旅館屋上。普段は解放されていないものの、職員が一服するためなど、何か特殊用途で用いられる際、解放される。今回は礼安が旅館の主に許可を取り、「少しでも気が紛れるなら」と喜んで鍵を解放してくれた。
辺りが高いフェンスで囲まれ、灰皿以外にはベンチがたった一つ。それだけの実にシンプルかつ開けた屋上である。
透は力なくベンチに深く座り込み、礼安もその隣に腰かける。礼安は旅館内の自動販売機で購入した缶ジュースを一本手渡す。拒否することなく、透はそれを受け取るも、開ける素振りすらない。
無論だが、透から話し出すことは無い。ただ黙ってもらった缶ジュースを見つめるのみであった。それを考慮していた礼安は、満天の星空を見上げる。
「……あそこまで怒ったエヴァちゃん初めて見たよ、まあまだ出会って数日くらいだけどね」
ほんの少しの冗談を交えながら、缶ジュースの封を開け一息に飲み干す。
「――天音ちゃん、私たちに話してくれた家族の話。あの話をしてくれている時の天音ちゃんの顔凄い良かったよ。本当に好きな存在の事を話してくれてる……あの子たちにとっての、『優しいお姉ちゃん』としての顔。それが何よりうれしかったし……天音ちゃん、楽しそうだったよ」
「――――俺は、そんなんじゃ――」
空き缶を側に置き、透の手を両手で包み込む。まるで子供のような温かさが伝わってくる。礼安は、少しでも透の手が冷えないように、暖かいココアを用意した。伝わる人の温かさは、少なからず透の心を溶かしている証であった。
透の目をしっかりとまっすぐな瞳で見つめる礼安。その瞳に、透は驚愕した。ここまで出会って間もない人間をここまで信じられる人間は、そういないだろう。実際透は若干の人間不信の気も混じっているのだが、礼安ほどの人間には出会ったことがない。
「正直、私には複雑なことは分からない。でも、透ちゃんが英雄として戦う理由は……もう見つかってるんじゃあないかな。その本当の願いに、本当の理由に……天音ちゃんの中にいる英雄は応えてくれると思うよ」
今からでも遅くない。拙い表現でありながらも、礼安は透を見限ってはいなかった。一人の英雄として、再起のチャンスがあると芯の部分で理解していたのだ。
「……んなこと言ったってよ。初めてライセンスを顕現させた時以来……俺はアイツの声を聞いてないんだぞ」
「なら、自分を少しでも理解した今がチャンスだよ! 強みも弱みも、理解して受け入れる。そこからが、英雄として強くなれる第一歩だよ。一緒に『最強』の英雄、目指そうよ!」
「――本当に、お前……イカれてるよ。お節介が極まるとそうなるんだな」
透が初めて見せた、呆れたような笑みに頬を緩ませる礼安。ほんの少し、関係性が進歩したような気がしたのだった。礼安のささやかな願いが、成就しそうであった。
陰から二人の話を聞いていた人物、エヴァ。いくら相手が間違った発言をしてそれに対して指摘したとはいえ、やり過ぎた自覚があったために謝ろうと透の元に向かおうとしていたのだ。
「……礼安さん、やっぱり貴女は凄い。どれだけ突っぱねられようとも……それでも歩み寄ろうとするなんて。やっぱり……私はまだまだ未熟ですね」
礼安同様、旅館内の自販機で自分の大好きなカロリーメイト・メープル味を購入し、簡易的なお詫びをしようと考えていたエヴァ。芯の部分では認めずとも、それでも更生の余地がないわけではない、そう考えたエヴァの最も合理的な結論であった。
しかし、先を越すはそれ以上の異常な優しさ。まるで慈母神の如く。万物を優しく包み込もうとする、それでいて自分がどれだけ傷つくかは一切度外視、まるでアニメやゲーム、特撮ヒーローの世界からそっくりそのまま出てきたかのような
だからこそ、エヴァにとって礼安はたまらなく眩しく感じるのだった。