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第9話 ブリキの木こり

「……マナトさん」

「ん?」

「何故、会社を継がないんですか? あなたならとても良い社長になれそうなのに」

「他人の敷いたレールに乗るのはイージーモードでつまらない。そう思ってたからだ」


 なぜか過去形で話すマナトさんの眉間には、うっすらと縦皺が寄っている。


「イージーモード? 五十嵐商事の社長が、ですか?」

「そう。俺なら余裕でこなせる。だからやらない。そう思ってた。だけど」


 マナトさんは自嘲気味な笑みを浮かべた。


「多分、それは大いなる勘違いだ。ちっぽけな男だよ。俺なんて」


 マナトさんはゆっくりとハンドルを切る。


「さっき思い出したんだ。俺も母に『ブリキの木こり』って言われてたんだよ。知ってる? 『オズの魔法使い』っていう小説」

「ええ。うろ覚えですけど……少女と三人の異人が欲しいものを求めて旅をする話だったかな? 木こりはハートを求めていたんでしたっけ。自分には心がない、って」


 心とは優しさや思いやりということだろうか。

 それがない、ってことは、木こりは冷血人間ってこと???


「うん。『感情のないロボット』そのものだよね。やっぱり俺も父の息子なんだなあ。他人を機能や役割で見てしまうところがある。ナチュラルに道具扱いするんだ。君にもその癖を発揮して振られたしね」

「でもそれは恋愛だから……!」

「君なら仕事相手でも初対面の相手でも誰のことも物扱いなんてしないだろ?」

「それは……」

「父の時代なら通用したけど今の時代に、心のない男がトップになっても通用しないよ。きっと」


 私はつい考え込む。


「あ、ごめん。マッチ売りの少女に聞かせる話じゃなかったよね。セレブの戯言に聞こえたろ?」


 私は首を左右に振った。


「いえ、そうそうじゃなくて……私が気になるのは、お母さまの事です」

「母?」

「本当に『ブリキの木こり』なんて言ったんですか? マナトさん、まだ子供だったんでしょう?」

「亡くなったのが小学生の時だからその頃かな」

「幼い子供にレッテルを貼るのも何だか違和感ありますし、そもそもマナトさん、とっても優しいじゃないですか。今まで私が出会ってきた中でも、トップクラスの優しさだと思うわ。そんなあなたが『心のないブリキの木こり』なんて……ピンときません。何か誤解があるんじゃないでしょうか」


 真翔さんの綺麗な顔が、一瞬、変な形に崩れた。


「は?」


 こっちを向く。目が点になっていた。


「空耳が聞えたんだけど?」

「いいえ。聞き間違いじゃありません。マナトさんは誰よりも温かくて、優しい人です」

「ゲホゲホッ」


 今度は盛大にむせこんでしまう。

 まるで、そんな事、一度も言われたことありませんけど? 的なきょどり様。

 何か変なムーブをしてしまったのだろう、と私はその顔で察しをつける。

 実は私こそ、ノンデリカシーの王様。圧倒的に空気を読む力がない。

 自戒として家族問題には切り込まないと決めているのに、その禁をまた破っている。バカだった。

 本気で呆れられる前に真意を言わなきゃ。自然に早口になってくる。


「だって私、コミュ障で仕事も首になったばっかりで、誰かの愚痴じゃなきゃ、会話も回せないその辺に転がっている石みたいな存在なわけです……」

「石? ずいぶん飛躍したな。よくわからないけど、とりあえず続けて」

「でも、そんな私を信じてくれて……本音を語ってくれてるわけで」

「えっと、そりゃ君を信じてるからね」

「それに、人は誰だって何かを抱えてると思うんです……あなたが平坦な道を歩いてきたなんて、私には思えません。なのにイージーモードなんて言える心の強さ……だからどんな道を選んでも、きっとあなたなら大成功を」

「あああああ……くそ、全然頭に入ってこない。なんかいいこと言ってくれてるんだろうけど!」


きゅっとハンドルを切り、マナトさんはコンビニの駐車場へ停車した。

ハンドルにもたれかかるようにして、私に叫ぶ。


「さあ、答えてもらおうか。俺のどこが優しいんだ?!」

「え? やっぱり?! 怒っちゃいました?! めちゃくちゃ偉そうでしたよね。すみません」

「いいからとっとと答えなさい」


 王子様フェイスに苛立ちの色が見える。


「は、は、はい」


 私は緊張しながら語り始める。


「私とちゃんと向き合ってくれたじゃないですか。いい歳して恋がしたい、なんて言ってる私を、あなたはちっとも笑わなかった」

「まさかそれをカウントしてるの? 愚かだね……俺は今からでも、あの時間をやり直したいくらいなのに」

「私はそれを優しさとして受け取りました。あげた星を返さないでください……だって本当に嬉しかったんですよ。チャラ男の兄ならヘラっと恋してる振りができちゃいます」

「むしろ、そうするべきだった」


 マナトさんはぐっ、と唇を噛み締める。


「君はすれてないからな。ほとんどの人間をいいように見るんだろう。君のつけてる眼鏡は世の中を綺麗に見過ぎてるんだよ」

「あなたの眼鏡よりイガさんの眼鏡より、私の眼鏡のほうがよっぽど正しいわ」


 私はムッとして言い返す。


「もしさっき私がお話を受けていたら、弁護士を紹介して前職に掛け合ってくれるつもりだったんでしょう? そんな面倒な事、優しい人じゃないと絶対にしないわ」

「……ただのお人よしだと思ってる? 下心なら全然あるよ。そもそもチャラ男の兄を持っててさ、そこまで簡単に人を信じられる理由がわからない」

「簡単じゃないわ」


 私は真っすぐに彼の目を見た。


「さっき、あなたは私を信じてくれた。それで、私がどれほど救われたか……」

「そんなの当たり前だろう」


 きっぱりと言われて、泣きそうになる。嬉しくて。


「当たり前じゃないんです」


 噛みしめながらそう告げる。


「真夜中に父親の呼び出しに応じて迎えに行く、初対面の私を心配してくれる……あなたの優しさを、この数時間で何度も見ました。それが偶然? そんなわけないわ」


 私には確信があった。マナトさんはきっと無意識に人を救ってる。

 だから、いざと言う時、正しい動きがとれるのだ。


「マナトさんに外付けパーツなんて、いらないんです。だって、誰よりも温かいハートを持ってるんですから。節穴達の言うことをまにうけて、心がないなんて思わないで……そんなの……優しい人がそうじゃない人に傷つけられる世界なんて……私は嫌い。惑わされないでください」


 そう。

 最初にその話題が出た時私はそう言いたかった。

 イガさん……あなたは間違ってます。

 ……って。


「君って人は……」


 マナトさんは両目を大きく見開き、みるみる顔を赤くした。

 私は驚いてその顔を見つめる。マナトさんは視線を遮るようにてのひらを広げて顔を隠した。


「どうしたんですか? 顔が……真っ赤……」

「君のせいだ。責任取れよ」


 指の間からのぞく、切れ長の上目遣いが色っぽかった。



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