授業終了。
ホームルームも終了。
本日は部活がない。
ネネは一応華道部にいる。
テスト前だから、部活はしばらくお休みらしい。
ネネは花に向き合うのが、少し好きだ。
花は裏切らない。そんな気がする。
みんな荷物をまとめて教室を出て行く。
ネネもある程度のものをまとめ、出ることにした。
学校を出る。
浅海(あさなみ)第一高等学校。
ネネの一応いる高校だ。
ランクはべらぼうに高いわけでもなく、
適度にいろいろな生徒を取っている。
ネネは滑り止めでここを受けて、
とりあえずの高校生活を送っている。
高校を出て、バスに乗って帰る。
夕暮れの町。
じっと外を見る。
ここは浅海町。
海が遠くに見える町だ。
やや海の近くに、商店街と住宅街があり、
小高くなった上に、神社がある。
ネネは商店街を行くバスに揺られている。
あと二つもバス停を過ぎれば、
窓の外は、商店街から、住宅街に変わる。
そして、終点の近くのあたりに、
神社前のバス停があるはずだ。
ネネは住宅街に入ってすぐあたりのバス停で、いつも降りている。
大型バス特有の揺れ。
ネネは外を見る。
晩御飯の準備に買い出しに行く人が見える。
お腹が空いたかもしれないと、ネネは思った。
普通にお腹が空くものだなとも。
世の中がすごく嫌いではあるけれど、
お腹が空くのまでは止められない。
この星の上にはお腹が空いても食べるものがない人がいる。
だから食べることに感謝しろとか。
ネネはそんなことを思い出す。
説教臭い。嫌い。ネネは思う。
まずは説教しているお前が、自分の食費を削って寄付しろ。
思い出した誰ともしらない意見に、
ネネは毒づくような感じを持つ。
善も偽善も嫌い。
悪も嫌い。
空腹のこの状態も嫌い。
お腹空いたなぁと思う。
窓の外が住宅街に変わっている。
ネネはボタンを押して降車のランプをつけた。
ネネは家まで歩く。
少しざわざわした住宅街。
公園では子どもがはしゃいでいる。
迎えに来た母親らしい人。
明るく、また明日と別れる子ども。
明日が来ることを疑っていない。
笑顔でまた明日。
家々から、晩御飯のにおいがする。
焼き魚かな、煮物かな、カレーかな。
街灯の明かりがつく。
子どもたちが走って帰る。
また明日、また明日。
今日は何?献立を無邪気に聞く声。
きらきらした目を声から感じる。
疑うことを知らない子ども。
ネネはまぶしく感じた。
子どもは嫌いじゃないかもしれないとネネは思う。
少なくとも子どもは説教しないと。
子どもの知る感覚で話している。
ネネは歩きながら考える。
食べられない人がいるんだから、食を大事にしろではなく、
本能に近いところで、子どもは食事を大事にしている。
善も偽善も悪もないところ。
子どもの中では明日もおいしいご飯があるし、
明日も友達が待っているのだ。
ネネは家に帰ってきた。
普通の一戸建てだ。
二階建てで、二階のうちの一部屋がネネの部屋だ。
ネネは玄関の扉を開く。
だし汁のにおいがちょっとした。
「ただいま」
ぼそっと。
それでも台所から、
「おかえり」
と、声がある。
母のミハルの声だ。
ネネはミハルを普通の主婦と見ている。
ご近所とも普通に付き合うし、
母としても普通かもしれない。
「晩御飯、何?」
「おでんと、ほうれん草のおひたしと…」
ネネに笑顔はない。
仏頂面してたずねる。
ミハルは微笑みながら答える。
いつもうれしそうに食事を作っている。
「お父さんは?」
ネネはたずねる。
「もうすぐ帰ってくるみたい。さっきメールがあったわ」
「そう」
浅海町の普通の家庭。
ネネが空気のように思っている、
かけがえのない家庭。
ネネはまだ、何が自分にとって大事なのかをわかっていない。
ネネにとっていつもの、普通。