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第10話 たすけて

『やだやだやだーッ!!』

『こら、ステラ!! やめなさい!!』

『やだーッ!!』


 小さい頃、私は目に見えるもの全てが『敵』に見えていた。

 私の視界に映る全ての存在、光景が敵。

 全部、ぶっ壊したくてしょうがない。

 そんな破壊衝動にずっと蝕まれていた。


 私自身も良く分からない。

 ただ、心の奥底にあるバケモノのような存在がずっと私に語り掛けてくる。


 全てを破壊しろ、と。


 そんな衝動を抱え込んで生きていた私。

 やり場のない衝動を村にぶつけ、目に見えるものを破壊し尽くしていた。

 そんな姿から私は『暴君』なんて呼ばれるようになっていた。


 自分自身でもどうしようもなく、やり場の無い衝動。

 これを止める事も、受け入れる事も出来ず、ただ暴れ回るだけ。


 触れる全てを破壊してしまうような危ない私。


 徐々に、徐々にと村人たちとの距離を離れていく。むしろ、離れた方が良いと思った。

 こんな破壊したい、と思ってる人なんて居ないほうが良いに決まってる。


 私の事なんて、皆、嫌いなはすだから。


 そんな事まで思っていたある日。

 私に手を差し伸べてくれた子が居た。それがリアーナだった。


 不思議だった。


 私はリアーナを見ると、すごく穏やかな気持ちになったのを思い出す。

 リアーナが持つ不思議な魅力と言えばいいのか、彼女が纏う雰囲気なのか。彼女の存在は私の内に眠る破壊衝動を抑え込んでくれるような気がした。


 それから私はリアーナの傍にいる事が増えた。

 今までは暴君である私を恐れ、人が離れていたけれど。

 リアーナが教えてくれた。


『ステラちゃん。その心の中にあるモノはね、きっとステラちゃんが皆の事を怖いものだと思ってるからだよ。そうじゃない。皆、ステラちゃんの事、大好きなんだから』

『……分からない』

『分からないかー……あ、じゃあ……』


 最初、リアーナの言っている意味が良く分からなかった。

 私が見ている人たちを怖いものだと思っている? 皆、私が大好き?

 私の事を暴君と呼ぶくらいなんだから、怖がってるに決まってる。

 私は関わりたいと思わなかった。

 けれど、リアーナは違った。

 当たり前のように村のお兄さんに声を掛ける。


『あの!! 何か困り事とかって無いですか?』

『お? リアーナちゃんにステラちゃんか。困り事か~……そうだ。あれ、分かるか?』


 そう言って、村のお兄さんが指差したのは倒れてしまった木。


『最近、強風が吹いてな。アレが邪魔になっちまったんだよ。退かすのも時間が掛かるし、ステラちゃん。何とか出来ないか?』

『ふむふむ。あれこそ、ステラちゃんの本領だね』

『え?』

『ほらほら。ステラちゃん』


 促されるがままに私は木の前に立つ。

 ニコニコと次の行動を待っているリアーナ。

 私が困惑していると、リアーナは笑顔のままで言う。


『ほら、大丈夫。いつものようにやってみて』

『いつも……みたいに……』


 私はぎゅっと拳を握る。

 私はいつものように木に向かって拳を振るう。

 木っ端微塵に砕け散る木。私はすぐさまリアーナの傍に隠れる。


 心の中にある破壊衝動はグツグツと沸騰する水のように湧き上がってくる。

 それをリアーナは察してくれたのか、ぎゅっと手を握ってくれる。

 村のお兄さんは目を丸くし、すぐさま笑顔になる。


『おぉ、すげーな!! ありがとうな。ステラちゃん!! これで楽できるぜ』

『…………ありが、とう?』


 初めて言われた言葉に私は戸惑ってしまう。

 そんな私を他所にお兄さんは仕事へと戻っていく。

 私はそんな背中を遠くに眺めていると、リアーナが言った。


『ステラちゃん。今、ステラちゃんは人の役に立ったんだよ』

『人の役?』

『そう。良い事をしたの。それにね、昔居たすごい人、ヘルメスって人がいるんだけど、その人は言ったんだよ。力、つまり、ステラちゃんの心にあるそれは良い事にも悪い事にも使えるんだよ。

 それでね、今、ステラちゃんはすっごく良い事をしたの。だから、あのお兄さんは喜んでたんだよ』


 初めての感覚だった。

 破壊衝動で埋め尽くされていた心、暗雲が立ち込め、ずっと薄暗かった心に太陽の光が差し込んだようなそんな感覚。

 それはとても暖かくて、優しい。


『…………』

『私と一緒に色んな良い事、してみない?』


 その日から、私は村の為に色んな事をやり始めた。

 村の中で困っている事があれば何でも手伝った。

 その度、村の人たちは『ありがとう』と言ってくれた。

 それが嬉しくて。


 このとき、私はリアーナと村の人たちに『生き方』を教えてもらった。


 破壊衝動をなくす事は難しい。

 けれど、力というのは使い方だ。

 私自身が誰かを傷つけたいと思うのではなくて、誰かを助けたい、救いたいと思う事。

 困っている人の力になれる。


 そういう生き方が出来る、と皆が教えてくれた。


 生き方を教えてくれた村の皆を一番に守りたい。

 そして、いつの日か世界中で困ってる人の力になりたい。


 いつしかそれが私の夢になった。







「…………」


 私は何度も自分の右手を服で擦る・

 人の心臓を打ち抜いた感覚が全然消えない。

 気味悪さと罪悪感。震えるような恐怖が全身に広がり、呼吸も浅くなる。


「…………」


 人として超えてはならない線を越えてしまった。

 殺し。

 今まで何があっても絶対に超えなかった。

 私の尊敬するヘルメスさんも言っていた。

 殺しとは人として最も許されない行為である、その瞬間、人ではなく、理性を失った獣になる、と。

 それは――。


 昔の私を思い出させる。


 ただ、内にある破壊衝動のままに暴れ回る自分自身と。

 村の皆、そして、リアーナのおかげでやっと自分自身と向き合う方法も見つけて、夢まで出来たのに。

 私はたった一度の過ちでそれが全部、この手から零れ落ちたような気がした。


 でも、まだ……まだ、私には残ってる。


 こんな私を、暴君と呼ばれていた私を見捨てなかった人たちがいる。


 その人たちを守りたい。私はそれだけだった。


「……リアーナ。皆」


 うっすらと空に影が差す。思わず空を見上げると、雲が広がっていた。

 もうじき、雨が降る。

 そんな雨と一緒に、私の心もいっそ洗い流して欲しい、そう思ってしまう。


「……ダメよ。ダメ。それは逃げる事になる……逃げちゃ、ダメ」


 全部、私自身が犯した罪。

 イリュテムを呼び寄せた事も、村を救ってくれた恩人であるオルタナさんを殺した事も。

 全て、私が私の心のままに従った結果。

 それに否定してはいけない。


 否定してしまったら、私は――。


 私は村に続く山道を降りていく。

 山道を降り、村の門を潜り、中央広場へと向かう途中、向こう側からやってくる集団が見えた。

 その人々を見て、私は目を丸くする。


「え……どう、して……」

「ステラ……」


 向こうから歩いてくる人たち。

 それはお父様と村の人たちだった。しかも、村の人たちはこの村に住まう男たち。

 皆が手に剣や槍、斧といった武器を持ち、これから戦に行くと言わんばかりの出で立ち。

 私は思わず口を開いていた。


「な、何をしてるの? お父様、皆……」

「ステラ」


 ゆっくりとお父様が近づいてくる。

 その右手は刃の無い剣が握られていた。そして、お父様は私に近づき、ぎゅっと力強く抱きしめる。いきなりの事に戸惑っていると、お父様が言う。


「今まで良く頑張ったな」

「……え?」

「……10年もの間、すまなかった。何も力になれず……お前には辛い思いをさせてしまった」

「そんな……そんな事、ありませんわ。私はただ……皆を守る為に……」

「もう、充分だ」


 ぎゅっと更に強く抱きしめられた。

 もう、充分? その言葉の意味が分からなかったが、すぐにお父様が言葉を続ける。


「後は私たちに任せろ。私たちが必ずイリュテムを討つ」

「……ま、待って!! イリュテムに勝つ!? だ、ダメですわ!! そんなのッ!!」


 前にイリュテムと戦って村がどうなったのか、それが分からない皆じゃない。

 しかし、皆の表情は決意に満ちていて、そんな事分かっている、と言っているようだった。


「あの方がどれだけの力を持っているか、皆が知っているはずですわ!! だ、大丈夫!! 私がか、必ずいつの日か討ち取って……」

「ステラ。それは何時になる?」

「そ、それは……」


 私からゆっくり離れ、お父様は私の顔を真っ直ぐ見据える。


「私達に時間は無い。奴に勝つ武器を作る為、長い時間を有した。それだけじゃない。錬魔病……それがあったからこそ、ここまで遅れ、お前が苦しんだ……。ステラ、君一人に全てを背負わせてしまった……。しかし……今は違う」

「そうだぜ!! ステラ!! ステラにだって夢があるんだろ!! だったら、その為に生きてくれよ!!」

「そうそう。村の事なんていいからさ。自分の人生を生きてくれよ!!」

「皆の為って頑張りすぎだぜ!! 俺たちにだって命、張らせてくれよ!!」

「……ダメ。ダメよ。待って……」


 皆が戦う。

 それで果たして勝てるのか?

 奴、イリュテムには何か得体の知れない力を感じる。

 このまま戦ったら、皆が死んでしまうような気がしてしまう。


「ダメ、行ったら……皆が殺される!! あの日みたいに!! そんなのはダメ!!」

「ステラ……もう……リアーナが生贄にされる」

「え……」


 ガツン、と脳天を金槌で殴られたような感覚を覚える。

 何で? 何で?

 何で、リアーナが生贄に? あの人を殺せば……生贄にならないって……



 じゃあ、待って。私は――何の為に殺したの?



「り、リアーナが? え、ま、待って……なんで?」

「……リアーナが自ら名乗り上げたんだ。向こうも最初からそのつもりだったんだろう。……時間が、無いんだ。すまない。ステラ」

「ま、待って……」


 去ろうとするお父様を止めようと、手を伸ばす。

 けれど、その手は虚空を掴み、私は足元のバランスを崩した。

 私は倒れ、村の皆がお父様の背中を追いかけ、歩いていく。


 立たなくちゃ、いけないのに。


 止めなくちゃ、いけないのに。


 私の両足に力が入らない。足が震え、自分のした事の無意味さ、無力感が胸の中を支配する。

 私は何の為に……。



 何の為に……頑張ってきたの?



 村の皆も止められず、リアーナまで生贄になって、村の恩人を殺した。


「ま、まって……いかないで、わたくしのせいで……ちがう、わたしのせい……わたしは……」


 何かが折れた気がした。

 心の中にあったずっとずっと大切にしていた何かが壊れてしまったような気がした。


 ポツリ、ポツリと雨が降る。

 それはどんどん強くなっていき、私の身体を濡らす。


「うぁ……あぁ……」


 私は自分の無力感に苛まれ、後悔と自責に潰されそうになる。

 私は何も救えない、何も守れない。

 私は身体を起こす事も出来ず、ただただぎゅっと土を握り締める。


「くっ……なんで……わたしは……何の為に……」


 全てが崩れ去り、もう立ち上がる気力も無い。

 私は……もう、何も出来ない。何も……。


 そうだ。


 私はゆっくりと起き上がり、自分自身の右手を見る。

 もう、殺したもの。

 獣に成り下がるくらいなら、私は……。


 その右手をゆっくりと自分の首へと持っていく。


 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。


 私のせいで……。でも、もう……。


 私の心から希望が消えた気がした。首に右手を添えた時だった。


 そっと、その手に手が触れた。


「何をしているんだ?」

「……え?」


 聞いた事のある声だった。

 おかしい。その声が聞こえるはずなんて無いのに。

 私は思わず顔を上げる。そこには私が殺したはずのオルタナさんが居た。


「自らの手で命を絶つなんてバカな事はやめろ」

「……関係、ないでしょ。貴方に」

「ああ、そうだな。しかし……私には関係なくとも、子供たちはどうだ?」


 そう言うオルタナさんがふと、視線を周りにある家へと向ける。

 そこには村の子供たちが窓から私達を見ていた。

 とても心配そうな表情で。


……そんな目で、見ないで。


 私は何も……。

 すると、一人の少女が隠れてずっと見ていたのか、私の下へと駆け寄ってくる。

 あの子はいつも私に抱っこをせがんでくる子……。その子は私に近づくとぎゅっと小さな身体で抱きしめてくれる。

 すごく暖かくて、優しい温もり。


「お、おねえちゃん……な、何か嫌な事でもあった?」

「……ううん。何でも……何でも、ないよ」


 私はその少女の頬に触れると、くすぐったそうに言う。


「おねえちゃん……わたしのおとうさん、死んじゃうの?」

「…………」


 少女の言葉に私は精一杯首を横に振る。


「ううん、大丈夫……大丈夫だから……ほら、お家に戻って、濡れちゃうでしょう?」

「う、うん……」


 私が優しく言うと、少女は家の方へと戻っていく。

 そんな小さな背中を見つめ、オルタナさんは言う。


「……君はまだ死ぬべきだと思うか? 君にはまだやるべき事がある。そうだろう?」

「…………ねぇ、どうして?」

「ん?」

「どうして、貴方はこの村を気に掛けるの? 貴方は何も知らないじゃない。何も……分からないじゃない。それに私は貴方を……」


 殺したのよ、と言いかけた時、彼は穏やかに笑う。


「知らない、か。そうかもしれないな。しかし、人を助けたいと思う気持ちに理由等存在しない。錬成術師というのは世の為、人の為に行動するものさ。それに……私は託されている」


 そう言いながら、懐から取り出したのは金色のオルゴール。

 それはリアーナとの思い出の品。

 そのオルゴールを開くと、聴き慣れた音楽が鼓膜を震わせる。


「……リアーナから。君の父から。君の夢を守って欲しい、と。しかし……私は欲張りでね。何でも出来る錬成術師であるのなら、最良の未来を手に入れなければ意味が無い。

 それは君も、君の夢も、リアーナも、君の父も、子供たちの願いも。そして、村も全てを守り抜く。その為にここにいる。後は……君がどうしたいか、だ。ステラ」


 私がどうしたいか。

 私はオルタナさんの手からオルゴールを受け取り、眺める。

 涼やかなオルゴールの音色を聴く。

 秘密基地でいつもリアーナとこの曲を聴いていた。

 リアーナと一緒に夢を話し、錬成術の練習をして、未来は明るいものだと思っていた。


 けれど、それが壊され、一人で戦い続けてきた。


 そして、今。村の皆が犠牲になるかもしれない。


 私はぎゅっと金色のオルゴールを握り締める。


「……ねぇ、オルタナさん。お願いします……」


 強く握り締めると同時に込み上げる何かを抑えきれなくなる。

 ずっとずっと我慢していた気持ちが、溢れ出し、止まらない。

 けれど、もう抑え込む必要もない。私は……戦わなくちゃいけない。


 そして、それはきっと一人じゃなくて。


「たすけて……皆を……村を……誰も……殺させないで……私……皆をたすけたい……」


 涙声でとても恥ずかしいけれど、ずっと止めていた気持ちが自然と溢れ出る。

 すると、オルタナさんは私の頭の上に手を置いた。


「……良く言ってくれた。必ず救うと約束しよう。私の名――ヘルメスに懸けて」


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