あれからリーヴは兄様と何かを話したようで、わたくしのところへ来た時には、とても深刻な顔をしていた。
「ルナリア、すみませんでした。君を危険に晒してしまって。これは僕の監督不行き届きです、辛い思いをさせてしまって本当に申し訳ない」
リーヴは本当に悪いと思ってくれているようで、しゅんとした顔をしていた。
「いえ、わたくしが自ら口にしてしまったのが悪いのですから。あまり気に病まないでください」
自ら口にした負い目もあるし、リーヴに対して冷たく当たっているのも事実だから、そんなに責めるつもりはない。
けれどもう遅かったようだ。
「そうやって神人を庇う事はしなくていいです。件の者達はもう処分しましたから」
「え?」
驚き聞き返した時には、リーヴの瞳が仄暗く冷たいものとなっている。
「当然です。君は僕の大切な女性で、将来この海底界を担う女神となるのですから。なのに言いつけを破り、君の体を傷つけるような行いをするなんて、許せるわけがありません」
ぞくっとする視線だ。今の彼はあの時の激情に駆られた時と同じ状態であろう。
(処分ってまさか、殺したの?)
父も簡単にそういう事をするから、不思議ではないのだろうけど、かと言って何も感じないわけではない。
彼女達は確かに間違った事をした、けれどもそれだってリーヴへの忠誠心の強さから行なった事。なのに。
「そこまでしなくても……」
「そうは行きません。ササハが居なかったらどうなっていたか、もしかしたら君は死んでいたかもしれないと思うと、本当に恐ろしい」
リーヴはわたくしを抱きしめようとするが、両手を前に出して拒否をする。
拒まれた事でリーヴが僅かに顔を顰めるが、また怒りで暴走する前にと口早に言葉を挟んだ。
「あ、あの! 実はリーヴ様に大事な話があるのです」
先程ササハから言われた、懐妊についての話をリーヴにすると、たちまちその顔から不機嫌さが消えた。
「僕の子が出来た? 本当に?」
「はい……」
不本意な事なので、俯き声も小さくなってしまうが、それでもリーヴは笑顔になる。
「こんなにも早く授かるとは思いませんでした。いや、最高神の祝福を受けたのだから、当然ですね」
嫌悪で背筋に悪寒が走るが、何とか顔に出さずにやり過ごせた。
「わたくしも驚きましたが、このところの不調はその為だったと思えば納得しましたわ。それで折り入ってお願いがあるのですが」
「何でしょうか」
今なら機嫌が良いから聞いてくれそうだ。
わたくしは少しでいいから地上にて、月の光を浴びたいと話した。
「君の気持ちはわかります」
そっと両手を優しく包まれる。
「ルシエル様にも言われました。ルナリアを少し外に連れ出すようにと。そうすれば体力も回復すると言われましたし、ササハにも同じことを言われました」
不承不承といった表情だが、二人の説得により許可を出してくれそうだ。
「僕の側から離れないと約束してくれるならば、外へと連れて行きましょう」
わたくしは手に力を込めて頷いた。
「えぇ。お約束します」
守る気はない、逃げられそうならば逃げ出すつもりではある。
「本当は体が弱っているのに、外に出るなんて駄目だと思ったのですが」
「体が弱ってるからこそ行きたいのです。月光を浴びれば良くなりますもの」
そう伝えるが、それでも困ったような顔をしている。
「まだまだ君への理解が少なく申し訳ありません。もっと皆に周知をして、君を支えて行けるように努力いたします」
「知らないのは仕方ない事ですわ、まだ出会ったばかりですから」
ソレイユもあまりわたくしの体についてを知らなかったから、わたくしは特殊なのだと薄々感じていた。
けれどこんなにも他の方と違うとは……自分でもまだわからない事が多くあるかもしれない。
「知らない事で君を危険に晒したくはありません。これからは色々な事を話してください」
「はい」
今はとにかく機嫌を損ねないようにと、ただ素直に頷いた。
「本当は君をここから出したくはない。僕達海の神は空を飛ぶのに不慣れだから、天空界の神である君が逃げるのではと心配です」
やはりそこが引っかかるようだ。
「お腹に跡継ぎがいるんですもの逃げませんわ。心配ならばお兄様を呼んで下さい、お兄様ならわたくしよりも早く飛べますから」
「いや、ルシエル様にいつまでも甘えてはいられません。僕がルナリアを守れる男だと証明する必要がありますから」
それは困る。
兄様の手助けがあれば逃げ切るのも容易になりそうなのに、兄様がいないとなれば、どうすればいいかわからない。
(空に向かって飛ぶ? でもどこがどこだかわからないわ)
そもそも天空界にいた頃も、自分の宮殿から出た事すらないのだ。
闇雲に飛んでもどこに着くかもわからない。
下手したら天空界の神に見つかって強制送還になりそうだ。
「だからまた一つ、枷をつけさせてもらうよ」
握られた手が熱くなる。
どこまでも束縛をしたいようだ。
(信用がないのね。でもわたくしもリーヴを信用していないから、おあいこね)
逃げ道は断たれたけれど、それでも力を取り戻すのに外に出る必要はあるから、今回は諦めるしかない。
今回はそれ程失望はしなかった。
兄様と話した事で、安心したのが大きい。
(いつかまた自由に空を飛べる、兄様とソレイユがきっと来てくれるわ。約束したもの)
また広い空を見られると信じて。