「すみません! 今のは聞かなかった事にしてください!」
ニックの突然の懇願にアテンは呆れ、地上の神達は戸惑いを見せる。
「いえ、さすがにそれは無理な話、ですね」
それはそうだろう。
(どうする? 逃げるか。それともやり合うか)
天上神に話しをされては困る。
俺はともかく兄に迷惑をかけるわけにはいかない。
俺が構えたのを見て、地上の神達は慌てだす。
「待ってください、我々に争う意思はありません」
「どういう事だ? 俺が天上神に逆らったのは聞いただろう、ならば俺を捕まえて突き出せば手柄になるとは考えないのか?」
「いえ、そのような事は致しません。そもそもソレイユ様は死んだと聞いておりますし、こうしてお会いした今も連れて行く気などありません」
そして頭を深々と下げられる。
先程のお礼の礼よりも深くそれこそ地に頭が着くんじゃないかというくらい。
「あなたが生きていると知れば地母神様がお喜びになられます。どうか一緒に来てください」
「そうか、お前らは知っているんだな」
「どういう事ですか?」
アテンとニックはまだ警戒を解かない。
まだ疑っているようだ。
「大丈夫、地母神様は俺の味方だ」
自信を持ってそう言える。
(こいつらが味方になるかは不明領であったが、これなら話が早い)
「ついてきてください。天空界の神に見つかる前に行きましょう」
地上の神達の先導を受け、後ろをついていく。
「本当にいいのですか? 信用して」
「大丈夫だ。それに騙すだけならばわざわざ地母神様の名前は出さないだろ」
地母神は曲がったことが大嫌いでこのようなだまし討ちに名を使われたと知ればさぞお怒りになるだろう。
そんなリスクを取るよりももっと簡単な嘘で十分なはずだ。
(そうしなかったという事は、この者達は俺と地母神様の仲を知っているという事だ)
普通の者であれば知り得ない俺達の関係性をこの者達は知っている。
「そう言えばルナリアの就任の宴の時には会えなかったな……」
所用で到着が遅れると聞いていたが、あの時はついに会う事は叶わなかった。
久々の再会となるが、どのような反応をされるだろうか。
◇◇◇
「地上界にこんなところがあったんですね……」
「凄ーい」
アテンは言葉を失くし、ニックはその壮大さに目をキラキラさせていた。
「俺も来たのは初めてだが、こんなにも大きな所に住んでいるんだな」
地下だというのに大きな空間があり、そしてそこに大きな宮殿がある。
どういう仕組みなのか薄暗さもなく、この場所全体が暖かな光に包まれていた。
これだけの建造物がまさか地下深くにあるなんて、思いもしなかった。
「他の場所にも住まいはありますが、今はこちらで過ごされております」
「ここ以外にもあるのですか?!」
ニックが驚くのも頷ける。こんな規模の物を他にも持っているなんて、どれだけ地母神の地位は高いのか。
少なくとも天上神よりは敬い、尊ばれているだろう。
「何だか忙しそうだな」
宮殿の中に入れば神人達が慌ただしく動いている場に遭遇する。
「実は先日にあった就任の宴の日ですが、地母神様の姪であるエリス様が出産なされたのです。その為にあの日は到着が遅れてしまい、天上神様たちの凶行を止められなかったと地母神様は悔やんでおりました」
「そうだったのか……しかし気に病まないでほしいな。元はと言えば俺が悪い、俺が全て……」
そのせいで今現在ルナリアを不幸にしているのだと思えば、自然と言葉も出なくなってしまう。
(ルナリアは元気にしているだろうか)
泣いてはいないか、いじめられてはいないか。
早く助けに行きたいのにともどかしい思いがまたじくじくと湧き上がり、胸が痛む。
「こちらへどうぞ」
案内されたのは応接室だ。
「今地母神様はエリス様に付き添っていますので、お声をかけてきます。その間どうぞこちらでお待ちください」
そう言うと案内をしてくれた地上の神は退室していく。
部屋に残された俺達はとりあえず、椅子に座り、一息ついた。
「本当に、本当に大丈夫なんですか?」
どうやらニックは未だこれが罠だと疑っているようだ。
「ソレイユ様の決めた事だ、間違いなどない」
意外にもアテンは落ち着いている。
「アテンは地母神様が俺達の味方なのだと信じてくれるのだな」
「いえ、そうではありません。私が信じているのはソレイユ様です、あなたが信じるならば部下である私も信じるという事です」
つまり地母神よりも俺の言葉を優先するという事か。
これもまた聞く者によっては不敬だと言われそうな気がするのだが……
そうして体を休め話をしているうちにノックの音が聞こえて来る。
さて久々の再会だ。昔のように話が出来ればいいが、ここ数年は会っていないし、関係性も変わった。
(それにこんな落ちぶれた俺に対して何と言ってくるかわからないな)
怒声か罵声か、何を言われるだろうと身構えてしまう。
許可を出せば、ゆっくりとドアが開かれ、地母神が姿を現す。
豪奢な装飾と気品溢れるドレス、そして結い上げた赤い髪には宝石がちりばめられている。褐色の肌に金色の目をしている彼女はこの地上界で誰よりも偉く、そして強い。
眼光鋭く俺を見つめて来るが、俺は目を逸らす事なく真っ向から見つめ返す。
目を逸らせば狩られるのではないかというくらい、圧が凄い。