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第14話 力の末路

 燃え盛る炎。

 それはイリュテムを焼き尽くしていく。

 悲鳴もなく、聞こえるのはただただ炎がイリュテムを焼き尽くす音と空から降り注ぐ雨の音だけ。

 私は右手を掲げ、レーヴァテインを消失させる。


 これほどで充分だろう。


 奴の全てを焼き尽くす必要は無い。


 ガワだけでも剥がせたのなら、それで良い。


 炎が無くなり、倒れるイリュテムの姿が露になる。

 その姿を見つめ、ステラは目を丸くする。


「これが……イリュテム!?」

「え……あれって……」


 そういう事か。私も思わず納得してしまう。

 吸収。

 それは特殊な錬成術であり、吸収した対象の力と知識、性質を得る。

 その力によって彼は本当の自分を隠していたのを全てレーヴァテインに焼き尽くした。

 そうして出てきた姿は前に見せたバケモノ染みた姿とは程遠い。

 身体はひどく痩せ細り、肌はひどく白い。それだけじゃない。

 ゆっくりと顔を上げると、頬はこけ、生気の失われた顔をしていた。

 その顔は最近、見た顔だ。


「ゴホッ……ゴホッ……」


 悶えるように咳き込み、身を縮めるイリュテム。

 その姿を見つめ、ステラは歯噛みする。


「貴方……私達の村と同じ病に……」

「ゴホッ……ゴホッ……」

「錬魔病……」


 そう、錬魔病だ。

 イリュテムは錬魔病を患っていた。しかも、かなり末期。

 なるほどな。私は納得する。


「ようやく腑に落ちたよ。お前が何故、人体錬成を行っていたのか。そして、何故、錬魔病になっていなかったのか。最初からなっていれば関係ない。その身体を捨てる為か?」

「ゴホッ……ハァ……ハァ……」


 苦しそうに地を這うその姿は力にこだわっていた彼とはあまりにも違う。

 無様で醜い。まさしく――弱者。

 私は膝を折る。


「貴様は何故、その痛みを知りながら、この村と同じ事をした?」

「……た、助けて……ゴホッ……くれ……」


 膝をついた私の裾を掴み、懇願するような眼差しを送ってくるイリュテム。

 その姿に後ろから怒号が聞こえてきた。


「ふ、ふざけるんじゃないわよ!! 貴方が今更助けてって!! ふざけるなッ!!」

「す、ステラちゃん!! 落ち着いて!!」

「落ち着いてられる訳ないでしょ!! そいつのせいで、どれだけの村の人が死んだと思ってるのよ!! 命乞いだって見てきた!! なのに、嬉々として殺したのはお前じゃない!! ふざけるな!!」

「……たすけて、くれ……」


 ステラの怒号は最もなものだ。

 10年もの間、村が苦しめられ、弾圧されてきた側の人間からすれば許しがたいものだ。

 私はステラを見る。ステラの表情は顔に怒りを滲ませ、リアーナが何とか羽交い絞めにしているような状態。

 ステラもリアーナが止めているから止まっているようなギリギリの状態。

 これは……どうするべきか。

 私は縋るような眼差しのイリュテムを見つめる。

 私はイリュテムの手を払い、ステラへと向く。

 怒りに震えるステラの肩を掴む。


「ステラ。落ち着け」

「ふー……ふー……」

「……君はどうしたい? 今、ここでコイツを殺す事は簡単だ。しかし、それをした瞬間、君は彼と同じ存在になる」

「…………分かってる。分かってるわよ!! でも、こいつが許せる訳が無い!! 意味が分からない!! コイツは私の大事な人たちを奪ったんだ!! なのに……なのに……」


 ステラは怒りと憎悪に満ちた眼差しをイリュテムに向ける。


「善意につけ込もうとしてる!! 人の善意を受け取ろうとしてる!! ヘルメスさんが……助けてって、手を差し伸べられたら見捨てられないのを分かって!! そんな都合の良い話があってたまるか!! だったら、だったら、私達の村の人たちを返せよ!! お前の殺した人たちを蘇らせろよ!!」

「ステラちゃん……もう、いいよ、大丈夫……」


 歯を食いしばり、叫ぶステラ。それを宥めるように言うリアーナ。

 ステラはガチガチ、と歯を震わせ、力強く拳を握り締める。


「クッソ!! 何なのよ!! 何で……アンタも錬魔病なのよ!! 何で、アンタが……」

「ステラちゃん……」

「クソ……クソ……」


 悔しげに顔を歪ませるステラ。

 その表情にはひどい葛藤が見えた。本当に――優しい子だ。


「たすけ……たすけて……くれ……」


 イリュテムの一縷の希望を望むような声音にステラはぎゅっと強く拳を握り締めた。

 その握り締められた手からは血が流れ、怒りに震える歯軋りが聞こえる。

 それから私達に背を向ける。


「……ヘルメスさん。治して。……それから、私達の前から消えて。二度と……この村に近づかないで」

「だそうだ。それでお前は救われる。約束、出来るか? 治療後、すぐ村を去り、二度と近づかないと。勿論、二度目はない。分かったか」


 私の問いにイリュテムは何度も力なく頷く。

 善人であろうと、悪人であろうと、一度は必ず助ける。長く生きた私の矜持。

 人は変わる事が出来るという希望を信じたい私の我儘。

 私は背を向けているステラに言う。


「ステラ、ありがとう」

「……別に」

「ステラちゃん……良い子だね」

「リアーナ……そんなんじゃないわよ。ただ……そいつと同じになりたくないだけ」


 ぶっきらぼうに語るステラ。

 その声色には諦めにも近しいものを感じた。

 私は炭化した右手を動かし、カップと錬成水を創り、それをイリュテムに渡す。


「これを飲めば治る。そしたら、すぐにここを去れ」

「っ!? …………ぷはぁ!!」


 イリュテムはそれを受け取り、一気に飲み干す。

 それからすぐさま口を開いた。


「……本当に、甘い連中だ」


 そんな声と同時にイリュテムは立ち上がり、私の右腕を掴む。

 その瞬間、ステラは拳を握り締める。これは、まずい。


 ステラは殺すつもりだ。私はすぐさま叫ぶ。


「ステラ!! 動くな!! イリュテム、腕を吸収するな!!」

「うるさい!! ハハハハッ!! ようやく、最上の力を手に出来る!! 使わぬ理由は無いだろう!!」


 バキリ、と私の右腕をもぎ取り、そのままイリュテムは私の右腕を吸収する。


「なっ!? アンタ……本当に!!」

「ハハハハハッ!! これで、私にもヘルメスの力が……ちから……が……」


 時間が止まったような気がした。

 ピタリとイリュテムは動かなくなり、目の焦点が合わなくなる。それと同時に瞳、鼻、口から血を流し、顔を抑える。


「あ、あああ、あああああああああああああああああッ!?」

「…………!?」

「な、何!? 何が起きてるの!?」


 目を丸くするステラとリアーナ。

 しかし、そんな二人を他所にイリュテムは叫び声を上げる。


「あ、ああああッ!! あああああああッ!! 入ってくるな、何だこれは……や、やめろ、やめてくれ!!」


 頭を抱え、その場にうずくまるイリュテム。


「ば、バケモノ!! ああ、やめろ!!」


 懇願するように、それでいて祈るように、地に跪く。


「や、やめて……俺の……頭を……がああああああああああああッ!!」


 プツン。

 まるで糸が切れたようにイリュテムは動かなくなり、パタン、とその場に倒れる。

 その瞬間、夥しいほどの血が全身から溢れる。

 それを見てリアーナは口元を覆い、ステラは目を丸くする。


「な、何が起きたの……」

「ステラ。私は誰だ?」

「ヘルメス?」

「……私の知識は世界と同義だ。ありとあらゆる錬成術がこの頭の中に蓄積されている。それは……長い年月を掛け、どんどんと膨れ上がっていく。そうなれば……人一人の頭でどうこうできるものじゃない。奴は……身体がオーバーフローを起こしたんだ。知識と記憶、経験。それらは彼という器にはあまりにもデカすぎた」


 イリュテムは力を追い求めすぎた。

 たった一人の人間が私の、世界ともいうべき知識量を保存しておけるはずがない。

 そんなものを頭に入れた瞬間、身体そのものが爆発してもおかしくない。

 ステラは倒れ、血を流すイリュテムを見つめ、一つ息を吐く。


「……何でここまで力を」

「想像だが……奴もまた、奪われた側だったんだろう。錬魔病になり、見捨てられた。そんな絶望の中で誰かが唆したんだ。吸収という力を与え……その力の絶対性を与えた……。その結果、コイツは力を求め、力こそが絶対というバケモノとなった。

 そんなバケモノが力に殺される、というのは皮肉、なのかもしれないな」

「…………何だか、悲しい人だね」


 悲しげに語るリアーナに私は小さく頷く。


「そうだな。そう思う」

「……そうね。きっと最後まで周りの人なんて信じられなかったんだから」

「ああ。……死体は私が処理をしておく。君達は村に報告しに行くと良い。きっとこれから忙しくなる」


 どんな形であれ、ここスマラナ村は解放された。

 私の言葉に二人は頷き、村へと向かう。私は倒れるイリュテムの死体を見つめ、呟く。


「……お前は誰の差し金でここに来た? 何故、私の命を狙った? ふっ。それもまた旅の楽しみか」


 どうせこれから分かる事だ。

 とにかく、今はコイツを弔ってやろう。

 この力に溺れ、力に殺された愚者を。本当に――人間とはままならないな。

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