ネネはいつものバスに乗って、学校へ向かう。
ラッシュでもないが、人は多いかもしれない。
朝凪町とは違う、いつもの町並み。
新しく新しくなってきた町。
そのときなくなった古いものが、
朝凪の町に行ってしまったのかもしれない。
ネネはいつものバス停で降りて、
高校へと向かう。
何も変わったことはない。
ネネ自身に大きな変化があったわけでもない。
それでも町は新しく見えたし、
朝を新鮮に感じた。
ネネは高校の自分の教室にはいる。
いつものように騒がしい教室。
仲間が群れていたり、しゃべりあったり。
ネネはどのグループにも属していない。
少しさびしいかなと感じた。
それでも、ネネには語るべきものはない。
どうでもいいことで時間をつぶすことが出来ないように思う。
嫌い嫌いとしてきた、無駄話。
もしかしたら、無駄話ができるのは、
人の間を読む才能があるからだろうか。
それはそれできっと才能だ。
ネネは自分の席に着くと、
テキストなどをしまって、ため息をついた。
どうやって時間をつぶそう。
なんと言うわけでもなく、ネネは教室を見渡す。
騒がしい教室の中、
ネネと同じように沈黙のスポットにある場所を見つけた。
男子学生が、だまって何か考えている。
短い髪に、ごく普通のパーツ。印象は薄い。
(だれだっけ)
ネネは名前が出てこない。
クラスメイトの名前を全て覚えているわけでもないが、
とっさに誰かわからなかった。
少ない沈黙の場所。
彼がネネに気がついたらしい。
ネネはあわてて目をそらした。
見ていたと思われるのは、なんとなく、彼に対して失礼な気がした。
朝のホームルームが始まる。
「くまかわ。くまかわはやと」
担任が誰かを呼ぶ。
そんな人いたっけとネネは首をひねる。
「久我川(くがかわ)、です」
訂正しながら男子生徒が答える。
沈黙のスポットにいた彼だ。
彼はぼそぼそと訂正すると、また、だまった。
「そうだな、久我川。みんな聞け。今回久我川は…」
担任が話し出す。
久我川は絵のコンテストみたいなもので、大賞を取ったらしい。
なんだかものすごいらしい。
担任は盛り上がっているが、ネネは少し距離を置いた気分になっていた。
あの沈黙のスポットにいた彼は、
久我川という耳慣れない苗字で、
ハヤトというありふれた名前で、
絵の才能があるらしい。
才能って素敵だと思う。
久我川ハヤトは担任のほうを見ている。
ネネはぼんやりと久我川を見ている。
不意にまた、久我川がネネのほうを向く。
ネネはあわてて目をそらす。
悪いことをしているわけではないが、
とっさにネネは目をそらした。
一時限の授業を終えて。
短い休み時間。
ネネはぼんやりと端末の仕様を見ていた。
エンターを押さなければ大丈夫だろうし、
使い方を知っておくと多分いい。
カチカチといじる。
基本は時計みたいなものだ。
不意に、手元がかげる。
ネネがいぶかしんで顔を上げると、
そこには久我川がいた。
「なに?」
ネネはぶっきらぼうを装って、一言だけ言う。
「俺のほう見てた?」
久我川もぶっきらぼうだ。
「別に」
ネネは一言で終わらせようと言葉を投げた。
「ならいいんだ。俺に関わるといいことないよ」
ネネはムっときた。
「関わる前から決め付けてるの、態度悪いよね」
久我川がピクリと反応した。
久我川はその反応を押し殺す。
「とにかく俺に関わるな」
「どうだろうね」
「どういうことだ」
久我川はいらだってきたらしい。
言葉の端がとがっている。
ネネはだんだん面白くなってきた。
「くまかわから、こっちによってきてるでしょ」
「久我川だ」
「めんどいからハヤトって呼ぶよ」
「そんなに親しくない」
「そんなに親しいの、そんなにってどこさ」
「う…」
ハヤトはだまった。
ネネは、また、たたみかけようとしたが、
次の授業が始まるのでやめた。