この時代には、血統からエリートというものがある。
エリートの血統は、
遺伝子レベルで決まっている。
受精した瞬間から、
もう、エリートは揺らがない。
体外受精、そして、人工子宮で育ち、
産みの苦しみもない。
命の工場というところで、彼らは生まれる。
彼らは徹底して教育をされる。
この世界のエリートであるということはどういうことなのか、
世界を受け継ぐというのはどういうことなのか、
そして、パンダのこと。
政府を将来背負う人間がエリートだ。
政府側の主張、ラブパンダ側の刷り込みがなされる。
少年は、そんな、エリートとして選ばれた命だった。
毎朝決まった時間に起き、
電脳で管理された、
充実した生活。
健康そのもので、
思想も真っ白のまま純粋で、
パンダをこよなく愛していた。
学習能力も優秀で、
経験さえ積ませれば、
政府関係者として即戦力になりそうだった。
少年は苦しみを知らない。
少年は病気というものを知らない。
少年は母ということを知らない。
そして少年は、
パンダの毛並みを知らない。
少年は一度触れてみたかった。
愛するパンダの毛並みに。
少年は憧れということを覚える。
少年は、恋というものに近い感情を覚える。
パンダに触れてみたい。
自分でない命に触れてみたい。
少年は管理電脳に問いかける。
「パンダに触れることはできますか?」
管理電脳は答える。
「あなたは成年になるまで、外のものに触れてはいけません」
「でも、愛するパンダなら」
「外のものに触れてはいけません」
管理電脳は繰り返す。
少年ははじめて、残念だということを覚えた。
少年は広い自分の部屋で考える。
エリートとされて充実した日々をすごしているのに、
僕は一体何なのだろう。
本当にいるのだろうか。
愛するパンダにすら触れられないじゃないか。
僕はどこまでが僕なんだろう。
身体は確かに持っているけど、
脳が夢見ているようなものかもしれない。
夢を見ながら腐っていっているんじゃないだろうか。
少年は、自分がどろどろと腐っていくような妄想を持つ。
それは少年がはじめて持った妄想だった。
不意に、警報。
ビー!ビー!と。
何かがあわただしく走り回る音がかすかに聞こえる。
ドアが、強くたたかれる。
普段ならロボットが定期的に入ってくるドアだ。
少年はドアを開ける、そこには。
三毛パンダがいた。
少年は歓喜する。
「もっふもふパンダちゃんだ!」
少年はパンダに抱きつく。
パンダは腕を振り上げる。
一撃で死に至らしめる腕を。
ああ、僕は命に触れた。
少年は満ち足りた。