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184.堕ちた竜の王を穿て その八

 時間が過ぎる。数字が公開されていないタイムリミットが迫ってくる。HPバーを見ながら、味方の位置とそれぞれのDPS、AOEの範囲と発生するタイミング、予兆を確認しながら判断を下す。

 ソロで挑む弊害がここにきて現れた。


 普通、パーティーを組んで攻略する場合、指揮官となるプレイヤーがフィールド全体を見て状況に応じた指示を飛ばす。誰に火力を出させるか、或いは落とさせるか。ヒーラーは味方のHPを見つつ、大技のクールタイムを計測する。アタッカーはガンガン火力を出しつつ、被弾しない立ち回りが求められる。タンクを担うプレイヤーは敵のヘイトを集めて耐えなければならないし、そのうえで味方が思う存分攻撃できるよう位置を調整しなければらない。


 ボス戦――特にレイドともなれば、役割分担は必須だ。現代の主流であるフルダイブ型VRゲームはその特性上、映像がモニターに出力されるゲームよりも戦闘が難しいのだから。

 フルダイブ型VRゲームは、俯瞰ではなく一人称視点で三次元空間を駆けずり回り、リアルでは馴染みのない武器を振るい、UIやらモンスターの挙動やらを逐一確認し、そのうえで従来のゲームと同じように動くことが求められる。だから得手不得手が如実に現れるし、プレイヤースキルが有利に働く。


 閑話休題。


「――イルメェイは攻撃を中断して回復に集中。レギオンは準備」


 フェリィエンリのHPは七割を切り、あと少しで六割を下回ろうとしている。

 セナの予想では、指名攻撃は六割か五割になったタイミングで放ってくるはずだ。なので、イルメェイに集まっているヘイトをレギオンに奪わせて、大技の準備をさせている。


 レギオンの大技で一気にHPを持っていくことが出来れば、少なくとも一回は指名攻撃を減らすことが可能なはずだ。高火力でギミックをスキップするのも攻略の一つである。


「いまっ!」


 AOEが消え、後隙が生まれる。HPは六一%で寸止めしており、準備していたレギオンが勢いよく攻撃を叩き込んだ。

 それは喩えるのなら大砲であり、全力殲滅形態フルオフェンスモード噴射機関ブースターと同様、群れレギオンを消費することで生まれるエネルギーを一点に集め解き放つ攻撃だ。


『ギュゥアアアアァァァァッッッ!!!』


 極太のレーザーと化した炎がフェリィエンリを焼き、じわじわ削るだけだったHPを一気に残り三割近くにまで減少させる。

 凄まじい炎は細胞を即座に炭化させるほどの熱量を帯びていた。咄嗟に頭部を隠したものの、翼は炭化して焼け落ち、前脚にも致命傷を負った。


「……けほっ」


 それでも、フェリィエンリは生きている。その身を侵し、穢し、歪めた瘴気が与えた生命力は死ぬことを許さない。

 少女レギオンの喉にも限界があるので、一撃で葬ることはさすがに不可能だった。


「防いで!」

「【寒鋼】!」


 二度目の指名攻撃。その対象は予想通りレギオンである。

 セナの視界にだけ映るAOEが発生したと同時に指示を出し、レギオンは更に分厚く強固な壁を築き上げた。

 それでもミキサーのように削られ破壊されたが、最初さえ防げていればマーカーのように追尾されないようで、少女レギオンはすでにその場を脱している。


「レギオンにマスターみたいな目は無いけど、レギオンにはマスターが持たない目がある。お前、邪魔!」


 影に体を沈め移動した先は、フェリィエンリの真下。噴射機関ブースターを用いて勢いよく飛び出すと、【寒鋼】で形成した槍で心臓に当たる部位を貫いた。

 レギオンの視界では、そこにフェリィエンリを支配する瘴気の根源が映っているのだ。肉体が弱り始めたことでようやく見えたソレは、小さなレギオンが観測した【邪神の眷属ガラテア】によく似ている。


 ガラテアはすでに討滅されているので、これは単なる残滓に過ぎない。アレのような意思も能力も無い。

 レギオンがこれを認識できるのは、レギオンの基となった人物――【邪神】の加護を受け取る器として調整された生贄にある。生命教団が最強のキメラを造るために用意した生贄には、無理やり【邪神】の加護が詰め込まれていたのだ。

 今はもう繋がりを断ちきったレギオンだが、【供贄】というスキルが当時の能力を保持している。そのため、瘴気の根源である【邪神】の加護を認識出来るのだ。


「(今のでHPが二割になった……!)」


 レギオンの行為は致命的クリティカルダメージになったようで、フェリィエンリの動きがガクンと止まる。


『これ以上姉さんの誇りを傷つけさせてたまるかっ!』


 その瞬間、フェリィエンリの背中に叩きつけるように、雷撃を纏わせた前脚を振り下ろすイルメェイ。まだまだ制御が荒いため反動ダメージがあるが、涙を堪えて二撃、三撃と叩き込む。

 そして、意を決したようにフェリィエンリの首に噛み付くと、そのまま雷属性のドラゴンブレスを放った。


 雷がフェリィエンリを貫き、地面を走り、四方八方へ飛び散る。セナたちも巻き添えを食らってしまったが、雷の大部分はフェリィエンリに吸われていたので軽傷で済んだ。


『――ッョ、ク、なっタ、ね……』

『ねえ、さん……』


《――【|雷嵐のフェリィエンリ《イーヴィルイロウシェン・ドラゴンロード》】が討伐されました》

《――ユニーククエスト:堕ちた竜の王を穿てをクリアしました》


 アナウンスが流れる。無機質な声が今だけは腹立たしい。

 密着状態で制御も中途半端なドラゴンブレスを放ったイルメェイは、酷い火傷を負いながらもフェリィエンリにトドメを刺したのだ。最期に理性を取り戻したフェリィエンリは、そんなイルメェイを見て微かに残る力を振り絞り、微笑みながら妹分を褒めてこの世を去った。


 ボロボロと涙を流し泣き喚くイルメェイを、セナたちは何も言わずに見守る。さすがにこの空気で、ドロップ品やらなんやらを確認する気にはなれなかった。

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