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第七話

 目を開けると、そこは曇天。礼安は、辺り一面の草原に倒れていた。

 あたりを見渡しても、人ひとりいない。

「私、ゲームの中に入ったんだ……凄い」

 手のひらを、握ったり開いたり。

 自身を実感していた礼安だったが、突如自身の中に眠る、生物の第六感のようなものが働く。

 ネックスプリングでその場から飛び退く礼安。

 すると、今まで自身が倒れていた場所から、二、三体の怪物が現れる。 

 それぞれ、腕や顔が獣や昆虫のような見た目をしており、それぞれ狼、豚、蟷螂をより禍々しくした、歪な見た目だった。

 言葉を発することは無く、それぞれが礼安に向かっていく。

「やるしかない、よね!」

 デバイスを高速起動させ、ヒーローライセンスを挿入、下腹部にベルトとして展開させる。

「変身!!」

 礼安を纏う装甲が、高速展開されていき怪物の攻撃を瞬時に防ぐ。

 怪物を力任せに引きはがして、唯一の武器であるカリバーンを顕現させ、乱雑な攻撃に合わせる。

 しかし、怪物らは人間を超越した力を振るう。

 剣での防御を易々と弾く力の勢いで、礼安を吹き飛ばす。

「流石、やっぱり相手の『軸』を崩さないことにはッ、話が始まらない訳だ――――本当、死にゲーあるある過ぎて困るなァ!」

 礼安はカリバーンを手に再び怪物に向かおうとするも、その瞬間に何者かの声が脳内に声がこだまする。

『――私を頼れ――――』

 その言葉でほんの刹那、礼安は踏み止まり、後退する。

「……誰かに頼るなんて、今まであんまりしてこなかったなあ」

 ニッと笑って見せると、礼安は剣を中段に構える。

 すると、背後から何者かの腕が剣を共に握った。常人には見えないオーラで実体化した、アーサー王本人であったのだ。

 因子元が具現化、と言うことはそうある話ではない。当人の強い意志に惹かれ顕れる、と言うのは稀有な事象。しかし、これは「現実世界なら」と言う枕詞が付く。

 全てが虚構の世界だからこそ、本来具現化することが稀と言われている英雄が、当人の傍に現れやすいのだ。

『今から継承者である貴様の脳内に、手解きをする。貴様が並外れた剣士となるように、己の技術を全て叩き込む』

 瞬間、礼安の脳内に、常人ならその一瞬で脳がオーバーヒートしてしまいそうなほどの戦闘の情報や知識、技術がなだれ込む。しかし、礼安はその一つ一つの情報に物怖じすることなく、触れて吸収する。

 時には、彼の悲しい記憶が過ぎ去っていく。

 時には、彼の華々しい記憶が過ぎ去っていく。

 全て、彼にとっての経験であり、大切な思い出。それを託す行為に、礼安は動かされていた。

 今まで、接点のかけらもないはずの英雄。その英雄が、自身のために、世の平和のために共に力を振るうことを決めてくれたのだ。

「王様――」

 濁流のように流れる情報を全て吸収しきった時、礼安の瞳は爛々と輝いていた。


 閉じた瞼を、ゆっくりと開く。今まで見えていた世界に、一切の変わりはない。しかし、礼安自身の心境は、とても晴れやかであった。それと同時に、少し前に巨大なサソリを相手をした時よりも、全ての剣技の練度が上達したのだ。

 ただ因子元の記憶に触れただけ、と侮るなかれ。その記憶の濃度は計り知れない。

 その英雄が著名であればあるほど、積み重ねた歴史や戦いはその分重くなる。そして学べるものも多くなる。

 全てにおいて、礼安に追い風が吹いていたのだ。

「準備オッケー、王様!」

 礼安は一気に前に踏み込む。三体の怪物を前に、物怖じは一切していなかった。

 命を懸けた一戦であっても、普段の楽天的な彼女の顔を、一切崩すことは無い。なぜなら、礼安の背後には最強の騎士王が構えていたのだから。

 乱雑な攻撃を剣の背やポンメルで弾く。

 胴体部に隙が生じるその一瞬を見逃すことなく、狼怪物の胴体部を逆袈裟に斬り上げる。

 狼はその一撃で死滅するが、残り二体の怪物が怯むことなく襲い掛かる。

『貴様のその力、有効活用して見せよ』

「了解、王様!」

 攻撃を避けるために遥か空中へ飛び上がる礼安。

 その跳躍によって生まれた衝撃は、小隕石メテオが堕ちたかのように地面を抉る。

 デバイスドライバーの両サイドを軽く押し込むと、全身から力が湧き出るような感覚で満ちる。

『必殺承認、天翔る流星の煌き《スターライト・カリバーン》!!』

 剣を腰元に据え、空中を蹴り飛ばし一気に加速する。

 そこから一気に王の幻影と型を同じくし、流星の如く落下。怪物の一体を切り伏せ、余波によって残りの怪物も消滅させる。

 今まで、こういった技を使ったことのなかった礼安は、どこか呆けていた。

『――どうかな、私の力を得て、かつ己の剣で不浄の者を切り伏せた感想は』

「いや、今までこんなことなんてしたことなかったから、ちょっとびっくりしちゃったよ、王様……」

 しかし礼安はそう言いながら、次第に自身の力にアーサー王の力を合わせた一連の動きが、こうまで人の域を超えていることに、多少ばかりの興奮を抑えきれずにいた。

 ゲーム世界の多少の援助もあるのだろうが、自分自身が本当に『英雄的存在』になったのだと、ようやく実感が湧いたのだ。

「これを極めれば、皆を守ることができるかな、王様」

『あまり他人に尽くしすぎると、自身が死ぬかもしれない……そうあっても、貴様ほどの狂気と侠気きょうきがあれば問題は無い、か』

 礼安自身に対しての、多少ばかりの苦言を呈しはしたものの、アーサー王は力を預けた彼女自身を、信頼し始めた瞬間だった。


 礼安は都度現れる怪物を倒しつつ、草原をしばらく歩んでいくと、巨大な要塞都市が見えた。

 名を、キャメロット。

 アーサー王をはじめとして、円卓の騎士たちが集う場所。あまり文化の発展していない、周辺の小さな町とは比べ物にならないほど、文明が高度に発達しており、周辺の町の人間はこのキャメロットに出稼ぎに向かう。

 しかし、原典のアーサー王伝説とは大きく異なる点がある。それは、あまりにも発達『し過ぎている』点に他ならない。

 原典が中世ヨーロッパであるのに対し、そのキャメロットは宙に浮かぶ空中要塞であったからだ。さらに、その空中要塞を守護する役割を持った騎士たちは、一見普通の人間と見紛うサイボーグ騎士軍団。馬による移動……ではなく、馬を模したロボットによって巡回しており、中世×遠未来の奇跡の競演を果たしている。

 あらゆるものが機械化。それは一般人にも適応されており、片腕や片足で留まることはなく、頭から下全てが機械化だなんてザラな話である。軽く視点を移しただけでも、目に映るもの全てが遠未来のハイ・ソサエティ。中世だなんて古い概念を名前だけ残しただけ、過去へのリスペクトはどこへやら。

 これには、原典から生まれた存在であるアーサー王も頭を抱えた。

『こうまで、現代技術によって復元されたキャメロットは栄えているのか……』

「……栄えているっていうより、ぶっ飛んでるって感じじゃあない?? いくら修業とは言え……このゲームねじが数本飛んでるというか……現実世界に帰ってからこのゲーム買おうと思ったけど……やめとこうかな」

 二人して表情は死んでいたが、礼安は己が目的のためにも、この悪趣味なキャメロットに入城せざるを得なかった。

 礼安の目的は「力を得ること」。その目的を容易に満たすことのできる、「騎士選抜大会」があと少しで行われることが、大々的に告知されていたからだった。


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