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第六話

「……丙良先輩、やっぱりこんなの無茶ですわ。礼安はまだ可能性があるかもしれませんが……最悪死んでしまうかもしれません」

 院は丙良に対し訴えかける。これがどんなに過酷なものか、本能で理解していたためであった。

 しかし、丙良は首を横に振る。

「だとしても、やるんだ。じゃないと、君たちは明確な『強さ』を得ることは無いさ」

「院ちゃん……行くしかないんだよ、私たちにはその道しかないんだよ」

 礼安は今までにないほど、覚悟を決めた表情をしていた。院もそれを見て、否が応でも覚悟を決めざるを得なかった。

 そして、修行の舞台に足を踏み入れる二人。

「無事を、祈っているよ」

 丙良は二人の背中を見送りながら、心を鬼にして『出口』を完全に施錠する。誰も開けることが適わないよう、厳重に。


 遡ること、およそ一時間前。

 礼安ら二人は、丙良の寮に呼ばれていた。

 チャイムを押すと、まだ多少げっそりしてはいたものの、割と元気な丙良の姿があった。

「やあ、準備はしてきたようだね」

 二人はジャージに着替え、ある程度の食料、趣味道具、デバイスドライバーにヒーローライセンスなど、ありとあらゆるものを修行に備え、ナップサックに詰めてきたのだ。

「……じゃあ、中にいらっしゃい。もう僕の方でも、修行の準備はできているさ」

 二人は靴を脱いで、寮内に入る。電気はついているものの、どこか不気味な雰囲気を漂わせている。人気は一切なく、自分たち以外の気配はない。どこかでテレビがついている音だけが、静かな空気の中響いていたのだ。

 ある一室の前に辿り着くと、丙良は扉を開け放つ。

「後輩ちゃん二人が行う修業は、これさ」

 そこにあったのは、まさに二人の予想外のものであった。何なら、一番可能性の範疇から飛びぬけていた、という方が正しいかもしれない。

 院は驚愕し、言葉を失う。一方礼安は、なぜか目を輝かせていた。

 そう、そこにあったのは、まさしく。


 ゲーム機であった。


「何でですの!?」

 開口一番、院の口から飛び出した言葉がまさにそれであった。

 修行とゲーム。何一つ結びつくことは無い中で、理解しがたかった。

「ゲームだ! しかも最近の死にゲー! アーサー王が主人公のやつと、ギルガメッシュ王が主人公のやつで、二パターンのゲーム展開がされてる話題のやつ!!」

 実は、礼安は大のゲーム好き。十五年の生活の中で完全攻略したゲームの数はざっと千を優に超える。あまりにものゲーマー力に、英雄の因子が自分の中になかったら、おそらく世界を相手取るプロゲーマーを育成する専門学校に、飛び級で入っていても遜色ないレベルである。

 ちなみに、礼安の一番大好きなゲームは龍が如く。渋い。

 院も何度か礼安のゲームに付き合ったことがあるのだが、礼安と異なりゲームは不得手であるため対等な相手にはならない。遊び相手とはなるだろうが。

 丙良は、どこかばつが悪そうにしながら咳払いをする。

「……まあ、後輩ちゃんの言うとおり、これはそれぞれアーサー王、ギルガメッシュ王をモチーフにした死にゲーってやつ。ゲーム業界にちょっとコネがあって、今後出す予定のバージョンの物を貸してもらったんだ。二人はそのゲーム世界の中に入って、ゲーム内時間で『一週間』過ごしてもらう」

 それを聞いた瞬間、礼安は呆けていた。あれだけ嬉々としていた礼安が、である。

 どこか君の悪さを感じてはいたものの、ゲームに関しての知識ゼロの院が質問する。

「ゲーム世界に入る、って何かの冗談ですわよね? 現実と非現実は異なるものですわよ、丙良先輩」

「ま、普通ならそうなるよね。でも大丈夫、君たちのヒーローライセンスは、そのゲームに『応えてくれる』さ」

 丙良が提示した精密機器は、英雄学園が主体となって作成した二次元世界に入り込むことが可能となるシミュレーター。厳密にはそのゲーム内に入り込む、と言うよりはシミュレーターがそのゲーム世界に限りなく近くなるよう演算処理した仮想世界に入り込む、と言った塩梅である。

 その再現度は、実に元の九十九パーセント。元のゲームが非常に優しいゲームならば、そこに居るだけで心が穏やかになるほど。死にゲーに飛び込むなら、文字通り死ぬ覚悟を決めなければならないほど。

 無論、良いところだけではなく、悪い部分もある。それは、そのゲームに内包されたバグや不具合、それらすら再現してしまう部分にある。バグや不具合に巻き込まれたら、記憶や能力にノイズが入ったままになってしまうか、元の肉体はどこかに消えてしまうか。

 そんな危険性がありながら、丙良がこの修行法を提示したのは、そのマイナス点を帳消しに出来るほどの利点があるからである。

 何も死にゲーでやる必要性は無いのだが、このシミュレーターの精度は尋常ではないもので、常に当人の強さの一・五倍を提示し続けるのだ。勿論これは初期設定、二倍にでも三倍にでも、死ぬ危険性を承知するのならば十倍でも可能なのだ。その為、学園内のトレーニング施設が扱えない時はこれでトレーニングを行う、だなんてこともままある話である。

 しかし、今までほぼ常人であった院にとって、何を言っているか理解しきれない状態ではあったが、仕方なしに質問対象を礼安に移す。

「……ところで貴女、一週間過ごすということに対してたいそう驚いていたけれど……確かに一週間は多少長いけれど、そんなに辛いものなの?」

「辛いどころの話じゃあないよ、院ちゃん」

 礼安は、今までにないほど神妙な表情をして院に語りだす。

「このゲーム、さっき死にゲーって言ったじゃん? それはほかのゲームより圧倒的にプレイヤーに対しての殺意が高いことなんだ。何より、このゲームはほかの死にゲーよりも、何日生き残るなんて、そんなの考えられない系の奴でね。割と練度の高いゲーマーでも、ゲーム内時間およそ三日ぶっ続けで生きるのが関の山、ってところだよ」

「……貴女、急に賢くなったわね」

 そう院が言うと、礼安はよくわからないといったように、小動物のように首を傾げる。

「……とにかく、後輩ちゃんの言ってることは十割正しい。そんな環境下で生き残ることができれば、自ずと力との向き合い方もわかるってことさ」

 さらに、それぞれ没入感を生み出しやすいようにそれぞれの因子元たるアーサー王、ギルガメッシュ王が主役となったゲームをセレクト。それも、それぞれの因子に干渉しやすいようにした特別カスタムである。

 生き死にが関わってくると、因子を内に秘めた英雄、あるいは武器の卵は、瀕死や危機に瀕している状態こそ能力が覚醒しやすい、というデータが過去の積み重ねで存在する。分かりやすい話だと、既存の漫画作品で言う「ドラゴンボール」、そのサイヤ人と呼ばれる宇宙人じみた存在は、その力の覚醒に当人の命の危機や関係者の死、あるいは危機が必要とされている。

 丙良は二人に対して、礼安を復調させた「黄金の林檎争奪戦!」を一枚ずつ手渡す。

「それは本当に死にかけた時一回だけ、発動を許可するものさ。そうじゃあないと、逆に僕が死んじゃうから……いろいろとね」

 丙良のトレーニングは一見滑稽に見えて、生きるか死ぬかのデスゲーム。「厳しい」と自分で語りつつも、二人がもし死んでしまった時のことを、ある程度考えてはいたのだ。

「……丙良先輩、やっぱりこんなの無茶ですわ。礼安はまだ可能性があるかもしれませんが……最悪死んでしまうかもしれません」

 院は丙良に対し訴えかける。これがどんなに過酷なものか、本能で理解していたためであった。

 しかし、丙良は首を横に振る。

「だとしても、やるんだ。じゃないと、君たちは明確な『強さ』を得ることは無いさ」

「院ちゃん……行くしかないんだよ、私たちにはその道しかないんだ」

 礼安は今までにないほど、覚悟を決めた表情をしていた。院もそれを見て、否が応でも覚悟を決めざるを得なかった。

 そして、修行の舞台となる、ゲーム世界があるテレビ内に足を踏み入れる二人。

「無事を、祈っているよ」

 丙良は二人の背中を見送りながら、心を鬼にして『出口』を完全に施錠する。誰も開けることが適わないよう、厳重に。

 二人の地獄の生存修業が、遂に始まったのだ。


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