ネネは晩御飯を食べて、
後片付けの手伝いをして戻ってくる。
二階に上がり、ドアを開ける。
ドライブはベッドの端っこで転がっていた。
転がると、ちりりんと鈴がなる。
「暇してた?」
『はいなのです』
ドライブはネネを見上げる。
「何か食べたいものはない?」
さっきも聞いたが、何も食べない生き物ではないだろう。
突飛なものでもなければ持ってこようかと思っていた。
『ええとですね』
「なに?」
『砂糖の塊が食べたいのです』
「砂糖の?」
『氷砂糖とか、角砂糖とか…』
「そんなのでいいの?」
『はいです』
ドライブはうなずく。そのたびに鈴がなる。
「わかった、持ってくるね」
ネネは言い残して、部屋を出た。
ネネは台所に戻ってくる。
ミハルが紅茶を飲んでいる。
ミルクティーが好きらしいとよく聞く。
ミルクティーが好きなあまり、
ミルクを入れるのに向かないお茶まで、ミルクを入れていると聞く。
「あら、ネネ」
ミハルが気がついた。
「砂糖もらってくよ」
「角砂糖よ?」
「いいんだ、それで」
ネネは角砂糖を一個、失敬する。
「ネネもお茶する?」
「いや、いいんだ」
「何でまた角砂糖なのかしら?」
「甘いものが欲しくなっただけ」
ネネはつとめてぼそぼそと答える。
「頭を使っているのね。がんばるとお砂糖が欲しくなるらしいし」
ミハルは勝手に納得して、うなずいた。
ネネは半分あきれるのと、半分ほっとして、
二階の自分の部屋に戻っていった。
再びドアを開けると、
ドライブはベッドメイキングをしようとしていた。
掛け布団を引っ張ろうとしている。
ネズミの力ではおおよそ無理だ。
「ドライブ。砂糖」
ネネはドライブに声をかける。
「角砂糖でよかったよね」
『はいなのです』
「ほら」
ネネはドライブに角砂糖を押し付ける。
『ありがとうなのです』
ドライブは受け取ると、ぽりぽりかじる。
小さな身体に、小さな角砂糖。
ネネはベッドに腰掛ける。
スプリングの反動で、ドライブが転げる。
それでも角砂糖は大事に持っている。
「そんなに大事?」
『大事なのですよ。おいしいですし』
「そうなんだ」
『そうなのです』
ドライブはぽりぽりと角砂糖をかじる。
ネネは食事の大切さが、ところどころかけている。
食べることが当たり前で、大事なものだと思っていないかもしれない。
このネズミはたぶんわかっている。
わかっているから角砂糖が大事なのだ。
「角砂糖、こぼさないでね」
『大事なものをこぼしたりしないのです』
ネネはこのネズミが愛らしいものに思えた。
愛らしくて、いいやつだ。
ペットともまた違うが、
ちまちま動いているさまは、なかなか面白いものだと思った。
やがてドライブが角砂糖を食べ終わる。
『ごちそうさまなのです』
「満足した?」
『はいなのです』
「これからお風呂入ってくるけど、ドライブはそんなのはいい?」
『ネズミは毛づくろいなのです』
「そっか」
ネネはネネなりに納得する。
尻尾の螺子や、耳のアンテナにお湯が入っては大変なのかもしれない。
「あとで渡り靴を持ってくればいいかな」
『明け方に出発なのです』
「端末置いとく。ちょっとお風呂入ってくる」
『いってらっしゃいなのです』
ドライブはちまちまと手を振った。
着替えを持っていって、
風呂にはいる。
湯船につかって、ぼんやりと考えること。
朝凪の町に、行く理由。
それはドライブが来たから。
ネネ自身に何かのパワーがあるらしいと。
線を使う力とか、そんなことを言っていたっけ。
朝凪の町に見える、ネネの線。
何色というわけでもないが、
はっきり見える線。
線を変える力。
線は絶対ではないのだろうか。
辿っている頼りの線が、変わってしまうこと。
そんな力を持つこと。
それはどういうことなのだろう。
ネネはぼんやりと考えていた。