部屋の中に渦巻いていた突風が、
巻き戻しでもするかの様に外に出て行き、
また、窓が閉まった。
部屋の中は何もなかったかのように沈黙した。
ベッドも机も、ばらばらになった参考書も、
巻き戻しされたかのように、整い、沈黙した。
ネネはぎゅっと目を閉じる。
何がおきているのかわからないが、
全身がふわふわして怖い。
肌に当たるものがない。
足につくものがない。
確かなものがない。
『目を明けるのです』
ドライブが声をかけた。
ネネは恐る恐る目を明ける。
朝焼けの静かな町を、上から見ている。
町並みがかなり小さい。
どこかで見たミニチュアの町を見ているようだ。
ネネは空にいる。
風でふわふわそよぐ気もするが、
落ちる感覚もない。
『意識を使えば、歩けますです』
ドライブは普通のことのように言う。
ネネはイメージしてみた。
空気の上を歩く感覚。
踊るように、ステップを踏むように。
高い空を歩く。
朝焼けの美しい空を、ドライブを肩に歩く。
「神社だったわよね」
『はいです。歩けますか?』
「うん、もう平気」
ネネは歩く。高い桜色の空を、神社に向けて。
小さな町は、まだ眠っている。
浅海の町は目覚めていない。
ぶつかるものもない空を、
ネネはゆっくり歩いていく。
下を見ると、何かを配達している車が見える。
多分牛乳だろうか。
ネネはイメージする。
つないでいる線の上を歩く感じ。
線の上を辿り、行き着くところまで歩く感じ。
ネネは今、サーカスの踊り子だ。
空中を渡されたロープの上を、優雅に歩く踊り子だ。
目を閉じ、イメージする。
さあさあ次は踊り子によるロープ渡りです。
サーカスの団長が言う感じ。
ネネは線の上を歩く。
観客が緊張する感じ。
いいね、そういう感じ。
『サーカスですか?』
ドライブが声をかける。
考えを読んだのかもしれない。
「うん、そんな感じ」
『もっと面白いこともありますです』
「もっと?」
ドライブがぺちぺちと手を叩いた。
途端に吹く突風。
きっとさっき吹いたものと同じだ。
『風に乗れば一発なのです』
ネネは不敵に微笑んだ。
「おもしろいね!」
ネネはサーカスの踊り子のイメージを重ねる。
ロープから飛び降りて、下のバイクに乗る曲芸。
そんなイメージだ。
ネネは朝焼けの中、何もない場所で跳躍する。
ドライブの呼んだ、風の姿が見える気がする。
急激に落ちていき、
ある一点で、風に乗った感覚を得る。
「よし」
ネネは短く言うと、風の上で体勢を整えた。
バイクとか、サーフィンとか、
そんなことは、したことがないけれど、
多分感覚は、似ているんだろう。
風は神社を目指す。
多分ドライブが操縦している風なのだ。
浅海の町の小高いところにある神社。
バスの終着ちょっと前。
風が落ちていく。
ぐんぐん高度を下げていく。
神社の木々がどんどん近づいて来る。
着陸をするような感じなのだ。
ネネは腕で顔をかばった。
突風が木々を抜けていく。
ネネは小さくジャンプすると、突風から降りて、
慣れない受身のようなものを取った。
痛くはなかったが、突然冷たい石の上なのには、びっくりした。
突風はどこかに行った。
ネネは起き上がり、ドライブがいるかを確かめる。
肩にあたたかい感じ。いる。
『靴はありますですか?』
ドライブが声をかける。
「そういえばないね。不都合?」
『呼べば来る靴があるのです。渡り靴なのです』
「わたりぐつ?」
『そうなのです。線を渡れるのです』
「それが呼べば来るの?」
『そうなのです。朝凪町に行くにあたり、必要なのです』
「ドライブはいろんなことが出来るんだね」
ネネは手放しでほめた。
『ありがとうなのです』
ドライブは素直に受け取ったようだ。
ネネもなんだかいい気持ちになった。