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第十六話

 フォルニカの変身した見た目は、クランとは大きく違った。

 すらりとした肢体に、頭部は台風のように渦巻く。しかもその影響で瞳は一切うかがい知ることはできない。顔色を見ることができない代わりに、あちらもまたこちらを見ることはできない。

 しかし、そんな欠陥すら彼にとっては些細な問題であったのだ。

 袈裟斬りで肩口を狙うも、するりと避けられ。

 単純な斬撃が駄目ならと、突きや殴り蹴りを織り交ぜても、容易に避けられ。

 確実にあの世界で培った戦闘技術が、悉く通じない。

 明確な敵意を持った礼安の攻撃全てを、まるで心眼でもあるかのようにするすると避けていく。礼安には徐々に焦りが生まれ始めていた。

『不思議だって思ってるだろう、なんで俺が全ての攻撃を知っているかのように避けてんの』

 礼安は薄気味悪さを感じ、自然と後退してしまった。

『図星だな、予想出来てはいたけど、君嘘がつけないな。ま、それはそれでいいんだけど』

 フォルニカは礼安の背後に、瞬時に移動する。

『でもヒントを一つでも渡したら、それは相手に塩を送ることになる。仕事人としてそれはアウト。死ぬ間際にどこどこに爆弾を隠した、そしてどのコードを切ればいいなんて馬鹿なことは普通のたまわない。これはゲームやアニメの世界なんかじゃあないんだぜ』

 無防備な背を思い切り斬り下ろす。一気に礼安の装甲の耐久度が落ちる。

『いつの世も、ヒーローがヴィランを打ち倒してちゃんちゃん、なんてお決まりには飽きたろう? 世の人間はいつだって刺激を欲してる。それを提供しようじゃあないかって話さ』

 何とか体勢を立て直し、バック宙の後フォルニカに向き直る礼安。

(何か、違う……?)

 フォルニカと戦う中で、彼に対する一抹の疑念を感じ取った礼安。そんな礼安の疑念を感じ取って、少しばかり表情を硬くするフォルニカ。なるべく平静を保ったままで。

『いやはや、こんなにも俺の思い通りに動くとは。君がそういうプログラムを組まれた作り物だと疑ってしまうよ』

それと同時にチーティングドライバーの上下部を二度押し込む。

『Killing Engine Ignition』

『申し訳ないけどね、俺は仕事人だ。どんだけ相手が未熟だろうと、出せる全力はいつだって出して遂行する』

 無機質な駆動音とともに、エクスカリバーが黒雷を放ち始める。礼安も何とか阻止しようと、カリバーンで防御姿勢をとる。

 しかし、無慈悲にも再び後ろに回り込まれる。ほんの、瞬きをした一瞬の出来事であった。

『誰が前から技撃つって言ったよ、無防備な方に行くだろ、普通は』

 決闘であったために、少し後方から女性を保護していた丙良たち。しかし、相手の狡猾さを失念していたために、完全に動きが出遅れてしまった。

 しかし、今二人と礼安たちの間には、隔絶するための結界がある。余程の衝撃を与えない限り、壊れることは無いほどの頑丈さを誇る。

 しかし、それを抜きにしても咄嗟にその場を駆け出す丙良と院。だが、どう足掻いても間に合う距離ではない。

『サヨナラだ、君が英雄志望であったこと、きちっとあの世で恨んどけ』

 振り下ろされる凶刃。それを防ぐことは不可能――――のはずであった。


「目の前で、想い人ひとり救えないで……そんなんで私は明日を迎えたくないんだよ!!」


 脆弱な結界上部をぶち破り、何者かが礼安の後ろに降り立ち、攻撃を相殺する。その衝撃は、コンクリートの地面を攻撃の余波のみで粉々にするほど。

『……へえ、あんだけ嫌悪感をむき出しにされた女に、ものの数時間で再会するとは。運命ってのは気性難かつ悪戯だね』

 そこにいたのは、『もう一本の』エクスカリバーを持つ、エヴァであった。


 まず守られた人間から漏れ出たのは、困惑であった。エヴァが礼安を抱え、後方へ跳躍するも、その場の面子の胸中に渦巻いていた疑念が、エヴァの持つ瓜二つの剣に向けられるのだ。

「え、エヴァちゃん!? 何でこの人と同じ武器を……?」

「至極単純明快、こいつに『レプリカ』を奪われたんです」

 フォルニカの顔が少しこわばる。今自身が持つ物が相手の持つものより劣る、下位互換である予想外が、あまり受け入れがたかったのだ。

『――ってことは、まさか……あのゴリラに会った時、偽物持ってったってことかよ。してやられた、完成度高すぎだろこの贋作』

 デバイスをエクスカリバーにかざし、出力を急激に上昇させる。

『緊急シークエンス起動。ヒーローゲージ、オーバーロード』

 エヴァは力を思い切り開放し叫びを上げ、恨みも込めながら思い切り弾き飛ばしてビルに叩きつける。その衝撃は、先ほどのものとは比べ物にならないほど強く、びりびりと突き刺さる衝撃波によって、辺りに猛烈な突風を生み出すほどであった。

「元より、クライアント以外には手製の武器ちゃんは渡さない取り決めだから。部外者も部外者、よりにもよって教会の支部長になんぞ、卸す武器ちゃんは鳩に食らわせる豆鉄砲たりともないんだなぁ、これが」

 フォルニカは何事もなかったかのように、ビルから体を起こして地面へと降り立つ。あたりに一般人こそいたものの、彼に近寄ろうと考える馬鹿な輩は誰一人いなかった。

 フォルニカもまた、想定していないことの連続で、完全に気が立っていた。変身を解除し、乱れた髪をかき上げる。晒された目は戦う前の礼安のように、完全に据わっていた。

『――俺らしくもねぇ、様子見だってのに。たかが二人の雌相手にこうもヒートアップしちまうなんてな。余程あの関係性がウザったいんだろうなあ、これは』

 ぽつりと呟くと、エクスカリバー・レプリカを掲げ、背を向けるフォルニカ。

『悪ぃな、これは貰っとく。そう遠くないうちにこいつのお代はきっちり払っておくよ。それと……』

 変身を解除し、礼安とエヴァを横目で睨み付けるフォルニカ。その眼には、確かな殺意と破壊衝動が宿っていた。

「お前ら二人は確実に首を獲る、神奈川支部総出でな」

 そう言うと、フォルニカは霧散した。少しばかりの沈黙を挟んだのちに、人々は大いに沸いた。

「英雄の勝利だ!」

「敵は逃げ帰ったぞ!」

「やっぱ正義しか勝たん!」

「英雄最高!」

 多くの人々が礼安たちを称賛していたものの、当の本人たちはあまり喜んではいなかった。

 一人は、完全に仕留めることができずに逃がしてしまったこと。

 一人は、あれだけ死地に身を置いて修業を行った自分の力が、全く持って及ばなかったことと、胸に残る欠片ほどの疑念によって。

 一人は、自身の後輩が目の前で殺されそうになったこと。

 一人は、幼馴染が目の前でいたぶられているのを、結界越しに見ていることしかできなかったこと。

 それぞれが別の理由で心に影を落としているのを知る一般人は、一人も居やしなかった。


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