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第12話 変身

 十三時少し前にマンションのエントランスへ。

 銅像前の壁にもたれるようにして待つマナトさんが目に入る。

 ハイブランドスーツを見事に着こなし、夜にあった時よりさらに洗練された佇まい。

 心臓が大変なほどざわめき始めた。正直、声をかける勇気がない。

 とはいえ、彼が私に気が付いて笑顔を向けるから……


「こんにちは」


 私はそう言いながら、ぎくしゃくと彼に近づいていく。


「やあ」


 真っ白な歯が薄い唇から覗き、一瞬、彼の背景に花びらが舞ったような錯覚を覚える。


(やっぱり眩しい……)


 自らを太陽と言い切るだけあって、昼間の輝きはすさまじかった。

 彼のオーラに目を細めながら、私はペコリと頭を下げる。


「あの、スーツをありがとうございます……それから兄のことも」

「どういたしまして。まあ、後で回収するつもりの初期投資だから安心して」


 マナトさんは謎な言葉を吐く。

 一ヶ月前には、あっという間に縮まった気がした彼との距離。でも当然それはリセットされてしまっている。

 男性への苦手意識だけでなく、マナトさんへの感情が、甘いものへと変わっている事にも気が付いて……戸惑っていた。


(どうしよう。会話の糸口が見つからない……そもそも呼び出しの理由もわからないし)


 私は彼と対峙しながら、この先どうしよう、とそればかりを考えていた。

 そんな私の内心など、彼は全然気にしてないそぶりだ。

 腕組みをして、じーっと私の全身を吟味のポーズで眺めている。


「やっぱりブルーは顔映りがいいね。君に合うと思ったんだ」

「ありがとうございます。実は靴を新調してなくて……うまく着こなせなくてごめんなさい」

「ああ、それは全然問題なし。用意してきたから」


 マナトさんはベンチを指さした。と、その下に白いヒールが置かれてある。


「えっ。私に???」

「そう。多分サイズぴったりだと思うよ。もし合わなかったら交換に行こう」

「そんなっ。何から何まで……」

「俺がしたくてやってんの。履かせてあげるから、そこに座って」


 爽やかな笑みを浮かべながら、マナトさんはベンチを指し示す。


 戸惑いながらも、私はエントランスのソファに座る。

 彼は足元に跪き、白い靴を手に取る。


「失礼」


 足首をそっと持ち上げられ、私は頬を赤くする。

 小さなスパンコールが散りばめられた、とても素敵な靴だった。

 ドキドキしながら、靴を脱がされ、新しいヒールへとマナトさんのサポートを受けながら足を通す。

 王子様にかしずかれているようで……感情が爆発しかけている。さっきから胸がさわがしい。生まれて初めての感覚だった。胸の奥が甘酸っぱく疼く。これは、どういう気持ちなんだろう。微かに申し訳なさもあるのだけれど……それ以外の何かが私の心を満たし、ざわつかせている。


「ぴったりだね」


 マナトさんに手を取られ、壁側にある鏡の前へ。

 新しい靴とスーツに身を包んだ私は、いつもの私じゃないみたいだった。

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