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第五十話

 その後、完全に救護班以外の全員が寝静まった夜。透は荷物を整理し始め、一枚の書置きを残し英雄学園へと向かった。剣崎と橘の二人を連れ、学園から支給された高性能バイクで夜の高速道路を走っていく。

(――お前らも付いてくるか、俺に)

(ある程度埼玉の土地情報は、あの面子の中で一番しっかりした院に全て話した。だからとりあえずは大丈夫)

(ウチらのやれる事は……現状このくらいだから。自分らが弱いことくらい――分かってる)

 別れの言葉など告げず、しんみりとした雰囲気など微塵も感じさせず。それでいて少々の寂寥感があるが、それでも自分たちの目的を果たすためにはこうする以外に手はなかった。礼安との語らいの中で、靄がかかっていた未来に光がさした。その道を征くには、地盤を固める以外に手はない。

 しかし。かなりの速度で飛ばしている中、透は疑問を抱く。

 それは、いくら深夜帯の時間とはいえ、誰も『居なさすぎる』。それがたまらなく不気味であり、何より透の中に生まれ始めた『嫌な予感』が蠢きだしていたのだ。

 言い知れない恐怖、それでいて疼く英雄としての魂。

「あァ――ちょーっと面倒かもな」

 フルフェイスヘルメットを咄嗟に外し、今まで乗っていたバイクを奔っていた勢いをそのまま利用し前方へ投げ飛ばす。透は勢いを殺すべく転がって何とか着地する。剣崎と橘もまた予感を抱いており、その場でバイクを急ブレーキ。ヘルメットを取り去ると、透の方へ駆け寄ろうとする。しかし。

「来るんじゃあねえ!!」

 透の怒号により、二人に今置かれている状況がどういったものか瞬時に理解できた。

 眼前には、囂々と燃え盛るバイク――がスピードのままに打ち付けられた高級車。車両火災が広がる中、炎の中から出てきたのは二人。お互い、チーティングドライバーを既に下腹部に装着している。

 ひとりはスーツ姿の長身痩躯な男性。眼鏡をかけており、鼻当て部分が多少壊れているのかしきりに眼鏡の位置を調整している。人相は可もなく不可もなく、いたって普通の日本人顔。平たい顔、とたった一言で掲揚できてしまうほどの薄い顔である。さながら平社員のよう。

 もう一人はザ・ギャル。しかしオフィスレディのようであり、胸が若干収まっていないようではあるがどこかの会社の制服を着用。ほんの少し服の端が火災により焦げ付いているものの、それ以外に外傷がない。

 付け爪ネイルはかなりのデコレーションが施されており、鋭利な凶器のよう。しかし、奇妙な薄ら笑いを浮かべており、異常性は隣の平社員じみた男性よりも上である。

「……しかし、支店長は実に人使いが荒い。我々ヒラにこんな後始末を命じるとは。これで給料がたいして変わらないのですから……私正直帰りたいです」

「んじゃ勝手に帰ってればー? 後始末ソウジ済ませて給料あーしの総取り、ってことにしちゃうし。つーかヒラって自分の事蔑むなし、してんちょーだいりさま」

 一方は悪態を吐き眼鏡を外しながら、一方は軽口を叩きながら。敵意をむき出しにしている透たちの前に立ちはだかる。

「……テメーら、何モンだ」

 その透の問いに、二人はまんざらでもない様子で淡々と答える。

「『教会』埼玉支部所属、壇之浦銀行支店長代理・山田盾一ヤマダ ジュンイチと申します。主な業務内容は……営業、窓口受付と邪魔者の処理――でしょうか」

「同じくゥ『教会』埼玉支部所属、壇之浦銀行係長・遠野ダイヤトオノ ダイヤでーす。得意分野は速記と殺人コロシでーす。よろー」

 二人が放つそれは、只者ではない。グラトニーには劣るだろうが、しかし。この場には礼安も院も学園長もいない。現状の手札カードは自分たちのみ。手札運に軽く絶望しながらも、透たちはデバイスを下腹部に装着する。

「――俺は山田って奴を相手取る。お前等……死ぬなよ」

「んじゃあアタシら二人はあのギャルを……正直命の保証は、出来ない話だわトーちゃん」

「でも……ウチらならやれないことは無い――かも」

 観客ギャラリーなど一人もいやしない、静かなる戦いが開幕した。



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