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第7話 お迎え

 二人を見送った後、スーツが汚れていることに気がついて、動きやすいパンツルックに。

 忙しそうなら裏方を手伝おうと、着替えを持ってきていたのが幸いした。

 スタッフルームで明子が烏龍茶を渡してくれる。


「ごめんね。酔っ払いのお世話なんてさせちゃって。でも助かった。あんたって、咄嗟の動きが完璧なのよねえ。まあ、こういう時に普段の行いがでるからね」


 夕方、彼女から「すいてるから遊びにおいでよ」と誘われた時は、正直全然乗り気じゃなかった。

 無職だし彼女に頼りっぱなしだし、こんな時にお一人様飲みなんて、贅沢だと思ったからだ。

 しかし、「たまにはストレス解消も大切よ!」と押し切られ、結果、確かに気分が変わった。良い出会いもあったし、厄を一気に落としたみたい。


「恩返しするって言ってるんでしょ? 五十嵐商事に就職させてもらえば? ラッキーじゃない」

「とんでもないよ。あんな大手企業の社員なんて、私には無理無理」


 私はブルブルと体を震わせる。そして気がついた。


(そっか。マナトさんは……社員どころのプレッシャーじゃないだろうな……)


 日本を代表する企業の後継ぎを嘱望される重圧に比べたら、一家に一台のチャラ男問題なんて、些細なことなのかも。

 ふっ、とまた、肩の力が抜けた気がする。


「決めた。明日から仕事を探すよ。失業手当なんて当てにするのはやめてさっさと動くわ」


 そこそこ長く勤めた会社をあっけなく放り出された経験から、どうも求職活動に前向きになれずにいた。

 しかしいい加減、浮上する時期だろう。


「いいわね。さすがはポジティブシンキング。きっかけがあると、あなたは立ち上がる人だから」


 明子は笑った。


◇ ◇ ◇


 タクシーを拾うため街路に出ると、街灯がまるで光の雨を降らせているかのように輝いていた。

 ネオンの反射がアスファルトに跳ね返り、足元を淡く彩る。

 赤いスポーツカーが車道沿いの車止めにとまる。

 なんとなく目をやった私は、降りてきた人物を見てハッとした。


「みかりん!!」


 彼は笑顔で片手をブンブン振っていた。

 耳に残る低く響く声が、夜の空気を震わせる。


「マナトさん……」

「良かった。間に合った」


 こちらに近づいてくるマナトさんを見て、思わず息を飲む。

 路地裏の薄明かりを背に、彼はまるで自家発光しているかのようだった。視界に差し込む眩しさが、心の奥まで届くように感じられた。


「着替えたんだね。めっちゃ可愛い」


 マナトさんは私の全身をざっと見た。

 可愛いなんて言われて、私はポッと顔を赤くしてしまう。なんだかフロアにいた時と空気感が違う。

 どことなく甘い香りがするのは、イガさんがいないせいだろうか。


「イガさんは大丈夫ですか……?」

「クークー寝てるよ。酔っ払いは執事に預けて君に会いにきた。そっちの方が百倍大事だからね」


 私に……?

 どきんと心臓が跳ね上がる。


「これ」


 おもむろにマナトさんは紙袋を差し出した。


「……ん?」


 条件反射のように受け取った後、私は首を傾げる。


「着替えだよ。古着だけど……俺にとっては大切なものだ。君にあげる」


「えっ。そんな……」

「諸々のお礼。まあ、こんなんじゃ足りない気分だけどね。受け取ってもらえると嬉しい」


 星を返すなという、教えられたての価値観を思い出し私はおずおずと紙袋を取る。


「ありがとうございます……気を遣わせてごめんなさい」

「こっちのセリフ」


 マナトさんはふっと笑い


「家まで送るから」


 車のドアを開け私を誘う。


「え?」


 思いがけない言葉に、私は目をパチパチさせた。


「ど、どうして?」

「話があるんだ」


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