アナウンスが流れた。それは眷属の討滅を保証するものであり、まだボスが残っていると伝えるものだった。咀嚼できない情報をぽんと渡されて困惑したセナだが、今はそれより重要なことがある。
「……上に戻らないと」
瘴気の原因は討滅できたが、それでフェリィエンリが助かるわけではないし、あれだけ侵食されていたら瘴気を注がれなくても活動できてしまう。瘴気の侵食率が一定値を越えると、完全に癒着してしまうのだから。
『――あ! やっと戻ってきたな! 急に様子がおかしくなったりして大変だったんだぞ!』
洞窟の外に待機させていたドラゴン型レギオンに乗り、急いで頂上に戻ってくると、更に濃い瘴気を纏って暴れるフェリィエンリの姿が最初に見えた。
イルメェイたちは苦戦しているらしく、別れたときよりボロボロになっている。ナーイアスのおかげで体力を維持できているが、それだっていつまで持つか。
『ガァルゥゥァアッ!』
「(AOEの範囲が広くなってる……!)」
理性は完全に失われてしまったようで、《雷嵐》と唱えることすらしない。荒れ狂う嵐を衝動のままに叩きつける怪物に成り下がってしまった。
セナは範囲外に着地し、《ボムズアロー・フェイタリティ》で瘤の一つを攻撃する。
「挟み撃ちにするから前は任せるね。レギオンは遊撃」
『僕の負担が大きいじゃないか! 頑張るけど!』
「分かった」
フェリィエンリの後ろ側に回り込んだセナは、攻撃しながら強化された内容を考える。
一つ目は純粋なステータス強化。HPの減少量をみるに、再生力が無くなった代わりに数倍まで跳ね上がっているようだ。
二つ目は理性の消失。抑えられていた枷が無くなったことで攻撃頻度が増加している。
三つ目は当然、瘴気の濃度である。フェリィエンリの攻撃で致命傷を負えば侵食を受けかねない。
「……ナーイアスは回復頻度を多くして。あと、できれば聖水を定期的にイルメェイに使ってあげてね」
レギオンには【耐性学習】があるし、セナは加護と神威によってほぼ無効化できている。ナーイアスは少し不安だが、《聖水生成》があるため問題無いだろう。
故に、この場で瘴気への耐性が一番低いのはイルメェイであると結論づけたのだ。聖水には瘴気を浄化する力があるため、軽度の侵食ならばそれで解決できる。
「(さきにこっちを斃してたらあっちが強化されてたのかな)」
破壊した瘤が再生しないのを確認したセナには、少しだけもしもを想像する余裕があった。
もしも、何らかの手段で先にフェリィエンリを撃破していたら、【邪神の眷属】が強化されていたのだろうか。Defectiveという文字が外れた場合、ワールドアナウンスが流れる自体に発展したのだろうか。その場合、セナの力で眷属は妥当できるのか否か。
「……っと(パターンが変化した?)」
フェリィエンリのHPが八割を切ったところで、巨大なドーナツ範囲のAOEが発生する。
セナは外側の安置に、レギオンはフェリィエンリの足下に、イルメェイとナーイアスは空中にそれぞれ動いて回避した。
そして、見たことの無いマーカーがイルメェイを追尾し始める。
「指名攻撃……!?」
厳密には、フェイス・ゴッド・オンライン内では見ていないが、他のゲームで似たようなマーカーを見た覚えがあった。
ゲームやボスによって条件は異なるが、対象を指名した大技の予兆である。ヘイトを基準に選定されることが多いため、イルメェイが狙われているのだろう。
「イルメェイ旋回して逃げて!」
『わああああっ!?』
警告した次の瞬間、イルメェイを狙ってブレスが放たれる。力が拡散しないように限界まで収束された嵐の咆吼は、マーカー通りにイルメェイを追尾し、その翼を撃ち抜いた。
吹き飛ばすでも削るでもなく、撃ち抜いたのだ。体勢を崩したイルメェイは落下し、フィールドの端に不時着する。
「レギオン!」
追い打ちを掛けるように扇形のAOEが発生する。セナだけなら余裕で回避できるが、この追撃を許してしまうとイルメェイが瀕死になってしまう。そう考え、レギオンに防壁を築くように命じた。
「余波が……っ」
「役立たずー!」
ついでにギガントセンチピードも盾として呼び出したが、呆気なくHP全損で退場したためレギオンが役立たずと叫んだ。
最後に自爆させることも出来ないぐらいあっさり斃れたのだ。おかげで防壁は突破されずに済んだが、せめて一撃ぐらい耐えて欲しかったとセナも思う。
「マスター、あいつクビにしよう」
「…………あとでね」
今はボス戦中なのだから従魔の整理は後回しだ。それはレギオンも重々承知なので攻撃を再開する。
「――《オールヒール》。こちらも回復は終わりました」
『痛かったよぉ……』
ぽろぽろと涙をこぼして痛がっていたイルメェイも、傷を治したことで戦線に復帰した。
AOEを視認出来るのがセナしかいない以上、他のメンバーが被弾するのは仕方ない。それでも、誰かが重傷を負った途端に余裕が無くなるのはとても拙い。
あの指名攻撃だけはなんとしても避けなければならないので、次が来るまでに対策を講じる必要があるだろう。