目を開けると、そこは曇天。礼安は、辺り一面の草原に倒れていた。
あたりを見渡しても、人ひとりいない。
「私、ゲームの中に入ったんだ……凄い」
手のひらを、握ったり開いたり。
自身を実感していた礼安だったが、突如自身の中に眠る、生物の第六感のようなものが働く。
ネックスプリングでその場から飛び退く礼安。
すると、今まで自身が倒れていた場所から、二、三体の怪物が現れる。
それぞれ、腕や顔が獣や昆虫のような見た目をしており、それぞれ狼、豚、蟷螂をより禍々しくした、歪な見た目だった。
言葉を発することは無く、それぞれが礼安に向かっていく。
「やるしかない、よね!」
デバイスを高速起動させ、ヒーローライセンスを挿入、下腹部にベルトとして展開させる。
「変身!!」
礼安を纏う装甲が、高速展開されていき怪物の攻撃を瞬時に防ぐ。
怪物を力任せに引きはがして、唯一の武器であるカリバーンを顕現させ、乱雑な攻撃に合わせる。
しかし、怪物らは人間を超越した力を振るう。
剣での防御を易々と弾く力の勢いで、礼安を吹き飛ばす。
「流石、やっぱり相手の『軸』を崩さないことにはッ、話が始まらない訳だ――――本当、死にゲーあるある過ぎて困るなァ!」
礼安はカリバーンを手に再び怪物に向かおうとするも、その瞬間に何者かの声が脳内に声がこだまする。
『――私を頼れ――――』
その言葉でほんの刹那、礼安は踏み止まり、後退する。
「……誰かに頼るなんて、今まであんまりしてこなかったなあ」
ニッと笑って見せると、礼安は剣を中段に構える。
すると、背後から何者かの腕が剣を共に握った。常人には見えないオーラで実体化した、アーサー王本人であったのだ。
因子元が具現化、と言うことはそうある話ではない。当人の強い意志に惹かれ顕れる、と言うのは稀有な事象。しかし、これは「現実世界なら」と言う枕詞が付く。
全てが虚構の世界だからこそ、本来具現化することが稀と言われている英雄が、当人の傍に現れやすいのだ。
『今から継承者である貴様の脳内に、手解きをする。貴様が並外れた剣士となるように、己の技術を全て叩き込む』
瞬間、礼安の脳内に、常人ならその一瞬で脳がオーバーヒートしてしまいそうなほどの戦闘の情報や知識、技術がなだれ込む。しかし、礼安はその一つ一つの情報に物怖じすることなく、触れて吸収する。
時には、彼の悲しい記憶が過ぎ去っていく。
時には、彼の華々しい記憶が過ぎ去っていく。
全て、彼にとっての経験であり、大切な思い出。それを託す行為に、礼安は動かされていた。
今まで、接点のかけらもないはずの英雄。その英雄が、自身のために、世の平和のために共に力を振るうことを決めてくれたのだ。
「王様――」
濁流のように流れる情報を全て吸収しきった時、礼安の瞳は爛々と輝いていた。
閉じた瞼を、ゆっくりと開く。今まで見えていた世界に、一切の変わりはない。しかし、礼安自身の心境は、とても晴れやかであった。それと同時に、少し前に巨大なサソリを相手をした時よりも、全ての剣技の練度が上達したのだ。
ただ因子元の記憶に触れただけ、と侮るなかれ。その記憶の濃度は計り知れない。
その英雄が著名であればあるほど、積み重ねた歴史や戦いはその分重くなる。そして学べるものも多くなる。
全てにおいて、礼安に追い風が吹いていたのだ。
「準備オッケー、王様!」
礼安は一気に前に踏み込む。三体の怪物を前に、物怖じは一切していなかった。
命を懸けた一戦であっても、普段の楽天的な彼女の顔を、一切崩すことは無い。なぜなら、礼安の背後には最強の騎士王が構えていたのだから。
乱雑な攻撃を剣の背やポンメルで弾く。
胴体部に隙が生じるその一瞬を見逃すことなく、狼怪物の胴体部を逆袈裟に斬り上げる。
狼はその一撃で死滅するが、残り二体の怪物が怯むことなく襲い掛かる。
『貴様のその力、有効活用して見せよ』
「了解、王様!」
攻撃を避けるために遥か空中へ飛び上がる礼安。
その跳躍によって生まれた衝撃は、
デバイスドライバーの両サイドを軽く押し込むと、全身から力が湧き出るような感覚で満ちる。
『必殺承認、天翔る流星の煌き《スターライト・カリバーン》!!』
剣を腰元に据え、空中を蹴り飛ばし一気に加速する。
そこから一気に王の幻影と型を同じくし、流星の如く落下。怪物の一体を切り伏せ、余波によって残りの怪物も消滅させる。
今まで、こういった技を使ったことのなかった礼安は、どこか呆けていた。
『――どうかな、私の力を得て、かつ己の剣で不浄の者を切り伏せた感想は』
「いや、今までこんなことなんてしたことなかったから、ちょっとびっくりしちゃったよ、王様……」
しかし礼安はそう言いながら、次第に自身の力にアーサー王の力を合わせた一連の動きが、こうまで人の域を超えていることに、多少ばかりの興奮を抑えきれずにいた。
ゲーム世界の多少の援助もあるのだろうが、自分自身が本当に『英雄的存在』になったのだと、ようやく実感が湧いたのだ。
「これを極めれば、皆を守ることができるかな、王様」
『あまり他人に尽くしすぎると、自身が死ぬかもしれない……そうあっても、貴様ほどの狂気と
礼安自身に対しての、多少ばかりの苦言を呈しはしたものの、アーサー王は力を預けた彼女自身を、信頼し始めた瞬間だった。
礼安は都度現れる怪物を倒しつつ、草原をしばらく歩んでいくと、巨大な要塞都市が見えた。
名を、キャメロット。
アーサー王をはじめとして、円卓の騎士たちが集う場所。あまり文化の発展していない、周辺の小さな町とは比べ物にならないほど、文明が高度に発達しており、周辺の町の人間はこのキャメロットに出稼ぎに向かう。
しかし、原典のアーサー王伝説とは大きく異なる点がある。それは、あまりにも発達『し過ぎている』点に他ならない。
原典が中世ヨーロッパであるのに対し、そのキャメロットは宙に浮かぶ空中要塞であったからだ。さらに、その空中要塞を守護する役割を持った騎士たちは、一見普通の人間と見紛うサイボーグ騎士軍団。馬による移動……ではなく、馬を模したロボットによって巡回しており、中世×遠未来の奇跡の競演を果たしている。
あらゆるものが機械化。それは一般人にも適応されており、片腕や片足で留まることはなく、頭から下全てが機械化だなんてザラな話である。軽く視点を移しただけでも、目に映るもの全てが遠未来のハイ・ソサエティ。中世だなんて古い概念を名前だけ残しただけ、過去へのリスペクトはどこへやら。
これには、原典から生まれた存在であるアーサー王も頭を抱えた。
『こうまで、現代技術によって復元されたキャメロットは栄えているのか……』
「……栄えているっていうより、ぶっ飛んでるって感じじゃあない?? いくら修業とは言え……このゲームねじが数本飛んでるというか……現実世界に帰ってからこのゲーム買おうと思ったけど……やめとこうかな」
二人して表情は死んでいたが、礼安は己が目的のためにも、この悪趣味なキャメロットに入城せざるを得なかった。
礼安の目的は「力を得ること」。その目的を容易に満たすことのできる、「騎士選抜大会」があと少しで行われることが、大々的に告知されていたからだった。