「あ、では……。その、皆様が思っている『神』という認識は、我々仙郷のものとは違うということをご説明したいのですが、よろしいでしょうか。誤解は早いうちに解いておいた方がよいと思いますので」
緑雨の言葉に、恵徳帝は穏やかな表情で頷いた。
「仙郷では、神仙の子供を仙士と呼び、私のような未成年者は少仙と言います。成人を迎えた仙士は一芸を極めた証に『医仙』や『武仙』などの称号と格を得ます。その後、さらに研鑽を積み、己でしか再現できぬ特別な技を生み出した者には神格が与えられ、それを『医神』や『武神』と言うのです」
興味深そうに身を乗り出して聞いている恵徳帝は、疑問を口にした。
「では、我々が思う『神』とは、仙郷で言うとどのような存在なのかな」
「皆様が思う『神』は、仙郷では『帝』と呼ばれています。帝は多層的霊気であるため、人格を持たず、純粋な無意識の力です。皆様が祭祀を行うと、その波長に引き寄せられるように集結し、気まぐれに禍福を与え、何の痕跡も残さず去っていく。だからこそ、畏れられているのです。帝は何らかの理由で未来を視てしまった神仙が成ると言われていますが、詳しいことはわかりません」
「それらを束ねている強い存在も、当然いるのだろう?」
「はい。神仙帝の唯一王である太極天がそれにあたります。ただ、誰も姿を見たことがありませんし、話したことも声を聴いたこともないので、神仙の間でも伝説上の存在として語られています」
恵徳帝は深く頷きながら姿勢を戻した。
「大変興味深く、知見となった。皆の者、己の無知をひけらかし、他人を貶める言動は控えよ」
その場にいる全員が拱手し「陛下に従います」と頭を下げたので、緑雨も急いで同じ動作をした。
「つい興味があってあれこれと聞いてしまった。新しい見識をありがとう、虞少仙」
「滅相もありません」
緑雨は小さく息を吐きながら胸を撫でおろした。
「では、待たせたね、懐愿。報告を聞かせてもらおう」
「はい、父皇。実は、甘石巫堂を調べてくださった甘閣主によりますと、皇族の墓誌の副本が複数盗まれていることがわかりました。墓誌は墓を荒らして中にある副葬品を奪う盗賊にとってとても価値があるとのこと。盗んだ者やそれに近しい者がきっと闇市で転売するでしょう。そこで、私と虞少仙が潜入捜査し、売り手から組織を割り出そうと考えております。その過程で墓誌も回収し、墓泥棒も一層出来れば、父皇の憂いもいくらかは取り除けるでしょう」
懐愿の話を聞きながら、緑雨はこれで公式に『慧王殿下』と行動することが決まってしまった、と、心の中で大きなため息をついた。
「その提案は頷けるが……。そなたは臣下である前に皇子。朕の大切な息子なのだ。そのような危険……」
「父皇、私の戦績をお忘れですか? 巷で何と言われているか、聞き及んでおいででは?」
恵徳帝は額に手を添えながら大きく息を吐いた。
「全勝。常勝皇子……。それはわかっているが、そなたは軍配者。戦場で首級を取るときも、大剛弓で弾き飛ばしているそうではないか」
「野蛮な弟だ」
懐志の呟きは小さくもない聞こえよがしなものだったが、懐愿は積極的に無視をした。
「潜入捜査をするということは、敵将がいる本陣に乗り込んでいくのと同義。危険すぎる。私兵から護衛を連れて行くのならまだしも、虞少仙と二人だけなど、許可は出来な……」
「大丈夫です、父皇。私とて護身術くらい身に着けていますし、多少霊力も持ち合わせています。護衛など引き連れていたら目立ちすぎて潜入どころではありません。その点、虞少仙と二人ならばいかようにも取り繕えますし、何と言っても緑雨には香霧山荘で鍛えた武芸と医術があります。彼以上の適任者はいないでしょう」
見る者を安心させる可憐な表情に、説得力のあるよく通る玲瓏な声。
全ての皇子が束になっても敵わないほどの軍功が裏付ける信頼感と、物事を見極める天性の眼力。
恵徳帝は優秀過ぎる我が子の言葉に、溜息をつきつつも頷くしかなかった。
「……わかった。許可しよう。ただし、どんな方法でもいいから、定期的に連絡が取れるようにしておくこと」
「英明です、父皇」
「皇太子がいればそなたを止められたかもしれないな」
慈しみのこもったあたたかな目で懐愿を見つめる恵徳帝は、息子を愛する父親そのもの。
「懐慈兄上がいらっしゃったとしても、結果は同じです」
「まったく。穏やかなのか頑固なのか……。懐愿は母親似だな」
恵徳帝は「しっかりと準備をしてから出立しなさい。虞少仙、息子をよろしく頼んだよ」と微笑み、二人に下がっていいと告げた。
「失礼いたします」
懐愿と緑雨は拱手し、その場を後にした。