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第5話 ショーケース

 なんて事だろう。

 いつの間にか私はショーケースの上にのっていて、王子の吟味を受けており……!


「と言うわけでどう? みかりん、俺と付き合ってみる?」


 なんと、合格ラインを通過したらしい!


 とてつもなく美しいルックスに親しみやすい笑みを浮かべ、なおかつ色っぽい上目遣い。

 美悪魔という称号がカチッとハマる、妖艶な表情。

 世界よ、ひれ伏せ、という声が聞こえてきそうな佇まいだ。

 そんな彼に、付き合おうと言われた、自称崖っぷち女の私。


(これは夢?)


 私はブルブルと首を左右に振った。

 いいや、現実。だって私は全然酔ってない。

 王子様に、成り行きとはいえ、交際を申し込まれている……!


 顔が一気に赤くなり、心臓が早鐘を打ち始める。

 王子じゃなくても、こんな経験は初めてで……頭の中がくらくらして倒れそうになっている。

 が、倒れるわけにもいかなくて。

 私はゴクリと唾をのみ、


「無理ですっ!」


 絞り出すようにそう言った。

 マナトさんは両目を見開いた。


「えっ、断るの? 俺なのに?」


 私はあー、やめて、罪悪感で死にそうです! なんて内心思いながらも、こくこくと首を縦に振る。


「神が特別扱いしてこしらえた完全体。それが俺だよ。少しは考えてみた方がいいんじゃない?」

「ええ。それでも無理は無理」

「検討の余地なし? マジか」


 マナトさんの顔色がみるみる青ざめていく。

 己が他人に与えたダメージを目の当たりにして、私もショックを隠せない。


「ううっ。ごめんなさい! 私なんぞが偉そうに……! 火炙りに処されても文句は言えない……!」

「贖罪はいいから理由が知りたい。想定外な出来事だからね。まあ見てよ。みかりん」


 マナトさんは少し顎を引いて、ポーズをとった。


「頭脳明晰、文武両道、家柄はレアレベル、ハイスペック人間な俺だけど、もっとわかりやすい武器がある。ルックスだよ。どのコミュニティでも王子と呼ばれ、子供の頃から街を歩けばスカウトされていた。鏡を見るたびこう思うよ。「神様。特別扱いをありがとう」とね」


 凄い自信。でもわかる。

 確かにこの人は特別な人だ。

 マナトさんを中心に光がパーっと広がっているような気がするもの。

 並ぶと自分までスポットライトの中にいる気分。こういうのにときめく乙女は多い気がする。


「だから普通に謎なんだけど。なんで君ってそんな俺をハズレくじ扱いなの? 俺のどこが不満なわけ?」

「不満だなんて……全くありません!!! ずっと見ていたい……もとい、お話ししていたい気持ちでいっぱいです!」

「じゃあ、なんで俺じゃダメなんだ?」


 彼が、ずいっと顔を近づけてくる。

 凄まじい美貌に浮かぶ疑問の色。

 私は自分で自分にドン引きしていた。

 ただの石ころみたく平凡な崖っぷち女が、王子に……たとえ成り行きとはいえ……迫られて拒否しているなんて……。

 自分何様?!?! 

 でも……。


「付き合うって、恋人同士になるって事ですよね……?」


 恥ずかしいけどまずは確認。


「もちろん。うちなら結婚前提ってのもある。君なら、いい奥さんになれそうだし。父も気に入ってるから話を進めるのは早いと思うよ」


 うん。やっぱり、この目は……選択の目だ。

 マナトさんの目に私は、いい商品と映っているのだろう。

 ありがたいけど……こんなに買いかぶられること、一生ないかもしれないけれど……!

 王子様との出会いも最初で最後だと思うけれど……。

 それじゃダメだ。だって私が求めているのは……。


「ごめんなさい。私……………………恋がしたいんです!」

「え……? こ、い?」 


 マナトさんはキョトンとした表情を浮かべる。


「ええ。恋です。池の鯉ではなくて恋愛の」

「さすがに、それくらいはわかるよ、みかりん」

「足りないものを補い合う……ビジネスや……友情ならそれもありかもしれません。でも、結婚や交際はそれとは全然違うじゃないですか。どちらも好きな人と始めるものだと思うんです。単刀直入に言ってマナトさん、私に恋……してないですよね?」


 意外にもマナトさんはこう言った。


「好意ならあるよ。一目見た時から。君、俺のドストライクだもん」

「いい子そうだから……ですよね。そう思っていただけるのは嬉しいです。でも私はそんなに立派じゃありません。兄貴の愚痴だって言うし悪口だって言う。こんなはずじゃなかった、って返品したくなるかも。でも、ちゃんと私に恋をしてくれてたら、いい子じゃなくても悪い子でも……ずっと傍においてもらえるんじゃないかな」

「結婚なんて人生の一大事じゃん。恋なんて不確かなものより、性能を見るのはアリだと思うけど」

「そ、そうなのかもしれませんが」


 私はモジモジしながらもこう続ける。


「私、恋愛経験0なんです。兄がチャラ男で、男性不信っぽくなって……学生時代、男子とほとんど喋れませんでした。でも、だからこそ……運命の相手と真剣な恋がしたいんです。でないと最初の一歩を刻めません」


 夢見るお花畑と言われても、私にとって、異性との交際に恋やときめきは必須条件だ。

 なんとなく、誰かに推薦されたから付き合う、なんてあり得ない。


 すごく長い沈黙の後、マナトさんは「なるほどなあ」と呟いた。


「……とりあえず言いたい事はわかった。最後にちょっとだけ試させて」


 マナトさんは私の肩に手を置いた。


「十秒間、俺の目を見て。瞬きせずに」

「えっ」

「お願い」


 私はドキドキしながらも、彼の要望に従った。

 間近にある綺麗な顔。

 私もその目を見ているけれど、彼の目も私を見ており……。


「あの、そろそろ、いいですか?」


 瞬きしながら私は言う。


「うん。何か感じた?」

「本当に綺麗な人だなあ、って」

「……なるほど。心に波風ひとつ立たなかったってことね。手ごわいな」


 マナトさんは苦笑する。


「とりあえずご協力ありがとう。まあ、ここまで試してだめなんだから、納得したよ。俺の魔力は君には効かない」

「す、すみません!」

「でもまあ、最後に一言忠告させて。君、知れば知るほど、凄く真面目でいい子だからさ。幸せになってもらいたいんだ」

「はい」


 私は居住まいをただす。


「君は、もっと、ズルく生きてもいいと思うなあ。ズルさ、ってある意味賢さでもあると思うんだよね。君みたいに欲のないいい人が報われる世界であってほしいけどさ、結局チャラ男の兄貴に邪魔されて、会社を首になってるわけだし」


 確かに。それを言われると弱い。


「今夜の事だってさ、数年後に、惜しかったなあって思う日がくるかもしれない。玉の輿って案外乗り心地いいと思うしね。まあ、でも、まあ、ここまでにしておくよ。運命の恋に出会えるといいね」


 あ、わかってくれたんだ、とその吹っ切れたような表情でわかる。


「ありがとうございます。マナトさんも幸せになってくださいね!」


 私は心の底からそう告げた。

 こんな、モテまくってそうな人を、成り行きとはいえ、振ってしまった。

 そんな自分をあっさり許してくれるなんて、いい人だなあ、とつくづく思う。


 と、その時。もしもし


「んんんん」


 至近距離からうめき声が聞こえてきた。

 振り返るとイガさんが天井に口をあけて寝ている姿が目に入った。

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