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第五十四話

「――うん、しっかり無事。力調整したし……この程度で死んだってなったら私埼玉支部に直訴しに行こうかな? オタクのクソ部下オタク弱すぎませんか、ってね」

 助け舟を出した、と言うよりは迎えに来た学園長。たった一撃で相手をノックダウンした、鼬の最後っ屁すらさせない、それほどの強靭さに透たちは驚愕していた。

「――――あ、アンタ何モンだよ」

 その透の問いに、おどけつつ真面目に答える学園長。

「無論、只の『原初の英雄』さ」

 只の、と片付けるには強すぎた。何せ、能力適用範囲内であり透たちすべてを戦闘不能状態に追い込んだ、ほぼ無傷のダイヤが、能力を受けていたはずの、変身もしていない学園長の一撃で意識が飛び事切れたのだから。しかもその衝撃を何とか受け止めた高速道路の高い壁は、完全にひしゃげて壁としての機能を果たしていない。

 向こう側に広がる東京の夜景。それが被害の全てを物語っていたのだ。

 怪人の中身が女だろうと関係ない、一切の情け容赦のない一撃を見て、透は確信していたのだ。自分の『したい事』を成すためには、この人物でないといけない、そうでないと短い間には成長など夢のまた夢である。

 実際問題、礼安と院が入学したての一年次でありながら、下手な二年次、三年次よりも強くなった理由は短期間に『それなりの』経験をしたから。命がかかっているのなら、人間は案外すぐに成長できるものである。

 透たち三人は、信一郎に対し土下座をする。特に透は深い土下座であった。しかし、それに対してグラトニーに抱くようなストレスを感じることは無い、むしろこれが在るべき形であると実感していたのだ。

「――学園長。入学前から事情を知ったうえである程度便宜を図ってくれたこと、感謝する。お陰で俺は家族チビたちをある程度満足して食わせられた。けど……相手は想像以上のクソだった。真の意味で家族チビたちを救うために……俺は、俺たちは強くなりたい!!」

「――――へェ、私なんかにそんなことできるかなあ?」

「出来る、『原初の英雄』であるアンタなら、今のこの世界における『最強』の名を欲しいままにしている――瀧本信一郎と言う漢なら」

 あえて緊張感をほぐすように道化を演じてみせる信一郎。次に彼女たちから発せられるであろう『言葉』を待ちわびながら。

 内心、信一郎は喜びに打ち震えていた。あれだけ反逆リベンジ精神の塊、とも言えるような彼女の、根っこに宿る願いを聞けたことが、『原初の英雄』として、指導者として心の底から嬉しくてたまらなかったのだ。それに至る訳なんてどうでもいい、英雄としての心構えを理解しているのなら、利用されるでも何にしてもそれでよかったのだ。

「……俺たちに、五日稽古をつけてくれないか。アイツらの……礼安たちの支えになれるほどの強さを、ノウハウを……俺たちに教えてくれないか」

 透たちの、魂の懇願。現状の自分たちのままだと、礼安たちが効率的に動くためには足手まとい。これ以降も礼安たちはより力をつけていくであろう、死地に飛び込んでいくのだろう。そこに助けを求める人がいるかぎり、無限にあの少女は強くなれるのだ。

 だからこそ、せめて並び立ちたかったのだ。

 特に、今回の一件では透の家族を付け狙う非道の輩が相手。家族、ひいては弱者を守りながら戦えなければ、それは戦士としては赤点以下。今の地位に常に満足しない、今の透だからこそ考え付いた最適解ベスト・アンサーであった。

 その透の言葉に、泣いて喜ぶ信一郎。その反応は予想外であったために、透らは慌ててしまう。涙を乱暴に拭って、三人のことを大きく手を広げ、迎える信一郎。何を求められているのかわからなかった透たちは一歩引くと、信一郎は深く肩を落とす。

「何でよ!? 熱血教師ものだったら……こう、生徒たちが先生に泣きながらガバーッと来るところでしょう!? んで私がバターッっと倒れて皆で笑い合うもんでしょ!? 私秘かにそういった場面シーンにも憧れて教師に近しいものになったのに!!」

「いや鍛えてくれとはいったがセクハラを認めた訳じゃあねえからな俺は」

「今これセクハラなの!?」

 何とも気の抜けるやり取りであったが、それは信一郎の心遣い。予想外の敵襲から自分の身を守り切った彼女たちへの、せめてもの手向けであった。

「じゃあ行こうか……ハァ……夢にまで見た熱血教師像……」

「露骨に肩を落とすなよセクハラ予備軍学園長」

「……学園長、助けてくれたお礼として、せめてウチら二人だけでも抱き着きますか?」

「やらんでいいわバカタレ二人」

 そうして学園長が運転する高級車に乗り込む三人。しかし、信一郎は車に乗り運転を始める寸前、「これからコンビニでも寄る?」と言わんばかりの軽さでとんでもないことを口走った。

「あ、そうそう。『生きて帰れるかどうか』は、私も分からないよ?」

 それを聞いた三人は少々、修行の件を取り下げたいと過ぎってしまったのは、内緒の話である。


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