今日の授業をつつがなく終える。
昼休みもあったし、掃除の時間もあった。
ネネはいつものように野暮ったく過ごし、
いつものようにぼんやりしていた。
少し、つまらないなと思う。
もっとわいわい騒げたら、もっと無意味に楽しめたかもしれない。
騒がしいクラスメイトをうらやましく思う。
そんなことは初めてかもしれない。
帰りのホームルームで、
担任から配布物がある。
ネネは受け取って、ながめる。
将来の進路を決めるとか言う印刷物だ。
ネネはそういったものをいつも提出しないで、
適当にお茶を濁してきた。
向き合うべきかなとネネは思う。
いつもだったら、また提出しないで適当にお茶を濁すが、
ネネはちょっと向き合うべきだろうと思う。
以前聞いた清流のような声もそうだろうし、
なぜかハヤトが気になった。
あの男はどんな進路を取るのだろう。
後悔したくない。
今はそんなことを考えている。
やがてつつがなくホームルームが終わり、
ネネは荷物をまとめた。
野暮ったい鞄にある程度のテキストをつめる。
正直重い。
ネネは席を立ち上がり、よいしょと鞄を持つ。
不意に手元がかげる。
視線をあげると、ハヤトがいる。
「なに?」
突き放したようにネネは言ってみる。
正直、ハヤトと話したかったことは置いておく。
この、絵で大賞を取ったという、ある種特別なやつが、
どんな進路を決めているか気になる。
そんなことはおくびにも出さないように、努めてぶっきらぼうに。
「かばん、重くないか?」
ハヤトもぶっきらぼうに聞いてくる。
今日から話をしだした人間に使う言葉ではない。
お互い多分、距離感がわからないのだと思う。
どんな言葉から掛け合っていいかわからない。
たまたま沈黙のスポットにいた二人。
たまたま目が合っただけ。
たまたま、気がついただけ。
「重くないよ。いつものことだし」
ネネは少しだけ言葉を増やしてみる。
別に、と、突き放せばいいことだが、
ハヤトがなんで声をかけてきたのか、
ネネはとても気になった。
「あー…」
ハヤトが困ったようにうなる。
ネネも言葉を選ぶ。
こんなときに何を言ったらいいだろう。
素直に進路のことを尋ねようか。
いきなりたずねて失礼じゃないだろうか。
「友井」
ハヤトが何かを定めたように話し出す。
「どこ行く?」
言葉の足りなすぎる問いだ。
ネネは考えた。
どんな意図でそんなことを聞くのだろうか。
「どこって?大学?」
ネネはありきたりの答えをする。
ハヤトはうなずく。深く。
「まだ決めてないよ。受かるところ受かればいいかなって」
ネネは思ったことを答える。
正直大学どこなんて考えていない。
将来はいつだって、もやの中だ。
「そっか、友井もそうなんだ」
「あたしも?」
ネネはたずねかえす。
誰とネネが一緒なのだろう。
「俺もよくわかんないんだ。どこに行けばいいかって」
ハヤトは照れたように笑った。
はにかむしぐさが、少し微笑ましい。
「美術のとことか行くんじゃないの?」
ネネは聞き返す。
こいつは大賞を取っているのだ。
「美術で食べていくのって、早々出来ない気がする」
「じゃあどうするの?」
「大学出て、就職して、それで食べてくみたいな…」
「せっかく賞を取ってるのに、もったいない」
ネネは心底そう思った。
こいつの絵を見たことはないが、埋もれさせるにはもったいないと。
「就職するのは山ほどいるけど、多分あんたの絵は、あんたしか描けない」
ネネはポイポイといってみる。
言ってしまって後悔するのは、どうせあとからでもできる。
「描けなくなるまで描けばいいと思うよ」
ネネは、ぽいと言葉を放り投げる。
われながら無責任だとネネは思った。
「そっか」
ハヤトは頭をかく。
「友井に聞いてみてよかった」
ハヤトは笑った。
ネネはちょっと、ドキッとした。