影がピタリと止まると背中を刺すような寒気が襲う。


≪カカカカカァ≫


 振り返ると、巨大ムカデは口器を擦り当てる嫌な音を出している。


 死ぬ……。


 その二文字が脳内を駆け巡る。


≪キィヤァアァァ!≫


 奇声を上げて巨大ムカデが龍拓に飛び掛かるその時だった……。


「レッツオォォォ!」


 野太い雄叫びが聴こえた瞬間、右腕を横に突き出した原人の様な容姿をしている男が物凄いスピードで飛んでくる。

 そして、腕を巨大ムカデの口器の下に当てると頭が弾け飛ぶ。


 え、ラリアット?


 状況を呑み込めず龍拓は口を開け、目をキョトンとさせる。


『ブッシァァァア!』


 巨大ムカデの断面からは濃い紫色の体液を噴き出している。


『ペチャ!』


 龍拓の口に噴き出した体液と破片が入り、思わず飲み込んだ。

 その瞬間、脳内に衝撃が走る。


 塩辛い! だが、まるで伊勢エビの様な濃厚風味で旨い!


「そこの者、怪我は無いか?」


 龍拓が声の方へ向くと、原人の様な男が巨大ムカデの頭を片手で担ぎ歩いて来る。

 そして、男は座り込んでいる龍拓に手を差し伸べる。


「あ、ありがとうございます」


 手を掴み立ち上がると、男は不思議そうに龍拓をジロジロと見る。


「その服、見たこと無いな。

 君は一体、何処から来たんだ?」

「そうだ! 俺も此処ここが何処なのか知りたかったんだ。

 俺は東京から来ました」

「とうきょう?

 聞いたこともないぞ、そんな場所……。

 此処はロイアルワ。

 三大王国の一つだ」


 龍拓は腕を組むと俯き、考え込みブツブツと話し出す。


「ロイアルワなんて俺も聞いたことが無い。

 これってまさか、異世界転生ってやつか……。

 でも、そんなのはマンガやアニメでしか見たこと無いぞ」


 原人の様な男は笑みを溢すと再び龍拓に手を差し出す。


「良く分からんが、俺はシュリル!

 この国で勇者をやっているんだ。

 よろしくな」

「俺は龍拓です。

 ラーメン屋をやっています」

「ラーメン?何だそりゃ」


 困った顔をするシュリルに龍拓は身振り手振りをしながら熱のこもった説明を始める。


「ラーメンとは麺料理の一つで、元は中国から来た料理なんですけど、日本には幕末から明治時代の開国により広がって……」


 シュリルが首を傾げて余計に困惑しているのに気付くと龍拓は説明を止めて深くため息を吐く。


「まとめると、歴史が深くてメチャクチャ旨い麺料理です」


 龍拓のざっくりとした説明でシュリルは目をキラキラとさせる。


「そんな料理があるのか!

 是非、今度食べてみたいな」


 シュリルの言葉で思い出したように龍拓は巨大ムカデの頭を凝視する。


「コイツか?

 グランドセントピードってんだ。

 頑丈な外骨格が主に装備で使われるから市場で高値が付くんだ。

 鋼の剣だって、コイツを傷付けられない」

「そんなヤツを素手で!?

 あと、勇者なのに装備は着けないんですか?」


 すると、シュリルは少し恥ずかしそうに俯く。


「そ、それは……。金属アレルギーなんだ」


 ボソッと言うシュリルの声を聞き取れず、龍拓はポカンとする。


「俺は金属アレルギーで甲冑や剣などの装備を着けることが出来ないんだ!

 別に好きでこんな格好をしているんじゃないぞ」

「なんか、すみません……」


 龍拓は顔を赤くさせるシュリルに一応謝った。


「そういえば、お前はどうやってこの国に来たんだ?

 本来、ロイアルワは国王が掛けた魔法で国全体が強力なバリアで覆われている。

 外部の者は簡単に入るなんて出来ないぞ」


 シュリルの質問を上の空で龍拓はグランドセントピードの頭を見つめる。


「聞いてるのか?」


 ハッとすると申し訳なさそうに龍拓は自身の頭を撫でる。


「すみません。

 そのグランドセントピードってやつ、良い味だったからラーメンに上手く出来ないか考えちゃって……」

「お前もそう思うか!

 実は俺もコイツの味が好きなんだが、村人たちは不気味がって一口も食べやしない」


 明らかに嬉しそうなシュリルと共感した龍拓は目を見合わせると、固い握手を交わす。


「コイツで、そのラーメンってヤツ作れんのか?」

「まだ分かりませんが、全力でやってみます!」


 龍拓の言葉にシュリルは笑みを浮かべる。


「じゃあ任せるぞ! 

 それと、俺は誰とでも対等で接したい。たとえ、相手が国王でもな。

 だから龍拓、敬語は止めないか?」

「分かった。よろしくシュリル」


 すると、思い出したようにシュリルは辺りを見回す。


「おーい! もう倒したから、出てきて大丈夫だぞ!」


『ガサガサ……』


 草をかき分ける音が聴こえ、二人が音の方を見ると黒色の大きなエナンを被り、白色のローブを着て杖を持った若い女魔法使いが出て来る。


「リプイ! そんなところに居たのか」


 リプイはカタカタと体を小刻みに揺らし、今にも泣きそうになっていた。


「もうやだ! こんな森早く出たい! お家帰りたい!」

「お前は相変わらず臆病だな。怪我は無いか?」


 心配してシュリルが近寄ると、肩に担がれたグランドセントピードの頭を見てリプイは腰から崩れるように尻もちをついて泣き出す。


「いやぁぁあああ! 来ないでぇ!」


 喚き叫ぶリプイにため息を吐くと、シュリルはその場に頭を置く。


「ほら、コイツはもう死んでいる。

 もう襲っては来ないぞ」


 頭を確認すると、涙を拭きながら立ち上がる。


「はぁ……。もう依頼は達成したんでしょ。

 早く町へ戻ろう」

「いや、その前に腹ごしらえだ。

 早くタンパク質を取らないと」

「腹ごしらえですって!?

 冗談じゃない! 私はこんな危険な森を早く抜けたいって言うのに!」

「仕方ないだろ。

 俺はタンパク質を摂取・・・・・・・・・・することで肉体を強化・・・・・・・・・・する特異体質・・・・・・だ。

 さっきので大きく体力を消耗した。グランドセントピード級のモンスターが再び出てきたら、無事に森を出るのは難しくなる」

「もう! じゃあ早く済ませましょう!」

「その方がこっちも助かる。レシピも考えられるし……」


 龍拓の声を聴き、リプイは凝視する。


「ところで、どなた様ですか?」

「ああ、龍拓って言うんだ!

 さっきグランドセントピードに襲われているのを助けたんだ!」

「どうも、龍拓です。

 よろしくお願いします」


 龍拓はリプイに向かってお辞儀をする。


「どうも……」


 それに対してリプイもぎこちなくお辞儀を返した。


「でも貴方の名前と恰好(かっこう)、この国の人じゃないみたい……」

「そうだ! 龍拓がどうやって此処に来たのか聞きたかったのだ!」


 二人は龍拓を注意深く見つめる。


「えっと、それは……」


 龍拓は神社に行ってからの記憶を話した。




×  ×  ×




To Be Continued…

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