「後を継ぐ? マジか」
五十嵐マナトの話を聞いて、田中浩平≪たなかこうへい≫は目を丸くした。
ここは高層マンションのペントハウスにある、広々としたおしゃれな一室。
マナトの部屋である。
田中浩平は五十嵐商事社長、五十嵐倫太郎の秘書だ。
マナトの高校時代からの悪友でもある。
「うん。お前には先に話しとこうと思って」
「そうか。そうなのか……そうか……」
浩平の肩が次第に落ちていくのを目の当たりにして、マナトは首を傾げる。
「どうした。何か問題でも?」
「ってことはスライドで俺がお前の秘書になるって事だろ? はあああ」
明らかに嫌がっている浩平を前に、マナトの眉はつり上がる。
「俺のどこが不満なんだ。神に選ばれし完璧な男だぞ」
「そういうところがすごく嫌!!」
浩平は両手で己の体を抱き、悪寒を止めている。
「自信家でビッグマウスで、しかしそれが決して嘘にならない文武両道のハイスペックヒーロー。それが君だ。そして高校時代からの付き合いの俺にはわかるんだ。そんな男の隣に並ぶのが、どういう事か」
「何が言いたい?」
本格的に気分を害したらしく、マナトはへの字顔で腕組みをする。
「地獄ってことだよ!」
浩平は吐き捨てるように叫ぶ。
「お前にはわかるまい。天才と比べられる人間の悲劇を」
「いや、むしろ想像つくけど? あれだろ、劣等感や嫉妬心に狂って嫌味をぶつけずにはいられない。そういうのなら、他の奴で覚えがある」
「理屈じゃなくて感情でわかるか?」
「いや、全然」
「だったらわかった顔をするなよ。この冷血漢め」
「え?」
マナトが、驚いたように浩平を見た。
「冷血漢……か」
「ん?」
浩平も不思議そうな表情になる。
「おい、まさか、傷ついたとか言うなよな。これくらいの煽りあい、普通だろ……っていうか、冗談だからな。いや、半分以上は本音だけど」
「いや、違う。そうじゃないんだ」
マナトは、みかりを思い出していた。
「あなたは誰よりも優しい人です」
必死になってそう訴えていた、ひたむきな瞳。
彼女に俺はそう見えるらしい。
彼女が本気で言っていることははっきりわかり、それはとても嬉しいものだった。
「お前さ、もしかして女のこと考えてたりする?」
浩平に言われて、マナトはすんなり頷いた。
「ああ」
「気に入ったんだな。その子のことが」
「何でわかる?」
「お前、今、すごく幸せそうな顔してた」
そう言われて、マナトは窓ガラスに映った自分に目をやる。
「別に変化は感じないけど」
「いやいや」
「相変わらずの神がかりなイケメンだ」
「はいはい」
「でもまあ、うん。気に入ってる、な」
マナトはふっと微笑んだ。
そう。今までずっと拒否してきた社長の椅子に座ってもいいか、と思うくらいには。
彼女と一緒なら、どんな事でもきっと楽しい。
そして……。
(深い絆を作るんだ。お互いの人生に大きな影響を与え合って)
臆病で繊細な優しい天使を、逃げられないようにじわじわと自分に縛り付けてやる。
そんな企みがマナトにはあった。
(感情のないロボットというより、俺は策士の悪魔だな)
うん。新しい称号として、これからは悪魔を名乗ってみようか。
マナトは浩平にきっぱりと告げる。
「というわけで、その子が俺の秘書になるから」
「え?」
「お前は多分、どっか別な役職につくと思うよ」
浩平の顔が赤から青へと変わっていく。
(お、面白い)
まじまじと見つめるマナトの前で、浩平は拳を握りしめながら叫んだ。
「早くそれを早く言え!!!!! バカ野郎おおおおおお!!!!!!」