『とにかくおろしてくださいなのです。今呼ぶのです』
ネネはそっと、ドライブを肩からおろす。
ドライブは神社の石畳の上におろされる。
そのまま何か考えるようなしぐさをして、
ドライブはぺちと手を打った。
風が起きる気がした。
ネネはとっさにうずくまった。
強い風が吹き、やがてやんだ。
『これなのです』
ドライブが声をかけ、ネネは身を起こした。
そこには、革靴が一つある。
『これを履くと、線が渡れるのです』
「渡り靴なのね」
『そうなのです』
ネネはそっと革靴を履く。
きつくもないし、ゆるくもない。
ちょうどいいかなと思った。
石畳でステップを踏む。
「いいね」
ネネの言葉に、ドライブがうなずく。
ネネはドライブに手を差し伸べ、また、ドライブを肩に乗せた。
『さて、神社から朝凪の町に行くのです』
「そうだったね、どこから?」
『ご神体のところに線が続いているはずです』
「奥のほうの建物?」
『なのです』
ドライブはそこで言葉を区切った。
『なんだか、誰かが行った気がするのです』
「あたしたち以外に?」
『なのです』
「ふぅん…」
ネネは少し興味を持った。
ネネ以外にこんなことに巻き込まれたやつがいるのかもしれない。
『じゃあ、行きますか』
「うん」
『線を辿れば障害物はすり抜けるです。走ってくださいです』
「了解!」
朝焼けの神社の境内で、ネネが走り出す。
ネネには見える。一本の線が。
頼りなく伸びているようであり、
しっかりと区切ったりつないだりしている線だ。
渡り靴があるから見えるのだろうか。
ドライブがいるからだろうか。
ネネは少し跳躍すると、渡り靴で線に乗った。
小さな神社の拝殿に向かって走る。
拝殿をネネがすり抜ける。
何も壊さず、すり抜けてネネは走る。
そして本殿のご神体まで走り、線はその奥まで続いている。
光っている。
ネネは扉をイメージした。
線の続いているところに、輝く扉。
ネネは飛び込んだ。
まぶしさにネネは目を閉じた。
今まで線を辿ってきた靴の底が、別の感覚を伝えてきている。
ネネはうっすら目を明けた。
そこは神社の境内だ。
「おかしいなぁ」
ネネはぼそっとつぶやいた。
確かに何かに飛び込んだ感じがあったのに。
『いいのです』
ドライブが声をかける。
『ここは朝凪町の神社です。こちら側に来たのです』
ネネは辺りを見る。
風が吹いた。
ドライブの鈴がちりりんとなる。
ネネは風を感じる。
まじりっけのない風のような気がした。
純粋な風。
ネネはこんな風を感じられるなら、それもいいかと思った。
そして、ドライブに問う。
「先に誰か来たって言うのは?」
ドライブはちょっとだまる。
気配でも辿っているのかもしれない。
『この近くにはいないようなのです』
「そうなんだ。ドライブの気のせいとかはない?」
『足跡が見えた気がするのです。多分、こっちに誰か来てるです』
「なるほどねぇ」
ネネはネネなりに納得した。
「それで、これからどうすればいいの?」
『これから、線の続いているほうに行けばいいのです』
「ふうむ」
『足元から、見えますですか?』
ネネはかかとを鳴らした。
確かに線が見える。
何色とも言いがたいが、続いている、線が。
『その線を辿れば、何を起こすべきなのかがわかるのです』
「何に続いてるかな」
ネネは笑った。
『そんな顔もするんですね』
ドライブが言葉をかける。
『毎日がつまらないという顔だけかと思ってましたです』
ネネは少し考えた。
毎日は確かにつまらない。
浅海の町は、つまらない塊だったかもしれない。
まだ朝凪の町の風にしか触れていないが、面白いことが立て続けに起きている。
嫌いなことも、つまらないことも、
非日常の前でさらわれていった気がする。
「さぁドライブ、行こうか」
ネネは駆け出した。その線の先へ向かって。