ネネは走る。
渡り靴の硬質な音を立てて。
道はそろそろ国道に出るところだ。
アスファルトの目覚めていない、まだ冷たい感じ。
ネネは靴から感じる。
空気すらネネと一体になっている気がした。
どこに行くんだろう。
何をすべきなんだろう。
全ては多分線の先にあり、
そのときにネネが考えればいいのかもしれない。
ネネは坂道を勢いよく下っていく。
国道に出て、歩道のあたりを走る。
民家がポツリポツリと増える。
車の音はしない。
ネネの走る音と、風の音がたまにする。
ネネの記憶している浅海町と似ているが、
少し古いかもしれないと思った。
なんとなくであるが、古いと思った。
ネネは意識してゆっくりと立ち止まった。
線が途切れていないのを確認して、
国道沿いのあたりを見回した。
「野菜あります」
という看板を読み上げる。
ネネは歩道を歩き、その看板のもとにやってくる。
一つ建物がある。
トタンで作った屋根に、木製らしい壁を補強した程度の小さな建物。
開かれていて、野菜が並んでいる。
箱が一つ置かれていて、小さな看板がついている。
「料金はここに入れてください」
看板に書いてある。
『無人販売所なのです』
ドライブが説明した。
『もらった分だけお金を払えばいいのです』
「悪い人が盗んで行ったりしないの?」
『いるかもです』
「見たところ監視カメラもないし、盗み放題じゃないの?」
「そうでもないと思う」
不意に声がした。
ネネは振り返る。
そこには、かすり着物を着た少年がいた。
小柄で、髪の毛はぱさぱさで、
少女のような大きな目をしている。
わらじを履いている。
背中に何か背負っているようだ。
少年はネネに構わず無人販売所に入ってきて、
きゅうりを手にすると、握っていた手から小銭を箱に入れたらしい。
少年はきゅうりをがりりとかんだ。
おいしそうな音がする。
ぼりぼりと大きく音を立てて、少年はきゅうりを食べる。
少年は見る見るきゅうりを食べて、満足そうに飲み込んだ。
「ここの販売所のおばあさんと知り合いだけど、困ってないようだよ」
「ふぅん」
ネネは少年をまじまじと見た。
時代がかっているが、ずれているわけでもないとネネは判断した。
「君は何?」
ネネはたずねた。
「鋏師」
少年は答えた。
「はさみし?」
「背中の鋏とか、鋏を使う職業だよ。代々受け継がれて、今は僕がやってる」
「ふぅん」
ネネはうなずく。
代々だから古臭いのかなと思う。
近代的なのが、みんな好きなわけではないけれど、
少年は古風だと思った。
朝凪の町自体、ちょっと古いなとネネは思った。
「鋏を売るの?」
「いや、鋏で断つんだ」
「たつ」
「ちょきんと切るのさ」
「何を切るの?」
「何でも切れるよ。見えるものも見えないものも」
「ふぅん」
ネネはうなずく。
それと同時に少し疑問もわいた。
「何でも断てるって、怖くない?」
鋏師の少年は驚いたような顔をした。
大きな目を、さらに見開いている。
しまったとネネは心の中でつぶやいた。
「そんなこと言う人初めてだ」
鋏師の少年は言った。
「いや、その」
ネネはしどろもどろになる。
少年相手におろおろする自分もこっけいだ。
どんな風に見られているかより、
少年をどうにか立ち直らせたいというかなんと言うか。
ネネはおろおろする。
言ってしまったことに後悔するのなんて、いつ振りだろう。
「大丈夫だよ」
鋏師の少年がはっきりと告げる。
「鋏はばっさり断てなくちゃだめだよ」
少年は自分で言ったことに満足したらしく、
うんうんと、一人でうなずいた。
「はぁ…」
ネネは変な返事をする。
「いいんだよ。断てる仕事が誇りだからね」
鋏師の少年はうなずき、
ネネもまた、うなずいた。