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第2話 小柳くん

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 花期の長かった椿の花が地面を赤々と染め上げている。

 姿形そのままの美しさを保ちながら落ちる椿。その絨毯が広がる様はさながら桃源郷のようである。

 武家屋敷などでは、首から落ちる様を連想するから忌み嫌われている地域もあったらしいが、幸いな事に我が家は医者の家系であった。

 加えて、この美しい屋敷はご近所からは皮肉を込めて「人魚屋敷」と呼ばれている。

 その名の通り人魚が居るからであるが、こうして落ちてなお美しい椿を見ていると、八百歳まで若く美しい姿で生きたとされる人魚伝説で有名な尼僧と通じる所もあり、皮肉とはいえ、ふさわしい呼び名なのかもしれない。

 それに、八百比丘尼やおびくにも全国諸国を巡り、方々で椿の苗を植えたという伝承がある。

 また、人魚伝説には主に二系統存在する。一つは先に挙げた八百比丘尼を代表とする、「人魚の肉を食べた為、二百~八百歳もの間、長生きした」というもの。

 もう一つは「人魚の恩返し」的な「鶴の恩返し」と非常に構造が似た一種の「報恩譚」ものだ。所謂「人魚を助けた相手」に報いるために妻となるべく「女に化けた」というものであるが、こちらは八百比丘尼ほど有名ではない。

「報恩譚」の代表的なモノと云えばやはり「鶴の恩返し」の方に軍配が上がるであろうあるいは「雪女」か。

 いやしかし、「雪女」は「報恩譚」というよりも嫁入りして夫を役割が強いので厳密には異なる系統の話かもしれぬが──。

「先生、東雲先生」

 庭先の散策をしながら花木や門扉にかかった蜘蛛の巣などを眺めつつ空想にふけっていたら声をかけられた。

「私です。小柳です。原稿のお進み具合を伺いにまいりました」

「ああ……小柳君か、申し訳ない。ちょっと考えごとをしていたもので」

 考え事と云うよりは空想であるが、それが僕の生業なりわいでもあるのだからあながち嘘ではない。

 小柳君の仕事は編集者で、前々から僕――東雲光太郎しののめこうたろうに原稿の打診をしてくれていた。

「何でもいいから書いてくれ」と云うのである。

 彼は僕の作品に憧れ、編集者になったと云うが、申し訳無いことに彼に原稿を渡せた事は一度もない――。

 彼は若いのに実に敏腕で、最年少での編集長も夢ではないと、知り合いの女性編集者が熱っぽく語っていたと記憶している。

 熱っぽくなるのは彼の仕事ぶりのせいだけではない事は後に記すが、実にマメに来訪してくれるあたり、熱心な仕事ぶりが伺えると云うモノだ。

 一方で、僕は一昨年に妻を亡くしてからと云うもの、世に云う「スランプ」状態で、児童文学など童心にかえって気軽に書けるものは別として、大人向けの読み物は書いては消し、書いては消し、をくりかえしていた。


「せっかく来てくれたのに、申し訳ないのですが、ちょっと調子が悪いのです。もう少し時間をいただけませんか……上がっていただきたいところですが、今は家政婦も出かけているので」

「いえ、お心遣いには及びません。ですが、心配なのでまた様子を見に伺いますね」

「心配」か。彼もご近所での僕の評判を聞き及んでいるのだろう。

 あまり覚えてはいないが、妻を亡くした前後に僕は心身を削られ、相当にやつれた。

 その姿を見て「死神」というあだ名をつけられた事もある。

 言動も不安定だったらしく、正直好奇の眼差しを向けられていると云っていい。



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