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第五十三話

 力尽き変身解除した山田と、現状の力を出し切り変身解除する透。それと同時に解除される、乱気流と如意棒のドーム。

「――ああ……出世街道が……」

 そうとだけ言い残し、山田は意識を失う。それと同時に彼のチーティングドライバーは儚くも砕け散り、使用不可能となった。

「……お前、結局は金目当てで、誰かを踏みにじることで自分を成り立たせていたってことかよ。クソ野郎だな、どいつもこいつも」

 結局は、金目当ての輩。打ち倒すのに情け容赦なく戦える、そう直感した透は、戦いの中でふと忘れていたことをたった一言で呼び起こすこととなる。

「――ねえねえダーヤマさ、こいつらどうした方が良い?? ……ってたかだかルーキー如きにダーヤマやられてんじゃん。草」

 視線の先には、傷だらけの剣崎と橘、そして対して大きな手傷を負う事無く、手鏡で自分の髪型を確認しているダイヤ。ネットスラングを扱っている割には、顔も声も一切笑っていない。いたって冷徹な仕事人スイーパーとしての本性を見せていたのだ。

 どれほど見た目が軽薄な女だろうと、『教会』に所属かつある程度地位を持った役職持ちである以上、どこまで行っても非情な存在であり、実力者であることに変わりがない。透はそこを失念していたのだ。

(クソッ、やっぱり初心者だとこうなるかよ!)

 即座に変身しようと、その場から一歩踏み出すも、透の肉体は途端に脱力してしまう。

「バーカ、ダーヤマからの情報はバッチリなの。あーしがアンタの明確なパワーアップに気付いてないとか考えてんの、まぢウケるんですけど」

 そう語るダイヤの表情は、実に冷淡そのもの。ギャルのような風貌でありながら、仕事は全うする。外見詐欺もいいところである。

「ダーヤマは単純なフィジカル、そしてあーしは能力での搦め手がメインなんだ。ざっとネタバラシするなら――『一定エリアに踏み込ませた瞬間、自分がいま『体内でごちゃまぜチャンポン』してる薬の効果を全部おっかぶせる』の。オーバードーズ上等の能力なんだけどさあ、まあそれにはなれちゃってんだァ、あーし。だから――」

 ダイヤの手に握られていたのは、ひらがなで『弛緩剤』と書かれている注射器。既に空になっているものの、それを適応させ、相手を弛緩しているうちに殺害する。実に理にかなっている。

 さらに、現状の脱力感だけではなく、どこか思考すら鈍るような、呆けてしまうような異常が存在する。弛緩剤だけではなく、睡眠薬や抗うつ剤……ありとあらゆる服用しすぎると体に毒となる薬を体内で混ぜ合わせる。さながら人間『試験管フラスコ』である。

「あーしが何でこの能力公表したか分かる?」

「知るかよ……クソアマがよ」

 精一杯口汚く罵るも、ダイヤによって透の顔面は、サッカーボールを遠くへ蹴り飛ばすかのような気軽さで、容赦なく蹴り飛ばされる。防御できないため、ある程度の非力でも透たちを易々傷つけられるのだろう。

「あーしが……あのブーデーのリーダーから多額の報奨金をふんだくるたぁめぇ。あーしにはイケメンの彼氏がいるので、そちらに貢ぎたいのです」

 スマホの画面に映る存在は、どう見ても有名男性アイドル。要するにダイヤは害悪ドルオタであり、独り身街道を驀進していたのだ。

「――金さえ落とせば誰だって愛なく『姫』とか宣う奴が、バカみたいに中身のないラブソングしか歌えねえ成金みたいな奴が彼氏か? 頭大丈夫かよ」

 その透のごもっともな指摘にダイヤは怒りを露わにする。ヒールの鋭利な部分を扱って徹底的に透をなぶる。自分の妄信する存在を馬鹿にされた怒りは、そうそう収まるようなものでは無い。

「『さーちん』を馬鹿にすんな!! この間だって、テレビの撮影時あーしを見てくれた!! あーしの王子様なんだ、あーしはファンなんてちっぽけな存在じゃあないんだ!! あーしがさーちんに料理持って行った時も、すべて平らげてくれたって言ってた!! 中に入ってたあーしの『一部』も何もかも全部食べてくれたんだ!!」

 自身をストーカーとすら考えられない精神異常者、そして究極の厄介ドルオタ、それこそがダイヤであった。自己認識は『世の中から異常者だと罵られる、実に哀れなお姫様』。誰もが愛想を尽かして、彼女に指摘することはしない。むやみやたらにテリトリーに踏み込んだら最後、彼女の馬鹿みたいなヒステリーに付き合わされるのだ。

 そんな精神異常者を目の当たりにして、その時剣崎と橘は理解してしまった。透は満身創痍でありながらも、二人が少しでも回復し助けを呼んでほしいからこそ、自分たちから遠ざけたのだと。その影響か、弛緩剤が適用されるエリアから何とか脱出している。

 剣崎と橘が動こうとしたその時、その場に予想外の人物が現れたのだ。

 燃え盛る炎の中から、一切の火傷なく現れる、中までワイシャツを着用し、漆黒のスーツに身を包んだ人物。

「『姫』が呼んだのは――――『私』じゃあないかな」

 ダイヤが透に恨みがましく向けていた顔を上げると、そこにいたのは『さーちん』こと有名男性アイドルグループの一人、サマス。

 眉目秀麗を極めており、アイドルになるべくして生まれた美貌の持ち主。『通常時は』女性ファンに喜ばれるよう、常にスーツの下は何も着用しないストロングスタイル。ライブの時は惜しげもなく肉体美を披露し、大いにファンを沸かせている。通称は『さーちん』や『王子』。

 今この場にいる人物はまさにそれであった。

「「「はァ!?」」」

 三人が予想外のゲストに驚愕する中、今まで憎しみの表情を向けていたダイヤが涙を流しながら、サマスから遠ざかる。しかし、徐々に至近距離にまで迫るサマスを拒むことは出来なかった。

「そ、そんな『さーちん』……何で……?」

「何でって――それは『姫』である君に……」


 唐突に、ノーモーションでダイヤの顔面を殴り飛ばすサマス。


 透ですら、その拳が頬に届く瞬間すら見えなかった。しかもその直後にかなりの衝撃波ソニックブームが届くほどの速度であったために、拳単体の推定速度は音速以上。

 一切の理解など許すはずもなく、ダイヤは完全に沈黙。と言うより、たった一撃で顔面を粉砕。相手が女であろうと構わない、外道であるならば容赦なく拳を叩き込む。一切物言わぬ状態にするほどの致命傷を与えていた。

「こうして……私の学園に在籍する『大切な生徒』を情け容赦なく傷つけようとする、害悪ド畜生ドルオタがいる……それをある情報筋から聞いてね。こうして馳せ参じた訳さ」

 顔面の変装マスクを乱暴に剥がし、あっけらかんとした笑みを浮かべる男性。それは、透たちにとっては願っても無い助け舟そのものであった。

「「「が、学園長!?」」」

「やあ、来ちゃった♡」


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