二人を見送った後、スーツが汚れていることに気がついて、動きやすいパンツルックに。
忙しそうなら裏方を手伝おうと、着替えを持ってきていたのが幸いした。
スタッフルームで明子が烏龍茶を渡してくれる。
「ごめんね。酔っ払いのお世話なんてさせちゃって。でも助かった。あんたって、咄嗟の動きが完璧なのよねえ。まあ、こういう時に普段の行いがでるからね」
夕方、彼女から「すいてるから遊びにおいでよ」と誘われた時は、正直全然乗り気じゃなかった。
無職だし彼女に頼りっぱなしだし、こんな時にお一人様飲みなんて、贅沢だと思ったからだ。
しかし、「たまにはストレス解消も大切よ!」と押し切られ、結果、確かに気分が変わった。良い出会いもあったし、厄を一気に落としたみたい。
「恩返しするって言ってるんでしょ? 五十嵐商事に就職させてもらえば? ラッキーじゃない」
「とんでもないよ。あんな大手企業の社員なんて、私には無理無理」
私はブルブルと体を震わせる。そして気がついた。
(そっか。マナトさんは……社員どころのプレッシャーじゃないだろうな……)
日本を代表する企業の後継ぎを嘱望される重圧に比べたら、一家に一台のチャラ男問題なんて、些細なことなのかも。
ふっ、とまた、肩の力が抜けた気がする。
「決めた。明日から仕事を探すよ。失業手当なんて当てにするのはやめてさっさと動くわ」
そこそこ長く勤めた会社をあっけなく放り出された経験から、どうも求職活動に前向きになれずにいた。
しかしいい加減、浮上する時期だろう。
「いいわね。さすがはポジティブシンキング。きっかけがあると、あなたは立ち上がる人だから」
明子は笑った。
◇ ◇ ◇
タクシーを拾うため街路に出ると、街灯がまるで光の雨を降らせているかのように輝いていた。
ネオンの反射がアスファルトに跳ね返り、足元を淡く彩る。
赤いスポーツカーが車道沿いの車止めにとまる。
なんとなく目をやった私は、降りてきた人物を見てハッとした。
「みかりん!!」
彼は笑顔で片手をブンブン振っていた。
耳に残る低く響く声が、夜の空気を震わせる。
「マナトさん……」
「良かった。間に合った」
こちらに近づいてくるマナトさんを見て、思わず息を飲む。
路地裏の薄明かりを背に、彼はまるで自家発光しているかのようだった。視界に差し込む眩しさが、心の奥まで届くように感じられた。
「着替えたんだね。めっちゃ可愛い」
マナトさんは私の全身をざっと見た。
可愛いなんて言われて、私はポッと顔を赤くしてしまう。なんだかフロアにいた時と空気感が違う。
どことなく甘い香りがするのは、イガさんがいないせいだろうか。
「イガさんは大丈夫ですか……?」
「クークー寝てるよ。酔っ払いは執事に預けて君に会いにきた。そっちの方が百倍大事だからね」
私に……?
どきんと心臓が跳ね上がる。
「これ」
おもむろにマナトさんは紙袋を差し出した。
「……ん?」
条件反射のように受け取った後、私は首を傾げる。
「着替えだよ。古着だけど……俺にとっては大切なものだ。君にあげる」
「えっ。そんな……」
「諸々のお礼。まあ、こんなんじゃ足りない気分だけどね。受け取ってもらえると嬉しい」
星を返すなという、教えられたての価値観を思い出し私はおずおずと紙袋を取る。
「ありがとうございます……気を遣わせてごめんなさい」
「こっちのセリフ」
マナトさんはふっと笑い
「家まで送るから」
車のドアを開け私を誘う。
「え?」
思いがけない言葉に、私は目をパチパチさせた。
「ど、どうして?」
「話があるんだ」