「お父様……大丈夫、ですか?」
「ステラ……何故、ここに……」
その表情を驚愕の色に染めながらも苦しげなお父様。
私はすぐに村人たちに声を掛ける。
「ごめんなさい。先生の所にお父様を……」
「ま、待て……ステラ……」
お姫様抱っこをされているお父様の手が私の腕を掴む。
それは弱弱しく、あの時、力強く抱きしめてくれた感触とは全然違うもの。
私はすぐさまその場に膝を折り、お父様を寝かせる。
「すぐに診よう」
「ありがとうございます」
この決戦に先生も来てくれていたのか、すぐさまお父様の容態を見てくれる。
先生に頼んだのなら、問題ないだろう。
私は村人たちを一人一人見つめる。
皆の表情は驚きと何処か安堵感のある表情。
良かった。私もまた安堵の息を漏らす。まだ……誰も死んでいなくて。
「皆様、ここから先は私が何とか致します。皆は村にいる子供たちの傍に」
「す、ステラちゃん……」
「リアーナ。全部、分かったの」
心配そうに尋ねるリアーナに私は真っ直ぐその心配そうに揺れる瞳を見つめる。
大丈夫だよ、と伝える為に。
「ここまでの事、全部……」
「ステラ……何故、ここに来た?」
寝転がるお父様が私を鋭く睨みつける。
「ここに来れば……お前が死ぬ事になる……お前はもう……」
「……ごめんなさい、お父様。やっぱり、私には自分だけ助かるなんて事、出来ない。それだけじゃない。私……ここにいる皆に謝らないといけないの」
私は村人たち、そして、お父様、リアーナを一瞥してから深く頭を下げる。
「ごめんなさい。私……皆を助けたかった。私の手で……それが彼をここに呼び寄せてしまった私のやらなくちゃいけない事って意固地になって……皆を……信じる事が出来なかった」
それが私の過ちだ。
私はずっと頭の中で自責の念に囚われていた。
自分が何とかしなくちゃいけない。
自分が引き起こしたんだから、責任を持たなくちゃいけない。
自分が全部、抱え込まなくちゃいけない。
そんな気持ちを全て背負い込んで、潰れそうになっても、抱え込んで。
でも、それが如何に愚かな行為なのか、良く分かる。
「私が最初に皆に助けを求めていたら……素直に助けてって言えたのなら……一緒に戦える事が出来たかもしれないのに……皆にこんな……私の為にって焦らなくても良かったかもしれない……全部、私が皆を信じる事が出来なかったから……。だから、ごめんなさい」
「何故、お前が謝る……」
痛む身体を引きずりながら、お父様は私の頬を手で触れる。
「ステラ。お前が謝る必要なんて何処にも無い……むしろ、お前は村を救い……辛い道であろうとも必死に頑張ってきていた。それなのに……何も力になれず……お前にはずっと頼ってばかりだった……果てには病にまでなって……お前を苦しめてしまった……。
何もしてやれなくて……ただただ、苦しめてしまって……すまなかった……」
「お父様…………」
「全部、分かっていたんだ……あの日からずっとお前が苦しんでいる事を……なのに、私は……私達はお前に何もしてやれなかった……」
お父様の言葉に村人たちもまた、顔を伏せる。
皆、同じ気持ち、という事なのか。私は首を横に振る。
「そんな事……」
「だから……せめて……せめて、ステラ。お前には村の事も忘れて……夢を追いかけてほしかった。お前に何もしてやれなかった父が……村が……唯一できる事だと思ったから……」
「そんなの嫌ですわ。私は……村だって大切。皆が私に生き方を教えてくれた。私の力の向き合い方を教えてくれた……だから、私は……戦うと決めたんです」
私は嘘偽りない言葉を皆にぶつける。
「だから……もう一度、私を信じてくれませんか? 必ず……あの男をこの村から追い出してみせます。だから……皆は私を……信じてくれませんか?」
「そんなの……当たり前だよぉ……」
ぎゅっと私の手を掴んだのはリアーナだった。
その小さな手から感じる温もりはとても懐かしいものだった。
リアーナはポロポロと大粒の涙を流し、言う。
「やっと……やっと、昔のステラちゃんに戻ってくれたぁ……」
「私は最初から……いえ……そうですわね。やっと……自分がどうすべきか分かった気がしますわ。リアーナ。全部、終わったらまたカレーが食べたいですわね」
「うん……うん……」
「……ステラ」
ゴホッ、と一度咳き込んだお父様が私の肩の上に手を置き、真っ直ぐ私を見据える。
「村を……お前に託したい。私は……いや、私達はお前を信じてる」
お父様の言葉に同調するように、村の皆さんが頷いてくれる。
…………ああ、そうでした。
そう。最初からこうすれば良かったのですね。
自分ひとりで何でも抱え込むんじゃなくて、素直に話して、皆を信じて立ち向かう。
ああ、何て――。
何て――力が湧いてくるんでしょう。
今なら、誰が相手でも負ける気が致しませんわ。
「茶番だな。それに相も変わらぬ弱者の思考だ」
背後からイリュテムの忌々しい声が聞こえた。
弱者の思考?
私の心の中に火が灯る。それはすぐさま業火となり、私の怒りに変わっていく。
「群れる事でしか自己を肯定する事が出来ない……個の力を持たぬ弱者……そして、最終的には信頼なんていう下らぬものに縋る始末……まさしく、弱者の集う村に相応しい他力本願だ」
「……貴方は何も分かっていないな」
ふぅ、と嘆かわしいと言わんばかりにオルタナ――ヘルメスさんが肩を竦める。
「彼らの何処が弱者だ? 己に何が出来るのかと考え、最後の最後まで戦い抜いた……そして、それはようやく形と成り――おっと、これ以上は野暮であるらしい」
そう言ったヘルメスさんは立ち上がった私を見つめ、レディーファーストという紳士的な所作で私の道を譲ってくれる。
私は一歩、また一歩とイリュテムへと近づいていく。
「弱者……そうですわね。確かに私は弱かった」
自分自身を戒めるように言う。
「貴方のような人間の言いなりになり、全てを守った気でいました。でも、もう違う」
余裕そうに私を見下す視線を送るイリュテム。
何処までも人を弱者とバカにするのですね。その油断と慢心こそが貴方の弱点。
「私には……この命に代えても守りたい方々がいる。その人達を『守る』と約束して下さった方もいる。もう――怖いものなんて何もありませんわ。もう――」
力が満ちていくのを感じる。
久方ぶりですわね。力を存分に振るうのなんて。
「?」
「私に足りなかったもの。それは……私が誰かを信じる気持ち、信頼する心。その思いがあれば、人は何処までも強くなれる……ですから、私は……」
ぎゅっと強く拳を握り締める。
そして、私は地を蹴り、すぐさまイリュテムに肉薄する。
「なっ!? っ!?」
「いっけえええええッ!! ステラちゃんッ!!」
イリュテムが驚愕するよりも前に私の右拳がイリュテムの左頬に炸裂する。
その瞬間、イリュテムの顔がひしゃげ、足を宙に浮く。
浮いたと同時にイリュテムは身体が飛んでいく。玉座を貫き、地面を水切りのようにはじけ飛ぶ。
私は軽く右手を払い、乱れた髪を直す。
それから、ドン、と地を踏み鳴らし、堂々と宣言する。
「貴方を――ぶっ飛ばしますわ。ヘルメス様、自分の村の事は自分でケリをつけます。けれど……背中をお任せしても宜しいですか?」
「勿論だ。共に戦おう。この村を救う為に」
「ええ」