何でこんなに、世の中嫌いなものが多いんだろう。
彼女はいらいらとした。
はっきりしないことは嫌い。
複数解答も嫌い。
引っ掛け問題も嫌い。
だますのも嫌い。
だまされるのも嫌い。
ドッキリも嫌い。
芸人も嫌い。
芸能人も嫌い。
最近誰が誰だかわからない…
と、彼女の思考は脱線して、
やがて、みんな嫌いに落ち着く。
彼女は女子高生。
名前を友井ネネ(ともいねね)という。
背は平均より少し低い。
いつも少し肩をあげて歩く。
足音は、つかつか。
長めの髪を一まとめにして揺らして、
厚いレンズの眼鏡をかけている。
ふちはスマートなのに、レンズの厚さで野暮ったく見える。
ブレザーの制服を着ている。
セーラー服に憧れはしないが、
スカートを短くするのは嫌いだ。
そしてやはり、少し長いスカートが野暮ったい。
ネネは世の中が好きではない。
嫌いなことだらけにうつる。
誰も彼もわからない。
ただみんな嫌い。目に付いたもの全部。
そんなことを言っては友達が出来ないだろうが、
ネネはあまり気にせず、一人で高校生活をやっている。
友達らしい友達はいない。
話すことも少ない。
グループとかも嫌いだ。
何で盛り上がれるかわからない。
陰口も嫌いだし、悪口も嫌いだ。
ネネには話す友達はいない。
窓際の一番前の席で、ネネはいつも一人でいる。
教室の喧騒をよそに、
心の中で嫌い嫌いと唱えている。
わからないものは嫌い。
わかっているから嫌い。
みんな嫌いだ。
ネネは決して理想家ではない。
何が理想なのかをはっきりしているわけではない。
けなしているわけでもないし、
表立って嫌いだと発言しているわけでもない。
ただ、一人、心の中で嫌い嫌いとしている。
教室の窓から、ネネはいつも外を見ている。
そうでなければぼんやりしている。
昼食も一人で。
休み時間も一人で。
たいていの時間、ネネはそこに一人でいる。
お昼過ぎの授業が始まって、しばらくする。
いつもの退屈な時間。
嫌い嫌いと心で言うのも疲れるほど、退屈な時間。
(寝ようかな)
ネネはぼんやりそんなことを考える。
シャーペンを持ったまま寝るのは、
ネネの特技になっている。
ほめられたものではない。
何が役に立つのかちんぷんかんぷんの授業を、
ネネは睡眠でボイコットしようとする。
みんな嫌い、嫌い。
よくわからない授業も、知ったかぶりの先生も、
へらへらしているクラスメイトも嫌い。
あまり点の取れないテストも嫌い。
家族にそれを見せるのも嫌い。
(いずれ後悔をしますよ)
声がした、気がした。
よく通る声だったように思う。
教室の中はいつもの授業風景で、
ノートを取る音と、教師の解説が響いている。
気のせいにしては、清流のように通った声で、
流れにも押し戻されない真実があった。
ネネはぼんやりと黒板を見た。
わかるようなわからないような文字列。
ネネはとりあえずノートに取ることに決めた。
何もかもが嫌いなネネだが、
彼女は臆病で、手を出すのが苦手だ。
わからないと認めるのも嫌いだ。
まだわかるうちに、ネネはとにかくノートを取る。
資料集を片手で開き、なんとなく読む。
教師の授業と合わせて、
ネネの中では勉強というものが、おぼつかないダンスを始める。
勉強は嫌いだし、
勉強しているネネ自身も彼女は嫌いだ。
誰かに従うのも嫌いだし、
後悔するのも嫌いだ。大嫌いだ。
そのくせ、いつも流されるようにネネは生きている。
何もかも嫌で、何もかも許せなくて、
心の中でだけ、世界中が敵だと思っている、
何の力もない、ちっぽけな女子高生。
そんないやいやしながらの彼女の話である。
ネネはノートを取っている。
乱雑な字で、どうにか読めるように。
ネネは声のことを、そのとき、すっぱり忘れていた。