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第十九話

 ざわつく渋谷、スクランブル交差点。人で普段からごった返すそこは、まるで日本がサッカー強豪国に勝ったかのように人で溢れかえっていた。それもそのはず、これからこの場で騒動が起きるというのだから、刺激を欲しがる大衆にとっては格好のタイミングであった。

 しかし、刻限である夜七時。待てども何も起きやしない。徐々に人が呆れ始め、ゆっくりと帰り始める人々が現れ始めた。

 すると、遠くの方で悲鳴が聞こえ始めた。

 どうせただの悪戯だ、馬鹿が構ってもらいたくて始めたことだろう、と興味関心のかけらも持ち合わせていなかった。

 だが、その実は大衆の予想のほとんどを裏切る。

 そこにいたのは、怒りを前面に押し出したフォルニカを筆頭とする、教会神奈川支部メンバーであった。

「悪いな、今俺は偉く気が立ってるからよ」

 少し間をおいてその場にいるメンバー全員がチーティングドライバーを起動させる。

「お前ら、夜はこっからだ。公序良俗に反しまくって、派手に乱れな」

 メンバーがその場にいる人々を襲い始めたのだ。

 好奇心が爆発しそうであった人々は、恐怖心を肥大化させ、一気に逃げ惑う。地震など起こっていないはずなのに、その場が、渋谷全体が人の歩みによって酷く揺れる。

 その場で人々を諫める規制線の役割を果たしていた警官たちが、人々の盾になり怪人となった教会メンバーたちに立ち向かうも、常人では到底歯が立たない。なすすべなくやられていく。

 ひとりのリーダー的存在である警官が号令すると、フォーメーションを変え、皆怪人に発砲する。後を顧みることなく、発砲許可を出したのだ。

「銃なんて無駄なんだよ、警察なんて無力でしかない」

 フォルニカは恍惚の笑みを浮かべながら、怪人たちを顎で使い一気呵成に攻め立てる。

 無力な警官たちは、それでも人々の安全を守るべく立ち向かうも、全く持って歯が立たない。

 逃げる人々が、己の死を覚悟し始めた、その時であった。

 突如、怪人の一人が弾き飛ばされ、フォルニカの側に倒れ伏す。

「……まさか、教会に楯突く大馬鹿野郎は、英雄たちとあのゴリラだけだと思ってたんだが」

 そこにいたのは、自身の死を覚悟して病院から飛び出した、青木であった。怪人体ではあったが、そんな彼女を卑下するような声は対してない。

 青木にとって、ただひたすらに汚れた行為を嫌っている今、彼女の中に黄金の意志が芽生えたのだ。少数の幸せのために、誰かを犠牲にする、そんな薄汚れた下種の発想は、今の彼女にとって最も唾棄すべき悪であったのだ。

『もう、多くの誰かを犠牲にしながら、自分だけ幸せを享受しているなんて御免被るわ』

「……そんな下らない考え、余程の大馬鹿野郎から教わったんだな」

 フォルニカはあからさま不快な表情を浮かべ、手下に指示を出す。

「アイツも敵だ、遠慮なく殺せ。――生きていることを後悔させながら、な」

 まるで、主の命を忠実に守る血の通わない無機物のように、機敏に動き出す手下たち。

『ど、けえぇえぇぇっ!!』

 今まで声を張ってあげた大声なんて、叫び声だけだった。

 しかし、今誰かのために動き出した青木が張り上げたその声は、正しく覚悟を決めた者の声であったのだ。

 右腕の剣で、次々に斬り裂いて道を切り開く。

 機敏ではあったが、単調な動きであったために、戦いにほぼ無縁であった青木でさえも戦えていた。後は、正気を失うことなく超常的な力を得たためか。

 見よう見まねであったものの、渾身の力を込めて手下を殴り飛ばす。

 なすすべなく倒れていく手下たち。命を顧みることなく特攻していくも、通常の怪人より自我を持ったことによって強くなった、青木の敵ではなかったのだ。

 徐々に苛立ちを隠さなくなったフォルニカ。しかし、そんな彼を囲むようにして激しいボディタッチを行う四人の美女。

「オーナー、あの子調子に乗ってるみたいだしぃ、アタシらが殺っちゃってもいーい?」

「オーナー、ウチらに任せとけば神奈川支部は安泰? ってやつっしょ」

「……僕チンたちは、オーナーの味方」

「ママの前で調子に乗る悪い子はぁ、めっ、ってしないとですねぇ?」

 それぞれが、陽気、軽薄、陰気、慈愛の二文字を現したような、露出度の高いドレスを着た女性であった。

 新宿は歌舞伎町、その夜の店でトップクラスの美貌と金を巻き上げる実力を兼ね備えた、神奈川支部の四幹部である。無論、腰にはチーティングドライバーを装着していた。

「構わない、全力で潰せ」

 オーナーの仰せのままに、と四人が笑うとそれぞれチーティングドライバーにライセンスを装填し、四人一斉に起動させる。

『Crunch The Story――――Game Start』

「「「「変身」」」」

 全員の姿、そして辺りの空間が歪み、全員が異形の怪人と化す。それぞれがフォルニカ怪人体と同じような見た目をしているが、今までの手下たちと比べると、それぞれに特徴があった。

 陽気は一対の槍、軽薄は両足が切れ味抜群な剣へと変わる。陰気は左腕全体がガトリング砲と化し、慈愛は巨大なハンマーを携えている。

 青木は雄叫びを上げ、四人に特攻する。

 右腕の剣で首を撥ねようとするも、陽気の槍の堅い防御に阻まれる。

 困惑する一瞬のスキを見逃すことなく、慈愛のハンマーががら空きの腹部を直撃する。

 成すすべなく吹っ飛ぶ青木に対し、一瞬にして背後に回り込み青木の肉体を易々と貫く、軽薄の剣。

 ずぷり、と多量の出血とともに引き抜かれる剣。そして一切の手加減なく、軽薄は青木の体をまるで子猫を捕まえるかのように首根っこを掴み、軽々と肉の盾として持ち上げる。

 そこを陰気のガトリング砲で追い打ち。特殊改造した銃弾は、全てが長距離狙撃どころか、対戦車ライフル銃に装填されるであろう12.7×99mm弾。邪魔な相手を殺すことに完全特化させた最悪の銃であった。

 怪人体の体が、それぞれのリンチともいえる攻撃によって、ぼろ雑巾のようなものへと変わる。出血も人間であれば即座に失血死になる十分な量。

『あれだけ意気込んでいたのにこの様ですか……ざまあないね』

『キャハハ! 本当、救えない裏切り者さんですねえ』

 青木は出血多量により、頭が正常な働きを起こすことが出来なくなっていた。気分を害するほど、脳内で反響する、自分を小ばかにする声。

 それでも、彼女の肉体は戦うことを諦めてはいなかった。

 軽薄を振り払って、何とか大将格であるフォルニカに一太刀入れようと、無我夢中で走り出した。

 しかし、その勇気とも無謀とも取れる行動を、無慈悲にも巨大なハンマーで顔面をとらえられる。

 陽気の使徒を除いた三人で死体蹴りを繰り返す。悪態をつかれながら、一人の勇気ある者、その命の灯が消えていく瞬間を、渋谷にいる一般人皆が見つめていた。皆、歯向かったことが哀れだと侮蔑の目線を送る。

 頭の機能が、体の機能が、徐々に死んでいく。頭はぼうっとし、体は芯から冷え、唯一碌に動くのは心臓のみ。その心臓も、動きが緩慢になってきた。

 それでも、青木はこうして立ち向かったことをどこか誇りに思っていた。

 無意味に生きながらえるか、誰かを傷つけ続けることで生きながらえることしか出来なかった二十数年よりも、誰かを救うために心を自由にし続けたほんの数十分の方が、満足感が高かったのだ。

 きっと、今までの自分に「無様だ」とほくそ笑まれることだろう。

 しかし、命を散らす覚悟を決めていた彼女は「これが生き様だ」と笑って見せる。

 あの時自分を二度も救ってくれた『彼女』は、きっとそうする。そう思えると、どこか満足気であったのだ。

『……ねえ、そいつ笑ってない? キモいんですけど』

『まあまあ、人間が死ぬほんの一瞬に、性行為より上の快感があるそうですしぃ、そこまでその裏切り者さんを悪く言わなくてもいいですぅ』

 そう言いつつも、陽気の使徒を除いた全員が、青木に対しての追い打ちをやめはしない。全員がそれぞれに特徴があるものの、結局のところ全員が残忍かつ冷酷、つまるところ最低最悪の性格であった。

 フォルニカが、まるでペットを呼ぶかのような気軽さで四人に号令をかける。

「お遊びももういいだろう、殺せ。我ら教会に歯向かった罰だ」

 三人が薄ら笑って無言の肯定をする。その場にいる人々が悲鳴やら何やらが入り混じった声を上げる。

 この場にいる誰にも、今のうねりを止めることはできない。青木は、死を待つばかりであった。

『た……すけ……て、ヒー……ロー』

 思わず漏れ出た言葉、それは今まで碌に口に出さなかった、絞り出すようにして出した心の底からの願いであった。

 そして、青木のささやかな願いは、即座に現実となる。

 その悲劇の渦を止めるように、漆黒の夜空を裂くかのように放たれる、四本の焔矢。それぞれ三人に刺さり、青木から飛び退かせる。

 青木にも少し遅れて一本の矢が刺さるも、その矢はじんわりと傷を温め治していく、治癒の矢であった。

 未だ揺らぐ視界の中、彼女は矢が飛んできたビル上を見上げると、そこにいたのは五人の影。それぞれ一本の小槌、焔弓、片手剣を持つ華奢な少女三人に、大剣を携えた青年が一人、そして何より、今まで行動を共にしていた筋骨隆々の男が一人。

『…………?』

 始め、彼女は理解できなかった。まさか、願い通りに自分を助けに来るなんてありえないと。二度も、こんな自分を救ってくれる聖人なんているわけがないと。教会が崇め奉る偽神ですら、ただの一回も救ってくれたことは無いのに。

 しかし、その不理解は――あの時、自分にかけてくれた優しくも勇敢な声で確信へと変わった。


「誰かの『助けて』って声が聞こえたなら、そこに現れるのが私たち! 私たちが来たからにはもう大丈夫、安心していいよ!」


 ニッと笑って見せるその顔に、青木は思わず涙が零れていた。血だまりの中、希望を見出していたのだ。


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