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第14話 悪友

「後を継ぐ? マジか」


 五十嵐マナトの話を聞いて、田中浩平≪たなかこうへい≫は目を丸くした。

 ここは高層マンションのペントハウスにある、広々としたおしゃれな一室。

 マナトの部屋である。

 田中浩平は五十嵐商事社長、五十嵐倫太郎の秘書だ。

 マナトの高校時代からの悪友でもある。


「うん。お前には先に話しとこうと思って」

「そうか。そうなのか……そうか……」


 浩平の肩が次第に落ちていくのを目の当たりにして、マナトは首を傾げる。


「どうした。何か問題でも?」

「ってことはスライドで俺がお前の秘書になるって事だろ? はあああ」


 明らかに嫌がっている浩平を前に、マナトの眉はつり上がる。


「俺のどこが不満なんだ。神に選ばれし完璧な男だぞ」

「そういうところがすごく嫌!!」


 浩平は両手で己の体を抱き、悪寒を止めている。


「自信家でビッグマウスで、しかしそれが決して嘘にならない文武両道のハイスペックヒーロー。それが君だ。そして高校時代からの付き合いの俺にはわかるんだ。そんな男の隣に並ぶのが、どういう事か」

「何が言いたい?」


 本格的に気分を害したらしく、マナトはへの字顔で腕組みをする。


「地獄ってことだよ!」


 浩平は吐き捨てるように叫ぶ。


「お前にはわかるまい。天才と比べられる人間の悲劇を」

「いや、むしろ想像つくけど? あれだろ、劣等感や嫉妬心に狂って嫌味をぶつけずにはいられない。そういうのなら、他の奴で覚えがある」

「理屈じゃなくて感情でわかるか?」

「いや、全然」

「だったらわかった顔をするなよ。この冷血漢め」

「え?」


 マナトが、驚いたように浩平を見た。


「冷血漢……か」

「ん?」


 浩平も不思議そうな表情になる。


「おい、まさか、傷ついたとか言うなよな。これくらいの煽りあい、普通だろ……っていうか、冗談だからな。いや、半分以上は本音だけど」

「いや、違う。そうじゃないんだ」


 マナトは、みかりを思い出していた。


「あなたは誰よりも優しい人です」


 必死になってそう訴えていた、ひたむきな瞳。

 彼女に俺はそう見えるらしい。

 彼女が本気で言っていることははっきりわかり、それはとても嬉しいものだった。


「お前さ、もしかして女のこと考えてたりする?」


 浩平に言われて、マナトはすんなり頷いた。


「ああ」

「気に入ったんだな。その子のことが」

「何でわかる?」

「お前、今、すごく幸せそうな顔してた」


 そう言われて、マナトは窓ガラスに映った自分に目をやる。


「別に変化は感じないけど」

「いやいや」

「相変わらずの神がかりなイケメンだ」

「はいはい」

「でもまあ、うん。気に入ってる、な」


 マナトはふっと微笑んだ。

 そう。今までずっと拒否してきた社長の椅子に座ってもいいか、と思うくらいには。

 彼女と一緒なら、どんな事でもきっと楽しい。

 そして……。


(深い絆を作るんだ。お互いの人生に大きな影響を与え合って)


 臆病で繊細な優しい天使を、逃げられないようにじわじわと自分に縛り付けてやる。

 そんな企みがマナトにはあった。


(感情のないロボットというより、俺は策士の悪魔だな)


 うん。新しい称号として、これからは悪魔を名乗ってみようか。

 マナトは浩平にきっぱりと告げる。


「というわけで、その子が俺の秘書になるから」

「え?」

「お前は多分、どっか別な役職につくと思うよ」


 浩平の顔が赤から青へと変わっていく。


(お、面白い)


 まじまじと見つめるマナトの前で、浩平は拳を握りしめながら叫んだ。


「早くそれを早く言え!!!!! バカ野郎おおおおおお!!!!!!」

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