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182.堕ちた竜の王を穿て その六

「さて、この体がいつまで持つか分からないし、手短に伝えるよ」


 〝勇者〟はガラテアを牽制しつつ、セナに視線を向けた。


「彼女に石頭を持たせてはならない。鑿と石頭が揃うと厄介だから片腕は常に奪うこと。あと、いくら僕でも岩の剣じゃ大して戦えないから、討滅は君に任せるよ。じゃ、伝えたからね」


 そう言って彼は、凄まじい速度でガラテアに肉薄し近接戦を仕掛けた。大して戦えないという割にはかなり動けているが、〝勇者〟本来のスペックには程遠いという意味なのだろう。

 それでもレベル100台のモンスターを瞬殺しているのだから、恐ろしい実力だ。


「(レギオン、どのくらい回復できた?)」

「(すこしだけー。ぼーれいはたくさんふえたよー)」


 セナの影で休ませていたレギオンは、蓄えていた純竜の素材を与えたことで回復している。

 亡霊の狩猟団も再展開できる程度には数を取り戻したようで、セナは隙を突くためにも暫くは息を潜めることにした。


「――“我流剣術”〈八岐ヤマタ〉」

「クソッ、クソッ、クソッ!」


 セナが方針を決める数秒の間に、〝勇者〟は夥しい数の斬撃を繰り出していた。その一つ〈八岐〉は、彼が生前から愛用していた技である。

 剣の一振りで無数の斬撃を同時に放つ剣術の極致。もはや魔法にしか見えないが、事実彼は剣を振るっただけだ。


「あああまた腕ばかり! ふざけるなよな!」

「君に石頭を持たせたら面倒だからね。ちゃんと全部斬り落としてあげるよ――“我流剣術”〈蛇巴ヘビトモエ〉」


 今度は渦を巻くような軌跡を描いて、ガラテアの体に斬撃が刻まれる。即興で作りだした義手はその指先からバラバラに切り刻まれ、石頭を持つ暇を与えない。


「それに……主役は僕じゃない。死者ばかり活躍していたら、いつまで経っても人が成長できないだろう?」

「――《ペネトレイトシュート・フェイタリティ》!」


 ガラテアの意識が〝勇者〟に向いた隙を突いて、セナはその矢を突き刺した。最初に修得したアーツであり、ここぞというときに力を発揮してくれる《ペネトレイトシュート》は、セナの扱うアーツの中で最も速射性に優れている。

 そして、使用したのはただの矢ではなく魔法の矢だ。


「このてい、どぉおお……!?」


 その矢の名称は『音叉の矢』。相手を殺すのでは無く、阻害することに特化した魔法の矢だ。

 メロディーを奏でるような音を立てて飛翔するこの矢は、相手の体内であらゆる音を反射し増幅する。音波で脳を揺らし、三半規管を狂わせ、思考するだけで苦痛が生じるようにさせるのだ。


 無論、【邪神の眷属】であるガラテアが通常の生物と同じ構造をしているとは限らないが、矢を抜けずに悶えている様子を見れば通じていると判断できる。


「レギオン!」

「まかせろー!」


 そして、動きが止まったところに殺到する亡霊の狩猟団。四方八方から噛み付かれ、組み付かれ、ガラテアは徐々にHPを失っていく。

 残り五割を切ったあたりで自爆攻撃に移ることで、ガラテアのHPは四割、三割と急速に減っていった。


「――ふざ、けるな……!」


 だが、ガラテアの戦意は消えていない。消えようがない。そう在れと創られたのだから、滅びる時まで在り方が変わるはずが無い。

 気合いで矢を引き抜き、絶えず続く自爆攻撃を払いのけ、ガラテアは立ち上がった。


「ワタシは、主に望まれたのだ……! 美しく在れと、否定するモノを滅ぼせと、望まれたのだ……! こんな低俗な原生種どもに、やられていいはずがないんだ!」


 あまりにも身勝手な暴論を振りかざし、ガラテアは鑿を振るう。


「ワタシが、否定されるなんてありえない……!」


 分厚い壁を形成したガラテアは、高濃度の瘴気を傷口に集め粘土を捏ねるように修復した。


「“我流剣術”〈蛇穿へびうがち〉!」


 だが、再生しきる前に勇者の剣がガラテアを貫く。岩壁程度で〝勇者〟の攻撃は止められない。死竜の彫像すら一太刀で斬り伏せたのだから、ただの岩で創った壁が障害になるはずが無いのだ。


「きさ、ま……」

「〝勇者〟を舐めるなと言っただろう?」


 ガラテアの胸に刺さった剣を捻り、〝勇者〟は一気に振り抜いた。傷口から莫大な瘴気が噴出し、がくりとHPが一気に減少する。減少して……数ミリだけが残った。


「これ、しきのことで……!」

「やはり、今の僕じゃ加護が無いからトドメを刺せないか。君が討滅するんだ! 僕が抑えているうちに!」


 核でなる心臓を潰されていようと、邪神に連なる存在を討滅するには神の加護が必要になる。ガラテアの能力で創られた〝勇者〟の彫像に加護があるはずもなく、トドメはセナが刺さなければならなかった。


「《クリティカルダガー・フェイタリティ》!」

「あああああッ!!! やめろ、やめろぉ! ワタシが消えてしまうぅ……ッ! ワタシが消え、て…………き、え……てェ……」


 セナは全力で駆け寄り、神威によって超強化された一撃をガラテアに叩き込む。短剣の刃はガラテアを構成する概念を捉え、一切の抵抗なく斬り裂いた。その不可思議な感触とともに、今度こそHPがゼロとなる。


「……うん。確かに討滅できたようだね」


 ガラテアの肉体が解けるように消えた様を見て、〝勇者〟は満足そうに頷いた。


「あの――」

「おっと、すまないが僕はなにも答えないよ。死者である僕が現世に干渉してしまうと、神様に怒られてしまうからね。……今回はイレギュラーということで、内緒にしてくれると嬉しいな」


 そして、ガラテアの死と同時に〝勇者〟の体も崩れ始めた。ガラテアが消えたことで、彫像に組み込まれていた魂が冥府に還ろうとしているのだ。


「……ああでも、一つだけ伝えておくよ。どうするかは君次第だ」


 けれど色彩を失い、完全に崩れ去る前に彼は、セナに向けて言葉を残した。


「〝勇者〟の力は失われてなんかいない。今もまだ冥府で漂っている」


 情報としてはかなり重要度の高いものを。


《――イーヴィルゴット・イミテーション:【Defective・邪神の眷属】が討伐されました》

《――【|雷嵐のフェリィエンリ《イーヴィルイロウシェン・ドラゴンロード》】が強化されます》

《――特殊NPC〝勇者〟が離脱しました》

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