ようやく人のいる場所まで来れたけれど、近づくのは怖くて出来ない。
(見たのも初めて……言葉も、通じるのかしら)
自分達とは違うその存在にどう接したらいいのか分からず、隠れながら遠巻きに見るにとどめている。
見つかったらどういう反応をされてしまうだろう。
(好意的な人間もいるらしいけれど、野蛮な者もいるから、あまり心を許してはいけないとも言われたわね)
一人一人は弱いけれど、群れを成せば脅威だとも。
それを考えれば声を掛ける気になれない。
(それにしても、楽しそうね)
何を話しているのか聞こえないが、とても楽しそうに笑い合ったり、時には真剣な表情で話しをしている。
家族なのか、それとも場所を同じくして働く者なのか、どういう関係かわからないけれど、羨ましい。
(あんな風に気安く話が出来る友達が欲しかったなぁ)
ついぞそんな者は出来なかったからか、ああして仲良さそうに話す様子が羨ましい。
そうして見つめているうちに、雨がぽつぽつと降り出した。
急いでケープを被り、頭が濡れないようにする。
道で話をしていた人たちも急ぎ家路に着いたようで、今はもう姿はない。
そうして誰もいなくなった通りを恐る恐る進んでみる。
どの家からも薄明かりが漏れていて、人の気配が感じられた。
(こんなにも人っているのね)
建物の数だけ人がいると考えると、それはとても多く感じられた。
家自体はわたくしが住んでいた宮殿に比べれば小さいけれど、先程幼い子ども達が母親らしき女性と入っていったのを見ると、家族一緒に暮らしているのだろう。
他にも家に帰る人達を見たが、皆家族に迎えられていた。
「いいなぁ……」
あんな風な、笑顔で帰宅を迎えられるような、明るい家に生まれたかった。
(でも今のわたくしは一人ではないのね)
しっかりしないと。
行く当てはないけれど、せめて屋根があるところを探し、歩みを進めた。
◇◇◇
少し外れたところに、窓も割れて人もいないような屋敷を見つけた。
灯りもなく、草なども伸びている。
先程見てきた人のいた建物とは違い、廃れた雰囲気を感じたので入ってみたのだけれど、念の為に声をかける。
「誰か、いますか……?」
しかし帰ってきたのは静寂のみ、むしろホッとした。
ここなら人目に触れることなく、休めるかもしれないと。
「危うくどこかに連れて行かれてしまうところだったわ」
先程一人で道を歩いていたら、見知らぬ者達に声を掛けられた。
何を言っているのか分からなかったけれど、一緒に来るように言われたような気もする。
「さすがにこのような服で歩いていたから目立ったのかしら」
人の着ている服はもう少し動きやすそうなもので、ドレスもこんなにひらひらとしていなかった。
わたくしのように足首まで隠れるスカートの者はいなかったし、ズボンのものばかりであった。
地上で生活するとはそういうものなのかも。
何とか声を掛けてきた男性たちを振り切ったけれど、次は見つからないように気をつけないといけない。
目立ってしまったら、リーヴやシェンヌの耳にまで届いてしまうかもしれないから。
「今は少し休まないと」
(少しだけお借りしますね)
扉を閉め中に入るも、入口の側の窓は割れて風が入ってくる。
濡れた体には尚更寒く感じられる、このままではまた体調を崩してしまうと、もう少し奥の、窓が割れていない部屋を探す。
ちょうど休むのに良さそうな部屋を見つけたのでそこに入ると、雨が更に激しく降ってきたのが見えた。
「良かったわ、丁度いい所を見つけられて」
もともとは寝室だったのだろうか、やや小さいがベッドがある。
毛布はないし、多少埃もかぶっているが、休めるならば文句は言えない。
「もう、クタクタ」
腰をおろした事でどっと疲れが出てくる。
安心したせいか緊張も解け、眠気すら襲ってきた。
(少しだけ休もうかな)
少しだけ膨らんだお腹を擦り、目を瞑る。
そうするといつの間にか眠りに落ちたようで、気づけば夜となっていた。
(いつの間にか眠っちゃった……)
そんな夢現な意識の中に、突如聞きなれない声が聞こえて来る。
「うら若き女性が一人でこのような所にいるなんて、危ないですぜ」