建前は研究所。
とある施設だ。
そこでは日夜とある研究がされている。
「こいつもだめか」
生まれたばかりのパンダがいる。
生後まもなくではあるが、
はっきりと、パンダ特有の黒いぶちが出ている。
泣き声を上げているパンダを、
研究者は処分しない。
殺すのが目的ではないし、
あの謎を解き明かす、手がかりになるかもしれない。
「解き明かせないのか、あの謎は」
研究者はため息をつく。
あの謎。
最初は意味不明の文字列かと思われた。
しかし、この研究者は、そこに意味があるはずと。
研究に研究を重ねた。
そして思い至る。
この文字列のできた、五百年前では考えられなかった、
奇跡を起こせばいいのかもしれないと。
奇跡を起こせばさらに奇跡が待っているのではないかと。
研究者は人生をかけた。
その文字列が意味するところを、
解き明かすために。
最初は、政府が発掘に成功した徳川埋蔵金みたいなものを、
そんなものを狙っていた。
意味不明の文字列は、
何かの宝のありかを示しているのではないかと。
けれど今、研究者は、
ただ純粋に、この謎を解いてみたいと思っていた。
勝負だ、名前も伝わっていない文字列の作者と。
私が命尽きるのが先か、
この文字列を解くのが先か。
研究者は、昔の誰かに勝負を挑む。
情熱が静かに身体を駆け巡る。
「所長!」
若い研究員の声がかかる。
「なんだ」
「来てください!もしかしたら、もしかするかもしれません!」
研究者の目に、ぱっと光がともる。
もしかしたら、解き明かせるのか。
自然と、足早に、そして、走り出す。
奇跡が、奇跡が。
走ってやってきた先に、
生まれたばかりのパンダの子どもがいた。
黒いぶちは、極端に小さい、
むしろ、ない。
「これは…」
研究者は高速で考えをまとめる。
これは、これは、
「所長の言うとおりでした。遺伝子レベルでの書き換えを必要としました」
「間違いない」
「そうです、われわれはやったのです」
研究者は感無量だ。
ひとつ謎が解き明かされる瞬間だ。
「これが、白のパンダだ」
「これは、白熊でもない、パンダでもない、白のパンダなのだ」
研究員もうなずく。
「間違いありません」
「五百年前の歌にある、白のパンダとは、この奇跡のことだったのだ」
「では、それに続く、どれでも全部並べて、とは?」
「このパンダを量産して並べることに他ならない」
研究員がうなずく。
「私はこの謎を解くために人生をかける。ついてきてくれるか、諸君」
「もちろんですとも」
研究者は白のパンダを見る。
生まれたばかりのパンダは、
か細い声で歌うように鳴いていた。