「は???? イガさん、どうしたんですか? 私のせい? ご、ご、ごめんなさい!」
「違うんだ」
イガさんの目じりに白いハンカチを押し当てながらマナトさんが言う。
「感情のないロボットは死んだ母の口癖でね……君ので思い出したんだと思うよ」
「その通り。まさかその言葉をもう一度聞く日が来るとはのう」
イガさんはこくりと頷く。
「……わしは効率性を重んじて人の感情を
「私のは一般論ですよ。イガさん単体の話ではなく」
「いや、図星だよ。だからストレートに刺さっちゃったんだよね。君、すごいねー」
「ぐっ」
「ともすれば、冷血へと傾くわしの操縦桿を握っていたのが妻じゃった……何もかもが懐かしい」
と、イガさんは私の手を両手でがっちりつかんだ。
「みかりさん!」
「は、はい」
「あんたのお陰で大切な事に気が付いたわい」
「え、どういうことですか!?」
「こういうことじゃ」
イガさんはマナトさんに向き直った。
「マナトよ。わしら一族に必要なのは家柄でも資産でもない。温かいハートの持ち主じゃ。そして運命の相手は今目の前におる。彼女は偶然にも妻と同じフレーズを口にした。これは正しく天からの啓示」
んん??????
なんだか嫌な予感がする。
「もうわかるな。みかりさんじゃよ。彼女は人呼んで『令和のマッチ売りの少女』。健気で優しく献身的で……まさしく五十嵐家に不足しておる重要パーツじゃ!」
イガさんの目線がチラリと私に向けられて……。
勘違いではないと確信する。
「へ、へ、へ、」
変なキャッチフレーズはやめてください、と言いたかったのに、
「へええ。マッチ売りの少女か。健気って事だよね? 令和の時代にそれはレアかも」
マナトさんはまにうけて感心している。
顎に手をやり、私の全身を舐めるように見つめるその美しい眼差しは……さっきまでの落ち着いたものとは違う色を帯びていた。
◇◇◇
「ちょっと待ったぁ!!!!」
私の意識は傍聴席から再び二人が待つ法定へと駆け上る。
「イガさんったら、冗談もいい加減にしてください」
「冗談どころか大真面目じゃ!」
イガさんは興奮気味に言い、マナトさんに視線を向けた。
「マナト、今からみかりさんがどれだけの掘り出し物か説明する。しかと聞け!」
「了解!」
「みかりさんはな、ダメ兄のせいで会社をクビになったにも関わらず、文句ひとつ言わず借金を肩代わりしておるのじゃ」
「へええ。家族思いだねえ」
「全然です! 愚痴を言いまくってたじゃないですか!? 忘れたの?」
「あの程度じゃ愚痴とは言わん。可愛らしいもんじゃ」
「それに肩代わりなんて……月々いくらか返済してるだけなのに! マナトさん騙されちゃだめですよ!」
「美点を誇示するでもなく隠す。奥ゆかしさの極み。お前に爪の垢を煎じて飲ませたいわ」
「父さん、プレゼン上手いね。俄然飲みたくなってきたよ」
ああ言えばこう言う。
イガさんの繰り出す褒め殺しをなんでもかんでも肯定するマナトさん。
まるで予定調和なプレゼン会議を見せられているみたい。
私は縋るような目でマナトさんを見た。
「イガさんに無理矢理合わせなくていいですから……ぴしっと断ってください! 私、全然平気ですから!」
後を継ぐこともお見合いも、イガさんの提案全てに気が乗らない態度だったマナトさん。
今度も当然そうだと思っていたのに……。
マナトさんはあっさりこう言ったのだ。
「いや、足りないパーツを外部で補うのは理にかなってるし、君は優秀な外付けパーツだと俺も思うよ。かなりの当たりくじかな」
「は???」
もう一度不可思議な色の瞳と視線がぶつかる。
そして私は気がついた。
(マナトさんのこの目……陳列棚の商品を見定める目だ……!)
私は自他共に認める倹約家。欲しいものはがっつり吟味する。
お気に入りをゲットした時の気分は最高。でもそれは……当然、物に対する視線であって……。
「と言うわけでどう? みかりん、俺と付き合ってみる?」
はあああああああ????
ちーん。まさかのお買い上げ?!?!?!
天地がひっくり返るほどの衝撃に、私の心臓は跳ね上がった。