目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第十七話

 数時間が経った朝の九時。

 礼安と院はエヴァたちに呼ばれ、エヴァの寮へとやってきた。しかし、昨日のこともあり、三人とも雰囲気は重かった。

「すみません、昨日……というかまあ事実上今日ではあるんですけど、あんなことがあった後に」

「ううん、エヴァちゃんは悪くないの。私が……及ばなかっただけだから」

「礼安さん、そんなに落ち込まないでくださいまし。私にも落ち度はありました」

 互いが互いを気遣いあった結果、それぞれの間に亀裂が生まれていた。遠慮は、時に毒となる。

 しかし、エヴァはそんな空気を何とか変えようと、昨日使用していた『神聖剣エクスカリバー』を礼安に手渡す。昨日の今日で、まだどこか熱を感じる。その熱は、物理的でもあり、気持ち的なものもあり。

 その場にいた礼安と院は、自身が扱っている武器よりも明らかにグレードが高いものを目の当たりにして、どこか惹かれていた。特に礼安に関しては、本来エヴァが譲渡する予定であったために、礼安のため、という端々から心意気を感じ取っていた。自然と、二人から嘆息が漏れ出るほど。

 全体的な意匠は同じ片手剣であるカリバーンとある程度共通し、礼安の装甲と同じ方向性であるKAWAIIポップであることに変わりない。しかしカリバーンと打って変わって、要所要所に稲妻マークをあしらって、より攻撃的な見た目へと変わった。

「この剣……エクスカリバーに使った技術は、本来なら二年次からじゃあないと扱えないといわれるほどのハイパワースペックなんです。何なら、それ単体で変身用のガジェットとして成り立つレベルです。丙良君が使っているロック・バスターのようなもの、と言えばいいでしょうか」

「でも……何でそんなものを礼安さんに?」

 少し考えた後、エヴァは空を見る。

「――何ででしょう。過去、色々な英雄の武器ちゃん制作を手掛けさせてもらいましたが……礼安さんの武器を作っていると、他の武器ちゃんと向き合っているときの数倍『楽しい』んです。今の礼安さんじゃあ扱いきれないほどの化け物スペック持った剣……完全に使いこなすのは先かもしれないんですけど……それでも『楽しい』んです」

 どこか、新しいおもちゃを買い与えられた子供のように、無邪気な笑顔を見せるエヴァ。当初彼女に抱いた感情などどこかへ消え失せ、一人の職人としての彼女の表情を見出していたのだ。

 礼安は恐る恐るエクスカリバーを手に取る。優しく撫でたり、意匠部に触れてみたり、パワースイッチに触れてみたり。カリバーンに無かったものを手当たり次第に触れてみる。

「恐らくですが、今お二人が使用している武器ちゃんに関して。お二人の思いが変身ガジェットとして力を与えたライセンスに付随する、初期装備のようなものとお見受けしました。ドラクエで言う、ひのきの棒みたいな。これから戦いは無条件で激化していくことでしょう、グレードアップはお任せください、お二人からのお代は構いませんので」

 二人からかなりの罪悪感を感じ取ったエヴァは、すぐに訂正する。

「ああ、別にこれは私の善意でやっていることなので。だいたいの英雄には死んでほしくないのですが、貴方がた二人は……私の中でも別格なので」

「別格?」

 エヴァは慌てふためき、「こっちの話です」と小声で呟き、顔を真っ赤にして俯いた。その瞬間、人の感情の機微を感じ取ることに長けた院は、エヴァの中にある礼安に対しての感情に速攻で気付いた。

「……貴女なら、うちの礼安を嫁に出しても……」

 エヴァの表情が一気に明るくなるものの、割と地獄耳の礼安もその発言を聞いてしまった。

「? お嫁さん? 誰の話??」

 エヴァと院は全力でごまかすも、礼安の中の疑念は晴れないままであった。


 エヴァの寮、その地下。無駄なものを極限まで排除した結果、出入り口にトレーニングデバイスがあるのみの、数時間その場に居続けたら目が痛くなるほどの、白一色の物が一つもない空間。

どんな武器が暴発しようと平気で耐えることのできる、核シェルター以上のレベルの強度を持ち合わせ、防音性もバッチリという、修行にうってつけの場所である。広さとしてはおよそ東京ドーム三個分。無駄に広い。


(その剣……エクスカリバーは『当人が抱く覚悟の強さ』によって本当の意味で稼働します。その剣が力を目覚めさせるまで、ただの鈍だと思ってもらって構いません)


 そのエヴァの言葉を思い返しながら、礼安は剣を手に持ち、念じ始める。しかし、うんともすんとも返事がないため、より強く念じてみる。結果は変わらず。

「覚悟、か……」

 『人を救いたい』という純粋な願いのもとにライセンスは生まれた。しかし、それを超えるほどの意志の力を見せないと、確固たる覚悟を剣に示さないと、一生目覚めることは無い。

「君が目覚めてくれないと……私は戦えないんだ。また、無力な私に戻っちゃうんだ。お願い……!」

 そう呟いて強く握るも、返事は無いまま。礼安は剣をその場において、ぺたりと座り込んだ。

(一体、何がいけないんだろう)

 その思考を読み取ったかのように、礼安の腰横につけられたライセンスホルダーから一枚のライセンスが飛び出し、英雄そのものの姿として具現化する。その英雄は、アーサー王であった。

『礼安、何を思い悩むことがある。貴様が私に誓った願いの延長線上にあるものだぞ、それを強く念じれば、自ずとこのエクスカリバーも応えるだろう』

「……それが」

 礼安はアーサー王に対し、ぽつぽつと語り始めた。念じ始めてかれこれ数時間が経過していることと、もう完全に行き詰まり袋小路に入ってしまったこと。

 少しの思考の後、アーサー王も礼安の隣に座り、自身の持つエクスカリバーを礼安に持たせる。

『私が持つ、貴様のそれとは違うエクスカリバー。エクスカリバーが収まる鞘もそうだが……それが生まれたきっかけは、ある湖の精の力によるものだった』

「知ってるよ、確かヴィヴィアンから贈られたものだったよね」

『ああ、出来た経緯はそうだ。しかし、出来上がった当初、私もまた、貴様と同じ未熟者であった。大成するまで、多くの災難が私に降りかかった』

 神々しい西洋甲冑を少しずらし、文字が彫られた木札を取り出す。そこに描かれていたのは、同じ円卓の騎士たちの名前であった。

 アーサー王をはじめとして、礼安のライセンスとなったトリスタン、ゲーム世界で砕けたモードレッド、著名な騎士であるガウェインやランスロット、パーシヴァルにギャラハッド。それ以外にも木札に掘られた十三人の名前は、長い時を共に過ごしてきた仲間たちであった。

『私には、当初戦う理由など、『単に聖剣に選ばれたから』という、大変質素なものであった。しかし、円卓の騎士として悪を挫く戦いを続けた結果、守るものが大量に生まれた。最初はなあなあで戦っていたものの、次第に自分の中に答えを見出していったのだよ』

 そう語るアーサー王の横顔は、歴戦の勇者であり、多くの仲間を持った一人の男であり。様々な感情がごちゃ混ぜになっていた。

 アーサー王の生涯というものは、波乱万丈であった。戦いに、裏切り。多くの苦難を乗り越えはしたものの、最終的に仲間に裏切られ死んだ。

 数多の苦しみがありはしたものの、それでも英雄であり続けたのだ。

『これは、あくまで私の持論ではあるが……今すぐに完璧な答えを見つけ出さなくてもいいのかもしれない。私も、数年……いや、数十年の間悩み続けた命題テーマであるからな』

 すっくと立ちあがり、礼安に背を向けるアーサー王。礼安を見つめるその瞳は、まるで子を見守る親のようであった。

『最初は曖昧な願いでもいい。徐々に形を成していけばいいのだ。最初から完璧な人間などいないように、自身の願いや強い思いを形成していけば、自ずと剣も応える。あまり気負うことはお勧めしない。これが、様々な経験をした先人の意見だ』

 礼安の肩を優しく叩き、鼓舞するようにライセンスへと戻った。

「自分の戦う理由……守りたいもの……強い願いや思い」

 そう呟いて、再び剣と向き合った礼安。結果は変わらずであったが、心持ちは多少なり変化したようであった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?