なんて事だろう。
いつの間にか私はショーケースの上にのっていて、王子の吟味を受けており……!
「と言うわけでどう? みかりん、俺と付き合ってみる?」
なんと、合格ラインを通過したらしい!
とてつもなく美しいルックスに親しみやすい笑みを浮かべ、なおかつ色っぽい上目遣い。
美悪魔という称号がカチッとハマる、妖艶な表情。
世界よ、ひれ伏せ、という声が聞こえてきそうな佇まいだ。
そんな彼に、付き合おうと言われた、自称崖っぷち女の私。
(これは夢?)
私はブルブルと首を左右に振った。
いいや、現実。だって私は全然酔ってない。
王子様に、成り行きとはいえ、交際を申し込まれている……!
顔が一気に赤くなり、心臓が早鐘を打ち始める。
王子じゃなくても、こんな経験は初めてで……頭の中がくらくらして倒れそうになっている。
が、倒れるわけにもいかなくて。
私はゴクリと唾をのみ、
「無理ですっ!」
絞り出すようにそう言った。
マナトさんは両目を見開いた。
「えっ、断るの? 俺なのに?」
私はあー、やめて、罪悪感で死にそうです! なんて内心思いながらも、こくこくと首を縦に振る。
「神が特別扱いしてこしらえた完全体。それが俺だよ。少しは考えてみた方がいいんじゃない?」
「ええ。それでも無理は無理」
「検討の余地なし? マジか」
マナトさんの顔色がみるみる青ざめていく。
己が他人に与えたダメージを目の当たりにして、私もショックを隠せない。
「ううっ。ごめんなさい! 私なんぞが偉そうに……! 火炙りに処されても文句は言えない……!」
「贖罪はいいから理由が知りたい。想定外な出来事だからね。まあ見てよ。みかりん」
マナトさんは少し顎を引いて、ポーズをとった。
「頭脳明晰、文武両道、家柄はレアレベル、ハイスペック人間な俺だけど、もっとわかりやすい武器がある。ルックスだよ。どのコミュニティでも王子と呼ばれ、子供の頃から街を歩けばスカウトされていた。鏡を見るたびこう思うよ。「神様。特別扱いをありがとう」とね」
凄い自信。でもわかる。
確かにこの人は特別な人だ。
マナトさんを中心に光がパーっと広がっているような気がするもの。
並ぶと自分までスポットライトの中にいる気分。こういうのにときめく乙女は多い気がする。
「だから普通に謎なんだけど。なんで君ってそんな俺をハズレくじ扱いなの? 俺のどこが不満なわけ?」
「不満だなんて……全くありません!!! ずっと見ていたい……もとい、お話ししていたい気持ちでいっぱいです!」
「じゃあ、なんで俺じゃダメなんだ?」
彼が、ずいっと顔を近づけてくる。
凄まじい美貌に浮かぶ疑問の色。
私は自分で自分にドン引きしていた。
ただの石ころみたく平凡な崖っぷち女が、王子に……たとえ成り行きとはいえ……迫られて拒否しているなんて……。
自分何様?!?!
でも……。
「付き合うって、恋人同士になるって事ですよね……?」
恥ずかしいけどまずは確認。
「もちろん。うちなら結婚前提ってのもある。君なら、いい奥さんになれそうだし。父も気に入ってるから話を進めるのは早いと思うよ」
うん。やっぱり、この目は……選択の目だ。
マナトさんの目に私は、いい商品と映っているのだろう。
ありがたいけど……こんなに買いかぶられること、一生ないかもしれないけれど……!
王子様との出会いも最初で最後だと思うけれど……。
それじゃダメだ。だって私が求めているのは……。
「ごめんなさい。私……………………恋がしたいんです!」
「え……? こ、い?」
マナトさんはキョトンとした表情を浮かべる。
「ええ。恋です。池の鯉ではなくて恋愛の」
「さすがに、それくらいはわかるよ、みかりん」
「足りないものを補い合う……ビジネスや……友情ならそれもありかもしれません。でも、結婚や交際はそれとは全然違うじゃないですか。どちらも好きな人と始めるものだと思うんです。単刀直入に言ってマナトさん、私に恋……してないですよね?」
意外にもマナトさんはこう言った。
「好意ならあるよ。一目見た時から。君、俺のドストライクだもん」
「いい子そうだから……ですよね。そう思っていただけるのは嬉しいです。でも私はそんなに立派じゃありません。兄貴の愚痴だって言うし悪口だって言う。こんなはずじゃなかった、って返品したくなるかも。でも、ちゃんと私に恋をしてくれてたら、いい子じゃなくても悪い子でも……ずっと傍においてもらえるんじゃないかな」
「結婚なんて人生の一大事じゃん。恋なんて不確かなものより、性能を見るのはアリだと思うけど」
「そ、そうなのかもしれませんが」
私はモジモジしながらもこう続ける。
「私、恋愛経験0なんです。兄がチャラ男で、男性不信っぽくなって……学生時代、男子とほとんど喋れませんでした。でも、だからこそ……運命の相手と真剣な恋がしたいんです。でないと最初の一歩を刻めません」
夢見るお花畑と言われても、私にとって、異性との交際に恋やときめきは必須条件だ。
なんとなく、誰かに推薦されたから付き合う、なんてあり得ない。
すごく長い沈黙の後、マナトさんは「なるほどなあ」と呟いた。
「……とりあえず言いたい事はわかった。最後にちょっとだけ試させて」
マナトさんは私の肩に手を置いた。
「十秒間、俺の目を見て。瞬きせずに」
「えっ」
「お願い」
私はドキドキしながらも、彼の要望に従った。
間近にある綺麗な顔。
私もその目を見ているけれど、彼の目も私を見ており……。
「あの、そろそろ、いいですか?」
瞬きしながら私は言う。
「うん。何か感じた?」
「本当に綺麗な人だなあ、って」
「……なるほど。心に波風ひとつ立たなかったってことね。手ごわいな」
マナトさんは苦笑する。
「とりあえずご協力ありがとう。まあ、ここまで試してだめなんだから、納得したよ。俺の魔力は君には効かない」
「す、すみません!」
「でもまあ、最後に一言忠告させて。君、知れば知るほど、凄く真面目でいい子だからさ。幸せになってもらいたいんだ」
「はい」
私は居住まいをただす。
「君は、もっと、ズルく生きてもいいと思うなあ。ズルさ、ってある意味賢さでもあると思うんだよね。君みたいに欲のないいい人が報われる世界であってほしいけどさ、結局チャラ男の兄貴に邪魔されて、会社を首になってるわけだし」
確かに。それを言われると弱い。
「今夜の事だってさ、数年後に、惜しかったなあって思う日がくるかもしれない。玉の輿って案外乗り心地いいと思うしね。まあ、でも、まあ、ここまでにしておくよ。運命の恋に出会えるといいね」
あ、わかってくれたんだ、とその吹っ切れたような表情でわかる。
「ありがとうございます。マナトさんも幸せになってくださいね!」
私は心の底からそう告げた。
こんな、モテまくってそうな人を、成り行きとはいえ、振ってしまった。
そんな自分をあっさり許してくれるなんて、いい人だなあ、とつくづく思う。
と、その時。もしもし
「んんんん」
至近距離からうめき声が聞こえてきた。
振り返るとイガさんが天井に口をあけて寝ている姿が目に入った。