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第五十一話

 全員が変身してすぐ、透は山田と激突。剣崎・橘ペアは透の邪魔にならないよう分断するよう立つ。

 透は、あらゆる場合においてもタイマンを好む。一対多、あるいは多対一の状況下が何より嫌いだからだ。群れてしか相手を上回ることのできない存在になどなりたくない、そんな彼女のプライドがそうさせるのだ。

 山田の怪人体は、口だけが異形のように牙を剥いている程度と実にシンプル。飾りっ気のない見た目に、一切変わることのないスーツ姿。

 しかし、そのスーツで覆われた肉体は一般人のそれとは明らかに違う。筋肉の密度がかなりのものであり、徒手空拳において敵を殺すのはお手の物、と言ったところだろうか。特異な武器や特徴がない代わりに、ストレートに暴力を叩き込める。それこそが山田の特徴であった。

『しかし……こうしていざ相対するとなると……どうも貴女の弱さも理解できます。神奈川支部から情報のあった方と戦いたいのですが』

「何だよソレ、凄ェ失礼だな。事前情報だけで全て判断するなってんだよ」

 顕現させた如意棒と、山田の膂力に満ち溢れた腕が幾度も交差する。怪人化したとはいえ、人間の肉体と鈍器がぶつかる音とは到底思えないほどの金属音が、何度も交差しながら辺りに鳴り響く。

 その瞬間、山田はその情報に齟齬が生まれていることを認識する。

(――おかしい、どうも違和感が生じますね)

 山田に関しては、事前情報班の持ってきた情報という知的財産を疑う、と言うことはこれまで無かった。しかし。相対している英雄の卵の行動に、その者が持つ力に、明確な差が生まれていたのだ。

 グラトニー戦の時には、突きや速攻重視の、さながら特攻兵の如き戦い。イノシシを彷彿とさせる無法さに、「この人物が相手ならわかりやすい」と請け負ったのだ。馬鹿を相手どるほど、やりやすいものは無い。その者に、『底知れない爆発力』や『異次元の潜在能力』が存在しない限り。

 しかし、あの拠点に侵入し七人の子供を奪還したあの時と比べての今。その時よりも力の振るい方に幅が生まれていたのだ。

 しかも、今の彼女は明らかに山田が様子見をしていたタイミングで後方に飛び、あからさまな挑発すら繰り出してきているのだ。

「どーしたよ、少しくらい攻めてきたらどうよ。この甘ちゃん相手に日和ってんのかよ」

 その瞳を窺うに、只の虚勢、という訳では無さそうであった。

『――いやはや、どうも。この短時間で何が貴女をそこまで伸ばしたのか、と考えまして。精神と時の部屋でも使いましたか』

「バァカ、この世界はドラゴンボールのような漫画の世界じゃあねえんだぜ」

 ふと想起する、礼安の慈母のような柔らかな笑み。それと同時に味わった、缶ジュースと礼安の手の温かみ。多くの苦労を知り成長したのであろう、自分と同じ年齢の手のひら。

(透ちゃんが英雄として戦う理由は……もう見つかってるんじゃあないかな)

(本当の願いに、本当の理由に……天音ちゃんの中にいる英雄は応えてくれると思うよ)

「――そうかよ。なら……それに応えろよ『孫悟空』。俺のやりてェ事は……『見つかった』ぞ」


 不敵に笑み、自身の周りに密度の高い風のバリアを張る透。構えを解き、瞳を閉じる。すると、本当にその願いに応え、透の側に向こう側が見えるほど透明ながら実体化する『孫悟空』。

 まるで中国の道着に似た衣服を下のみ着用し、額には、かの有名な三蔵法師が言うことを聞かせるために着用させたとされる、金の緊箍児きんこじ。上裸でありながら上半身の肉体美はかなりのものであり、猿と筋骨龍な人間のちょうど中間地点。天竺までの道中、作中屈指の猛者として名をはせた、『孫悟空』そのものである。

『――少しは、己の在り様を理解したか。弱いまま足掻くのは止めにしたか?』

「あァ、もう地を舐めんのは勘弁だ。だからよ……俺がアイツ越えるためにも……聞き届けてくれやしねえか。俺の『願い』ってのをよォ」

 願うのは、ただ一つ。復讐などちゃちなものでは無く、礼安ほどではない尊大な願い。

「『自分で自分を守れない、弱いヤツを従えて誰も傷つかない世を創る』。今の俺には……一番いい『願い』じゃあねえか?」

『――――ああ、そうだな』

 今まで、誰かを守るだとか、そう言った彼女の優しい言葉は、己の家族以外にその言葉を聞かなかった孫悟空。

 そんな彼女が、他人を守ろうとしていた。

 そんな彼女が、初めて誰かの言葉を信じようとしていた。

 そんな彼女が、遂に因子を持った存在として、花開こうとしていたのだ。

 それだけでも認める証としては十分であった。

『ようやく……本当に力を預けられるな』

 そう言うと、透の肉体と溶け合うように消えていく。それと共に、各部装甲の出力が数倍に向上、火力面も同様。そして何より、自身の手に握られた如意棒がより馴染むように、より手に吸い付くように一心同体化。

 さらに、装甲アーマー自体の見た目も進化。くすんだ黄色だったカラーリングも、ビビッドカラーと言えるほどに鮮やかになり、随所に緑色のサブカラーも添えられている、見ていて飽きないデザインとなった。

 それと同時に、多くの戦闘知識や、今まで歩んだ天竺までの思い出がなだれ込む。一つ一つに触れ、温かみを感じ取る透。それぞれが、透の戦いの糧となる。凄まじい速度で戦闘技術の学習ラーニングを行った透の瞳は、燦然と輝いていたのであった。



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