電脳の普及に伴い、
仮想空間が新たな意味を持ち始めた。
単なる交流の場でなく、
感覚を共有できる場として、
電脳の仮想空間は機能し始めていた。
少女は仮想空間にいる。
少女は、電脳を通さないと目が見えない。
眼球は電脳を介した義眼で、
一応現実世界でも目が見えることになっている。
少女は、少しだけノイズ交じりの電脳視界を、
ちょっとだけ、疑っている。
みんな本当にこんな姿をしているのかなと。
電脳でみんな、書き換えられてるんじゃないかと。
ああ、本当の目があったら、どんなに素敵だろうかと。
少女は電脳の仮想空間で夢想する。
誰かのログインの合図。
少女のアバターが、
(アバターとは、仮想空間における、自分というもの)
空間をクリックすると、
友人がログインしたようだ。
言語をすべて翻訳になっていることを確認すると、
少女は友人に挨拶する。
「こんにちは」
「こんにちはー」
間延びした挨拶が返ってくる。
この友人はいつもこうだ。
少女のアバターは、少女の感情によって、
微笑み、怒り、泣く。
少女の目は、義眼は、
一応現実世界を見ている。
けれど、電脳は、平行して、
仮想空間の友人と話している。
電脳がすべてじゃない。
この状態でも、現実のパンダに殴られたらおしまいだ。
部屋にセキュリティはある。
家には、パンダよけのギミックもある。
野良パンダがいつ襲ってくるとも限らない。
そんな現実が、「ほんとう」であっては、
少女としては、嫌だなと思う。
アンチパンダというわけではないかもしれない。
ただ、脅威がうろうろしているのが、なんだか嫌だ。
パンダじゃなくて、
昔滅びたライオンとか言うのがうろうろしていたら、
やっぱり少女は嫌だなと思ったことだろう。
しかしこの友人、
よりにもよってそのパンダをアバターに使っている。
この仮想空間においても、
アンチパンダが主流になってきている。
でも、この友人だけは、
むしろみんなから尊敬されている。
さすがに時代が時代だから、
いろいろあったのかもしれない。
けれど少女が知るこの友人は、
パンダアバターで仮想空間を飄々と飛び回り、
みんなの手助けをしてくれている。
「今日は困ったことないかい?」
友人がたずねてくる。
「うーん、義眼の調子がよくないかな。ノイズっぽい」
「ソフトの問題ならある程度解決できるよ、バージョンいくつだっけ?」
友人はその調子で、少女のノイズを取り払ってしまう。
仮想世界の親切なパンダ。
現実世界の凶暴なパンダ。
少女は親切なほうをとりたかった。
現実なんてノイズでかまわない。
「店長、今日は何しようか」
少女は友人に問いかける。