ネネはなんとなくうなずき、
そんな職業もある町なんだと納得する。
見えるものも見えないものも断つことのできる鋏師。
浅海の町ではやっていけないだろうなと思う。
「ところで」
鋏師の少年が切り出す。
「どこへ行こうとしているの?」
ネネは答えに困った。
何を目指しているのだろう。
どこに向かうのだろう。
線を辿っていくといって、鋏師の少年に伝わるだろうか。
『彼女は線を使えるかもしれないのです』
ドライブが助け舟を出した。
「線ですか」
鋏師の少年は聞くとうなずいた。
『パワーを秘めていると思うのです』
「なるほど」
鋏師の少年は納得したらしい。
「線ってことだけでわかるの?」
ネネがたずねると、
鋏師の少年はうなずいた。
「線は比較的わかりやすいと思うよ。見える人なら見えるよ」
「そうなんだ」
『そうなのです』
鋏師の少年と、ドライブが答える。
「それじゃどこに行けばいいのかな」
「うーん」
鋏師の少年が考える。
「線が続いていればですけど、看板街に行ってみるってどうかな」
『ああ、あそこですか』
「かんばんがい」
ネネが復唱する。
「商業施設と住宅街の間あたりにあるところだよ」
「そこに行くと何かある?」
「わかんないけど、どこを目指すかのヒントになると思うんだ」
『いろんな看板が出ているのです』
「とりあえず行ってみようか」
「案内しますよ」
鋏師の少年が申し出た。
「お願いします」
ネネは素直に申し出を受けた。
国道を歩く。
車はさっきもそうだがぜんぜん来なくて、
風が時折吹いていって、静かな中に足音が響く。
「ここの通りを入っていくんだ」
鋏師が曲がる。
ネネもついていった。
念のために自分の歩いてきた線を見る。
ネネのいるところから、鋏師の向かう場所に続いているらしい。
回り道もいいのかなと思う。
ネネは軽く一人でうなずき、鋏師を追った。
鋏師が向かう先に、
さびた金網に囲まれた場所が出てきた。
鋏師は入り口を開け、手招きする。
ネネも追った。
さび付いた扉をくぐり、中にはいる。
中は、おかしなことになっていた。
店がないのに張り紙や看板がひしめいている。
一つ一つがすごい自己主張で、
電光のものもあれば、アクリルのものもある。
さびた金属の看板もあるし、
紙で簡単に張っていかれたものもある。
「こんなに看板なんだ」
ネネはあっけに取られた。
「看板からは、線が伸びているよ」
ネネはじっと看板たちを見る。
無数の看板から四方八方に線が伸びている。
線と看板の多さに、ネネはちょっとくらっとした。
「看板工のおじさんのところに行きますか?」
「かんばんこう?」
「看板の案内をしているんだ」
「ふぅん」
「自分から伸びている線と、折り合いのつく看板を見てくれるかもしれません」
「なるほどね」
『ネネはどこか行きたいところはあるですか?』
「これだけ無数だとよくわかんないよ」
『わからないことを受け入れる、そんなネネになれたのですね』
ドライブに言われ、ネネははっとした。
今まで自分がわからないことは嫌いだった。
わかることも嫌いだった。
こっちに来てから、少し嫌いなものが減っている気がする。
流されているだけかもしれないけれど、
風に乗るのや、軽快に走るのも心地いい。
自己主張の多い看板街を見渡す。
朝凪の町には、これだけ主張するものがある。
無数に伸びた線は、誰かのもとに行き着いている。
「不思議だね」
ネネはつぶやいた。
「こんなに人がいることに、安心できる」
『みんな一生懸命なのですよ』
ドライブが答える。
『みんな生きているのです』
「うん、それがすごく安心できる」
ネネはうなずいた。
『それを感じるのが大切なことなのです』
「うん」
ネネはまた、うなずいた。
「さぁ、看板工さんのところに行こうか」
ネネは鋏師に声をかけ、歩き出した。