鋏師が先にたって歩く。
ネネはドライブをいつものように乗せたまま、
鋏師の後を歩く。
看板街は線が混線していて見づらい。
ネネは自分の立っている場所を見失いそうになる。
それはとても怖いことだ。
自分をつないでいる線を失うのが怖い。
『大丈夫なのですよ』
ドライブが優しく声をかける。
『ネネは見失わないのです』
ネネはうつむいた。
本当に自分がこっちに来てよかったのだろうか。
「おねえさん」
鋏師が振り返って声をかける。
「おねえさん?」
「名前知らないから」
「ネネ。友井ネネ」
「友井さん、はぐれちゃうよ」
「うん…」
鋏師はまた、先にたって歩き出した。
ネネは少し考えたが、鋏師についていった。
考えども答えが出ない気がした。
看板街の看板が氾濫する、
その奥のほうだとネネは感じた。
ネネは空中を見るように視線をさまよわす。
線が見える。
どこに続いているともわからない線が、
建物らしいものに続いている。
鋏師は、建物らしいものに入っていった。
あちこち看板で埋め尽くされている外観の建物だ。
「パラガスさん。お客だよ」
ネネも倣って入っていった。
奥で話し声が聞こえる。
「おきゃくでがすか」
「うん」
建物の奥からだみ声がする。
声をつぶしたような感じもする。
やがて、奥から鋏師と、もじゃもじゃの男が顔を出した。
「こっちは友井ネネさん。線を辿っている人」
「どうもでがす。看板工のパラガスでがす」
「どうも…パラガスさん?」
「そうでがす」
もじゃもじゃ頭のもじゃもじゃひげ。
不潔な感じはしないが、異様な感じはする。
悪人の感じには見えないが、底知れぬ感じはする。
不思議な男だ。
「友井さんの線にある看板をみてもらいたいんだ」
「迷子でがすか?」
鋏師の説明を聞き、パラガスはネネにたずねる。
「迷子かどうかはわからないけど、どこに行くのかわからないの」
パラガスはネネの目をじっと見る。
「線が遠くに続いているでがすな。中継が見えにくいのでがす」
「遠くまで?」
「遠くまででがす」
パラガスは一人でうなずいた。
「よくわからないずっと遠くまで続いているでがすよ」
「看板工さんでもわからないの?」
「わからないでがす」
パラガスはうなずいた。
「ただ、中継地点はわかるでがす」
「中継?」
「どんなに遠くに行こうとも、辿る場所があるでがす」
「それはどこ?」
ネネはたずねる。
「レディの店と器屋が見えるでがす」
「レディの店と器屋?」
ネネは鸚鵡返しに答える。なんだそれはと。
「あと、足跡みたいなものが見えるでがす。誰かが辿って行ったようなでがす」
「ドライブも言ってたよね」
ネネがドライブに話を振る。
ドライブはこくこくとうなずいたらしい。
「誰かがネネの前に歩いているでがす」
「誰かが…いる?」
「そのうち、めぐりあうこともあろうでがす」
ネネはうなずいた。
一体誰だろう。そんな人物は。
『ネネの知らないところでネネと関わっていたのかもしれないです』
ドライブがささやく。
『ネネは独りぼっちと思っていたかもしれないところ』
「一人と?」
『たとえば学校とか』
確かに学校で、ネネは一人だと思っていた。
誰とも関わらず、一人で過ごしていると思っていた。
『そのときすでに線を辿れる人がいたかもなのです』
「誰だろう」
『わからないです』
「追いついて顔を見たいよ」
『それはあこがれなのですか?』
「わからない」
ネネは素直に認める。
強がりはこのネズミの前では役に立たない。
「ただ、ここが居場所になるような、そんな気がする」
『ネネが思えば、そこが居場所です』
ネネはうなずいた。
ドライブもうなずいた。
ネネは自分の線を見る。
それだけがくっきりと見えるような気がした。