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第4話 紫陽花の話

 しかし恩義を感じているとは云え、僕の評判も一日の騒がしさも、タエさんが玄関を出て、左に進むか右に進むかで、だいぶ違うのも確かである。

 我が家の家政婦は町内に関しては主人より発言力・発信力があるのだ。


 タエさんは素直で悪意のない女性なので聞かれたことをありのままに喋ってしまう。

 「素直」は美徳の様でもあるが、僕とタエさんに関してはあながちそうとも云い切れない。


 彼女も素の能力は高いのだから、「狐狸妖怪が視える」ことなど秘密にして上手く立ち回ることも出来るだろうに……。


 もっとも、そうしなかったからこそ我が家に流れ着いたのだけれども。

 たとえば、こんなこともあった。

 我が家の庭は、さほど広くはないが、春には桃や桜、梅雨から夏にかけては紫陽花や待宵草、秋には菊や柿、冬には梅や椿が彩りを添える低花木が中心の純和風の庭である。

 庭の花木は亡き妻、文恵が管理をしていた、私は庭の手入れには無頓着であったし、タエさんには家内の事のみお願いしているので、妻亡きあと、一時期庭はそれこそ幽霊でも出そうな程に荒れに荒れた。

 そのため庭師を入れたのだが、毎年青々とした花を咲かせる紫陽花が、ある年に限って赤く染まった。

 おそらく庭師が新しく入れた土が原因なのだろう。紫陽花の花の色はその「土」の酸性度で決まるんだったはずだ。

 青は酸性、紫は中性、桃色はアルカリ性だ。

 しかしなぜかご近所では私が文恵の遺体を庭に埋め、その呪いが花に宿り、血の色の如く赤い色に染まったということになってしまった。(赤というより濃い桃色だったのだが)

 文恵を懐かしんで紫陽花に日々話しかける様子をタエさんに目撃され、いつもの調子で訊ねられるがままに「先生は奥様を懐かしがれて、毎日まいにち紫陽花に話しかけられております」などと云ってしまったらしい。

 そこから御婦人方を経由し近隣に伝わり、トンデモな噂となり町内に尾ひれがついて広まったようである。


 悪気の無いタエさんはともかく、ご近所のご婦人方の、その尾ひれの付け方、想像力たるや物書きの僕も顔負けである。

 それに何故いつも道でタエさんを捕まえることが出来るのだろうか。

 「家事」というくらいだから家にいないと出来ない仕事ではないのだろうか?

 まさかいつも聴き耳をたててタエさんが左右どちらの方角に進んだかを確認してから出てくるわけでもあるまい。

 まさに神出鬼没。狐狸妖怪も顔負けだ。

 いつだったか書いた掌編に天狗の話があったが、御婦人方の身のこなしの早さたるや。天狗さまも驚きである。

 タエさんに「御婦人方に会わぬよう、必ず左側を周って買い出しに行ってくれ」と云うのは容易いが、脳内はお喋りだが日常は無口な僕の世話だけだと何かと気づまりだろうし、あまり細かな事を云うのも女々しく思えてご近所付き合いの塩梅はタエさんに一任する事にした。

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