目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
両親の離婚、いらない子供

 父の話をしましょう。

 私の父はギャンブルと借金を繰り返すろくでなしでした。性格は陰気でしたが、気に入らないことがあると私を家から閉め出したり、体を触ってきました。

 ここで一つ、まだ誰にも言ったことのない暴露をしましょう。私は姉にも性的虐待をされていました。

 大人になるにつれ、性的な知識を蓄えた姉はそういうことをしてみたくなったのでしょう。私に姉の陰部を触るように強制してきましたし、私も嫌なのに触られました。

 それを〇〇と〇〇ごっこといっておままごとの一環として強制させられていました。

 ええ、気色悪くて大嫌いな遊びでした。

 正直な話、父のほうがまだ健全なほど、姉は異質な触り方をするのです。本当に父のほうがまだましなほど。

 気持ち悪くて嫌で嫌で仕方ない遊びでした。

 そんな日々に終わりがきました。

 父がギャンブルで大きな借金をし、両親がついに離婚することになりました。

 当時、9歳の私は結婚はしていても離婚というものをよく理解していませんでした。家族は離婚することを誰一人私に告げることはしませんでした。ひよばあさえも、教えてくれませんでした。

 こたつ机に離婚届がおかれたとき「これなに?」と聞いてしまったが最後、父に蹴り飛ばされていました。

 父がここまで本気で蹴ってきたことはなく、命の危険を一発で感じました。

 おそらく、お腹を蹴られていたら、幼い私は即死していたかもしれません。父は身長が高く、その当時はがっしりしていました。

 逆に私はガリガリのひ弱な子供でした。

 そして私は窓から投げ飛ばされ、家の外にはじき出されました。

 誰も、私の様子を見に来る人はいなく、玄関にいるのも怖いので、その場で吐いていました。

 しかし、あとから吐いた言葉ばれると「かまってちゃん」だの「被害意識強い」だの文句を言われるので、証拠隠滅に片づけておきました。

 そして両親の離婚が決まりました。

 父方の祖母であったひよばあともさよならです。ひよばあと別れるまでの間、私たちは少し共依存のような関係になっていました。

 私が友人と遊びに行くとひよばあは泣き、今だけはそばにいてほしいと訴えるのです。

 私にとってひよばあは神様なのです。何よりも大事な人なので、友人と遊ばなくなりました。

 ひよばあは桜が見たいと、私を外に連れ出すようになりました。

 そして家の近くに咲いていた大きな桜の木を見上げて「庭に桜があったら、一緒にお花見ができたのにね」と悲しげに言いました。

 離れたくない。そばにいたいと、いうことはできたはずなのに、言葉になりませんでした。

 ひよばあが苦しそうな顔をするせいで、言えませんでした。

 困らせてはいけない。悲しませてはいけない。最後ぐらいは幸せな思い出を積み上げて、一生の宝物として思い出にすがって生きようとすら考えていました。

 ひよばあは私の、母でした。

 神様であり、母であり、家族であり、最愛の人でした。優しくて強くて、そして頑固で意地っ張りな、いうことを受け入れない気ままでわがままな人を傷つけられないだけの、臆病な人でした。

 私はひよばあと別れる時のこと今でも思い返すことがあります。

 辛くても笑えと、何度も言い聞かせて、ひよばあが車に乗るのを見てから振り返ることができず、うずくまっていました。

 早く行ってほしかったんです。涙をこらえられるうちにわがままで困らせないうちに、私を忘れてしまってもいいから、笑顔でいてほしかったんです。

 愛していました。本当に私はひよばあを愛していました。

 9歳の子供がこんなことを思うほどには、与えられたものが多く、誰からも与えられなかった愛情を与え続けてくれた人でした。

 そして父にはこういわれました。

「お前みたいな子供いらんかったわ」

 父のまなざしは心底汚いものをみるような、嫌悪がにじみ出ていました。慣れていた、はずでした。

 そんな目には、慣れていたはずなのです。今までずっと気にすることもなかったのです。なのに、大事な人がいなくなり、自分を守る存在も愛してくれる存在もいなくなった今、それは恐怖へと変わりました。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?