十三時少し前にマンションのエントランスへ。
銅像前の壁にもたれるようにして待つマナトさんが目に入る。
ハイブランドスーツを見事に着こなし、夜にあった時よりさらに洗練された佇まい。
心臓が大変なほどざわめき始めた。正直、声をかける勇気がない。
とはいえ、彼が私に気が付いて笑顔を向けるから……
「こんにちは」
私はそう言いながら、ぎくしゃくと彼に近づいていく。
「やあ」
真っ白な歯が薄い唇から覗き、一瞬、彼の背景に花びらが舞ったような錯覚を覚える。
(やっぱり眩しい……)
自らを太陽と言い切るだけあって、昼間の輝きはすさまじかった。
彼のオーラに目を細めながら、私はペコリと頭を下げる。
「あの、スーツをありがとうございます……それから兄のことも」
「どういたしまして。まあ、後で回収するつもりの初期投資だから安心して」
マナトさんは謎な言葉を吐く。
一ヶ月前には、あっという間に縮まった気がした彼との距離。でも当然それはリセットされてしまっている。
男性への苦手意識だけでなく、マナトさんへの感情が、甘いものへと変わっている事にも気が付いて……戸惑っていた。
(どうしよう。会話の糸口が見つからない……そもそも呼び出しの理由もわからないし)
私は彼と対峙しながら、この先どうしよう、とそればかりを考えていた。
そんな私の内心など、彼は全然気にしてないそぶりだ。
腕組みをして、じーっと私の全身を吟味のポーズで眺めている。
「やっぱりブルーは顔映りがいいね。君に合うと思ったんだ」
「ありがとうございます。実は靴を新調してなくて……うまく着こなせなくてごめんなさい」
「ああ、それは全然問題なし。用意してきたから」
マナトさんはベンチを指さした。と、その下に白いヒールが置かれてある。
「えっ。私に???」
「そう。多分サイズぴったりだと思うよ。もし合わなかったら交換に行こう」
「そんなっ。何から何まで……」
「俺がしたくてやってんの。履かせてあげるから、そこに座って」
爽やかな笑みを浮かべながら、マナトさんはベンチを指し示す。
戸惑いながらも、私はエントランスのソファに座る。
彼は足元に跪き、白い靴を手に取る。
「失礼」
足首をそっと持ち上げられ、私は頬を赤くする。
小さなスパンコールが散りばめられた、とても素敵な靴だった。
ドキドキしながら、靴を脱がされ、新しいヒールへとマナトさんのサポートを受けながら足を通す。
王子様にかしずかれているようで……感情が爆発しかけている。さっきから胸がさわがしい。生まれて初めての感覚だった。胸の奥が甘酸っぱく疼く。これは、どういう気持ちなんだろう。微かに申し訳なさもあるのだけれど……それ以外の何かが私の心を満たし、ざわつかせている。
「ぴったりだね」
マナトさんに手を取られ、壁側にある鏡の前へ。
新しい靴とスーツに身を包んだ私は、いつもの私じゃないみたいだった。