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第13話 破壊の権化

 コツ、コツと静かなでありながらも、どこか威圧的な足音を踏み鳴らすステラ。

 玉座を越えて吹き飛ばされたイリュテムは身体を起こし、額に手を当てる。

 翼膜にある悶える人の姿が一つ消え、イリュテムは呟く。


「あの女……そうか……そんなにも死にたいらしい……」


 イリュテムはゆっくりと立ち上がり、真っ直ぐステラを睨みつける。

 その表情にあるのは怒りと絶対的な自信。

 それを見て私は一つ嘆息する。


 やはり、か。


 イリュテムは自身の右手に錬成陣を創り、ステラに叫ぶ。


「貴様は忘れているだろう!! この俺に支配されている事を!!」

「…………」


 何も語らないステラは地を蹴った。

 猛烈な速度でイリュテムの懐に肉薄。しかし、イリュテムは視認出来ていなかったのか、突如現れたステラに目を丸くする。

 その反応こそが命取り。

 ステラは腹部にめり込む程の膝蹴りを穿つ。

 それはイリュテムの背中を抜ける衝撃波となり、威力の高さを物語っている。


「ゴフッ……」


 口から血を流し、よたよた、とステラから距離を取ろうとするイリュテム。

 その垂れ下がった尾を掴み、ステラは冷酷にも告げる。


「何、下がってるの? だらしない……」

「っ!?」


 ステラは尾を一気に引き寄せ、イリュテムの身体を自分自身に無理矢理寄せる。

 ただの腕力。ステラはそのままイリュテムの尾を右手で掴んだまま、左手でイリュテムの顔面を殴打する。

 あれは。私は眉を潜める。

 手持ち無沙汰となっている脇腹から生えた手で何か錬成陣を構築している。

 何かをするつもりか?


「っ!? ぐっ!? ぐはっ!?」


 イリュテムはなす術もなく殴られ、血を流す。

 しかし、彼もただではやられないらしい。ニタリ、と不敵に笑い、口を開いた。


「……ハハハ。時間は稼いだ。これで」

「これで? 何かしら」

「お前は死ぬ!!」


 その声と同時にもう一つの手で錬成していた陣を作動。

 それをステラの首元に突きつける。

 やっぱり、そうか。

 私は再度、嘆息した。

 これで奴の化けの皮ははがれた。


 本来であれば、イリュテムの理想の話をするのであれば。

 ステラの首は見るも無残に飛んでいたんだろう。

 その呪いとなる錬成術を首に仕込んでいたのだから。

 でも、それは――。


「残念ね。それ、ヘルメスさんが解除してくれたの」

「な、何だと……」


 驚愕の色に顔を染めるイリュテム。

 しかし、その驚愕こそがイリュテム最大の汚点。

 ステラはイリュテムの尾から手を離し、力強く蹴り飛ばした。


「がっ!?」


 水切りのように地面を飛び、イリュテムは倒れ伏す。

 すると、また翼膜にある人間が一人消失し、イリュテムが立ち上がる。 

 ステラは一つ息を吐き、乱れた髪を軽く撫でる。


「ヘルメスさん、情報は取れましたこと?」

「ああ。イリュテムの弱点は全て見切った。そのカラクリもな」


 ここまでずっとステラに戦ってもらっていたのは、彼女自身思う所があるのもそうだが、イリュテムという男の力を計る為。


「イリュテムの弱点?」


 背後ではリアーナも疑問に思っているのか、疑念の声が聞こえた。

 私は振り向き、リアーナに言う。


「簡単に言うと、奴の力は全て借り物だ」

「借り物?」

「奴の力は『吸収』と呼ばれる少々特殊な錬成術だ。それは吸収した存在の肉体や知識、性質といった情報を取り込み、力に変えるもの。

 つまり、アイツの身体についている全ては奴がこれまで吸収してきた全て。だから、全部借り物なんだ。そうした力というのは本質を理解できない」

「本質を理解できない?」

「ステラに付けられた首輪、あっただろう? あれは錬成術を使った側だったら解除されていた事が、すぐに分かるんだ」


 錬成術は術者であれば、その術が今発動している状態なのか否か、というのはすぐに分かるものだ。それはその錬成術に対する理解があるから。

 錬成術を理解し、自分自身で扱う。だからこそ、その真価が発揮される。

 しかし、イリュテムは違う。


「奴の場合、全てを吸収した錬成術と知識だけを利用しているに過ぎない。しかも、それをただ詰め込み、ただ使ってるだけ。それだけに留まらず、奴はそれを詰め込みすぎている……。自分が得た力ならば良い。しかし、他者から奪った力で力を得たとしても、そこに価値はない。

 力を得ただけの空っぽな男。それがイリュテムだ」


 イリュテムは立ち上がると、ククク、と愉しげに笑う。


「……なるほど。面白い。ステラ。まさか、お前がそれほどの実力を持っているとはな……計画変更だ。貴様を吸収するとしよう。そして、その力を私のものとしてやる」


 そんな声と同時にイリュテムは右手を翳す。

 手のひらにブラックホールのような渦を作り上げ、周囲への吸引を始める。

 引き寄せられる猛烈な力を感じながらも、私はすぐさま村人たちを守る為の壁を錬成。

 ステラはただ、何事もなかったように仁王立ちし、口を開く。


「……そよ風じゃない」

「なっ……」


 ……ステラの奴、力だけで耐えている。

 両足に力を込め、何事もなかったかのようにただ、不動とし、立ち続けている。

 何処か男らしさも感じられる佇まい。明らかに異質だ。


 ここまでステラは一度たりとも、錬成術を使っていない。

 むしろ、彼女は日記を見る限りでは使えない。

 にも関わらず、イリュテムを圧倒する、とてつもないフィジカル。

 そして、何より目を見張るのは――。


 ドン!!


 と心臓を揺さぶる程の音と同時にステラが飛ぶ。

 イリュテムは右手を変容。すぐさま竜の貌へと変化させ、燃やさんと炎を放つ。

 業火はステラを包み込もうと迫るが、ステラは腕を払い、炎を消失させる。

 そのまま空中を蹴り、イリュテムの顔面目掛けて突進。

 すれ違いざまにイリュテムの顔面を掴み、空中から弾丸のように迫った勢いそのままに叩きつける。


「がはっ!? くっ、スコル!! ハティ!!」


 そんなイリュテムの声と同時に両肩で蠢いていた二頭の狼がステラの右腕と左腕に噛み付く。

 しかし、ステラはイリュテムの頭を抑え込んだまま、底冷えするような声音が言う。


「何?」


 生物としての本能が告げたのか、スコル、ハティと呼ばれた狼二匹はすぐさまステラの腕から手を離し、ペロペロと舐め始める。

 完全に服従してしまっている……。

 ステラはイリュテムの頭を掴んだまま、持ち上げ、宙ぶらりんの状態にする。


「それで? まだやるのかしら?」

「はぁ……はぁ……ぐっ」


 力の差は歴然だった。

 イリュテムがどれだけ抵抗しようとも、その全てを力で捻じ伏せる。

 私は顎に手を当てる。

 不思議だ。

 アレほどまでの実力があったステラが何故、良い様にされていたのか。


「何か……久しぶりに見たかも……ステラちゃんが怒った所……」

「そうなのか?」

「はい。ステラちゃんって小さい頃に一回だけ怒った事があったんですけど……あの時は、そう。私が誘拐された時で……ステラちゃん。その誘拐犯、10人くらいを全員半殺しにしたんです。それ以来、喧嘩とかはしないようにしてて……」

「なるほど。後、村が人質に取られていたから力を発揮できなかった、という事でもあるか」

「そうだと思います。だって、今は……ステラちゃんを止めるものって何もありませんから」


 とてつもないな。

 しかし、これほどの実力は普通じゃない。

 普通の人間が持つにはあまりにも大きすぎる力のような気がする。

 そう、それはまるで――。


「……破壊の権化、か」


 時折、そういう人間が現れる。

 破壊に快楽を見出す異常者が。しかし、ステラはそれともまた違う気がするのは何だ?

 確かに戦い方は苛烈だ。


「がっ……」


 イリュテムが行動するよりも前にステラが動き出し、その行動を力で潰す。

 動けば、殴り、蹴る。

 野蛮で粗暴。それでいて、暴力的。ステラの戦い方は明らかに野生的すぎる。


「ぐはっ!?」


 それから、バコン、という殴打音と同時にステラがイリュテムを殴り飛ばし、軽く手を払う。


「これでもういいでしょう? 貴方じゃ私には勝てませんわ。今すぐ、この村から出て行って下さる?」

「ごほっ……がはっ……」


 無残なものだ。

 あれだけ力を誇示していた人間が地を舐め、這いつくばっている。

 とはいっても、所詮、奴の力は借り物。

 その力すらも空虚なものだ。


「……ふざけるな。ふざけるな。俺は強い……俺の力は絶対なんだ……ああ、そうだ。そうに決まってる。そうじゃなくちゃ……いけないんだ……」


 フラフラと立ち上がりながらうわ言のように言うイリュテム。

 それからイリュテムは何か思い出したように、目を見開く。


「あぁ……そうか……使えばいいのか」

「? 何?」


 使う? 私も首を捻ると、イリュテムが呟く。


「来い……レーヴァテイン!!」


 その声と同時にスマラナ村の皆が作ったレーヴァテインがイリュテムの右手に錬成される。

 そうか。レーヴァテインすらも吸収していたか。

 それにステラは眉を潜める。イリュテムはレーヴァテインの柄を掴み、炎を顕現させる。

 それは容易く周囲を焼き尽くし、ここ一帯の温度が急上昇する。


「くっ……貴方……」

「そう……これはヘルメスが創りあげた伝説の一つ。私も使える……私ならば正しく使える。そう、この一帯を全て燃やし尽くす!! 全てだ!!」


 歓喜の声を上げ、イリュテムはレーヴァテインを嬉々として振り回す。

 周囲に炎が舞い、焼いていく。これでは山と村、両方が燃えてなくなるな。


 それをさせる訳にはいかないな。


 私はトン、と軽く地面を叩く。

 それからしばらくして、小さな錬成陣が地面に浮かび上がり、ドロっと地面が溶けた。

 そこからふよふよと浮かび現れたのは『小さな太陽』


「燃やせ!! レーヴァテイン!! クハハハハッ!! ここ一帯全てを焦土に変えろ!! ハハハ、ハハハハハハッ!!」


 絶対的な強さの否定によるやけっぱち、という所か。


「なっ。イリュテムを止めないと……炎邪魔!!」


 ステラが進もうにも炎が暴れ狂っていて、進めそうにない。

 炎は山にある木々を焼き、それはどんどん燃え広がっていく。

 まずは、それを止めよう。


 私は小さな太陽を握り締めると、それは形を変え、私の右腕を焼き尽くし、真っ黒の炭に変える。

 それを見ていたリアーナが驚愕の声を上げる。


「へ、ヘルメスさん!? 右腕がいきなり真っ黒に!?」

「大丈夫さ。――レーヴァテイン。炎を喰らえ」


 その声と同時に私の手に握られた小さな太陽は蛇のようにうごめき、全ての炎を焼き尽くしていく。まるでその炎を食べるように。

 周りを焼き尽くしていた炎を一気に食べ尽くし、熱気が一気に収まる。


「なっ……何が、起きた!?」

「ヘルメスさん?」

「イリュテム。借り物の力に何の意味もない。お前はその力がどういうものか知っているか?」


 私は右手を燃やし、炭化していく様を見ながら言う。


「レーヴァテインとは永劫の火。全てを灰燼と化す剣だ。それは使用者の腕すらも焼き尽くし、薪とするんだ……お前の持っているそれはあくまでも他者が使えるように調整したもの。……これこそが本物のレーヴァテインだ」


 レーヴァテインは意志を持つかのように変容し、龍の姿に変化する。

 その姿にステラも、リアーナも、イリュテムも目を丸くしている。


「レーヴァテイン……あれが偽物……」

「え……アレ、創るのにすごく掛かったのに……」

「はは。それはそうだ。これは私の最高傑作の一つなんだから。再現できただけでもすごいさ。さて……イリュテム。少々、君はやりすぎた」


 私は炭になった右腕を振りかぶる。

 すると、イリュテムはすぐさま偽物のレーヴァテインを捨て、両手を構える。

 吸収するつもりか。残念だったな。


「ステラ、すまない。君の役割を私が取ってしまうようだ」

「……別に構いませんわ。もう、充分、やりましたから」


 ニコっと優しく笑うステラ。


「それに――もう弱者に振るう拳は見当たりませんもの」

「そうか……」


 そのままステラは後方に飛んだ。それを見た瞬間、私は右腕を振り下ろす。

 呼応するように炎の龍は雄たけびを上げ、イリュテムへと迫る――。


 そして、吸収しようとしたはずのイリュテムは悲鳴を上げることなく、炎を抑える事も出来ずに炎の中へと消えていった――。



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