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離縁できるまで、あと六日ですわ旦那様。③

「私を放って置いて、ロータスの元に向かうのか?」

「──っ、あのままだと夕食がお誕生日会レベルの豪華さと、ケーキの三段重ねができそうなのですよ!」


 ムスッとしているかと思ったが、ドミニク様の表情筋は動いていない。もはやこれも呪いなのでは? と思ってしまう。そんなことを考えている間に、ぐるりんと視界が回転してガゼボの天井が見える。あれれ? どうして?

 視界が陰ると同時に、プラチナの長い髪が頬に触れ、ドミニク様の顔がすぐ傍に現れた。ひゃう!? 


「君がこんなに近くにいるのに……」


 熱い眼差しに何処か憂いがあった。触れたくても触れられない──というような?

 でも私が触れても、なんとも──。


「……ドミニク様はもしかして、自分から私に触れられないのですか? その、呪い的な効果で」

【──っ、その通りだ。妻が傍にいるのに自分から抱きつくことも、キスもできないなんて……。そもそも本来の姿は嫌われると思っていたから、こんな夢のような展開は……ハッ、途中からこれは夢だったとしたら納得がいく!】


 いや納得しないでほしい。ドミニク様が私の頬に触れようとするが、目に見えない何かに遮られてしまい、拳を握って目を伏せた。


【夢だったら妻に触れられて、名前を呼べるようになるぐらいのサービスがほしい! ハグしたい、キスしたい! 妻の名前を呼びたい! 愛しているって!! ずっと傍にいて支えて欲しい。一緒に旅行にも、思い出も作りたいし、もっと妻との時間を取りたい!】


 ううっ。唐突な愛の告白はこっちの心臓にもくるから! こっちまで十六ビートを刻むような心音がバクバクしてしまったじゃない!

 私に触れられないだけじゃなくて、名前も呼べない? 愛も囁けない?

 一つの呪いに込められる制約は確か一つだったはず。『不幸になれ』などの抽象的なものは、効きにくい。逆に特定の制限をかける呪いは効果が高いのだ。特に恋愛関係などはその呪いのレパートリーがものすごく多い。恋は人を狂わすというけれど、ドミニク様呪われすぎじゃない!?


 ……ん? 私からなら触れ合えるのよね。ふとそのことに気づいて、ドミニク様の頬に手を当てた。不可視のなにかに拒まれることはなかった。ヒンヤリとしているが、スベスベだ。


「──っ、怖くないのか? 異形種だぞ?」

「あら、神獣の始祖返りは名誉なことと聞きましたわよ。それに私はどうやらこの姿のドミニク様も魅力的だと思いますわ」

「み、魅力? 私の姿を見て目が可笑しくなってしまったのだな。すまない」


 そう口では言っているけれど、私の手に掌を重ねてきた。私から触れた場合は、ドミニク様も触れられるようになるのね。

 手が重なり合うと温かくなる。私のことを少なからず好意的に思っているのが、なんだか嬉しい。キュンキュンしてしまうのは、ここ数年夫婦でありながら甘い感じがなかったからだと思う。それに……どうやら私はドミニク様の熱のこもった眼差しに弱いようだ。


「ドミニク様。ドミニク様にも複雑な事情があるのは理解しましたが、どうして打ち明けていただけなかったのですか? 方法なら直接でなくとも手紙に……」

「手紙に呪われていることを書き記した途端、爆破した」

「爆……なるほど。本来の姿を見せて拒絶されるぐらいなら……という思考回路に至ったのですね」

「……そうだ。少なくとも……それであれば君を繋ぎ止められるし、傍にいてくれると……先延ばしにしていたのだ」


 絞り出す声に胸がチクリと痛んだ。


「離縁……の件は後回しにするとして、まずはドミニク様の呪いを解くのに協力しましょう」

「離縁はしたくない……しない」


 頑なな態度に、クスリと口元が綻んでしまった。

 意地っ張りな方だわ。でもドミニク様のお心に触れられてよかった。……離縁したい気持ちはまだあるけれど、今はドミニク様の回復が先ね。解呪で最も有名なのは、やっぱりアレ。物語でもこの世界でもお決まりの解決方法!

 つまりキス!


「ドミニク様。呪いを解く──可能性のある方法を試してもいいですか?」

「え、あ、ああ」


 若干と言うかかなりハードルが高いけれど、愛する者からのキスの効果は絶大。特にこの世界では呪いよりも愛の思いが勝る。と言うことなので、いざ!

 そう思って勢いを付けたのが不味かった。


「!」

「!?」


 ゴチン──。気合いを入れすぎて起き上がったため双方の額がぶつかり合う。痛いし、すっごく恥ずかしい!


「すまない」

「私の方こそすみません。……目測を誤りました」

【目測? 急になぜ起きあがろうと? いや私の顔に向かって何かしようと? 呪いを解くとも言っていたな。まさか私にキ……イヤイヤイヤイヤそんなはずはない。そんな都合のいいことなど……】


 もう雰囲気とか関係ない。とにかく今の勢いを逃したら、次はもっとハードルが高くなるもの。幸いにもお互いに座った状態になっている。自分から寄り添って密着してからの──キス。

 ちょっと唇からずれたのでもう一度唇に触れた。柔らかい感触にドキッとする。


 ぼふん!! と先ほどの倍以上もある爆発音と共にドミニク様の容姿が変化した。

 チマっとした白銀の子竜が私の腕の中にいる。しかも旦那様の服は宙を舞い、ガゼボ周辺に脱ぎ捨てたかのように落ちた。


「ドミニク様?」

「きゅう」

「はう!」


 小首を傾げる姿は反則的だわ! 

 ドミニク様は状況を理解していないのか、目を白黒させてちょこんと座っている。ああ、そんな姿をされたらギュッと抱きしめたくなるのは、しょうがないわ!


【つ、妻からいい匂いがする。近い……あわわわわ! 妻に抱きしめめめめ……】

「なんて可愛らしいのかしら! これは……呪いが解けたから子竜になったのか、新たに呪いは増えたからこうなったのか……」

「きゅうきゅう」


 ごめんなさい。何を言っているのか全然分かりませんわ。ここは全力で心の声を待った。


【フランカ、ああ、フランカ、フランカ!! 信じられない。妻の名前が呼べる! やっと名前を口にできたのに、どうして獣型に……!】

「ドミニク様もう一度キスをしてみたら、別の呪いが解けるかもしれませんわ」

「きゅう!」


 口元が緩みそうになるのを必死で堪え、いかにも呪いを解くためだと真剣な口調でドミニク様に伝える。決して小竜が可愛くて、頬ずりや頬にキスをして触れ合いたい訳ではない!


【フランカとまたキス! 抱き上げられたまま、しかもよりによって幼獣姿なのは格好がつかないが、それでもフランカに愛されているかもしれないと思うと嬉しい。私はもっと早くフランカと言葉を交わして、愛を囁いていたら……いや……今更だ】


 小竜だからか、とても表情が豊かで今も喜んだと思ったら凹んで尻尾が特に分かり易い。そんな表情一つ一つがキュンとしてしまい、ぎゅうぎゅうにドミニク様──小竜を抱きしめる。


「まあ、喜んでいたのにまたすぐに凹んでしまったのですか? 夫婦はお互いに支え合っていくのですから、恰好の悪い姿を見せて弱みを晒してもいいのですよ」

「きゅう」


 三度目のキスをした後、ドミニク様からも私に触れられるようになり、ボフン、と再び音が鳴った時には人の姿に戻っていた。全裸だったけど、煙で胸板がぼんやり見えた程度で済んでよかったわ。

 そうそこまではよかったのだが、問題はこの後のドミニク様からの──ハグとキスの嵐という、ドミニク様の愛情の深さを思い知ることなるのだった。


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